上 下
27 / 72

第27話 シャヒール・クルメスの真意

しおりを挟む
「シャヒール・クルメス卿……」

馬上の騎士の声が、シャヒール・クルメスの背後から聞こえた。クルメスが振り返ると、全身鎧に身を包んだ騎士達2人がこちらの顔をじっと見ていた。

実に不快な視線だった。

王国騎士団長にどのようにそそのかされたのか知らないが、どうやら何か疑っているらしい。

「どうかしたのかい?」

内心をうかがわせない明るい笑みを浮かべて、クルメスは答えた。

「城壁の監視からの報告によれば、どうやらこの辺りが怪現象があった現場のようです」

「ふむ……」

シャヒール・クルメスは十二単じゅうにひとえのような長いローブをひるがえし、馬から華麗に下りて草原に立った。しゃがみ込んで調べるまでもなく、辺りには争った形跡がある。ところどころ大地がえぐれているのだ。まるで何かを掘り返したかのように。

だがクルメスはあえてしゃがみ込み、そのくぼみに手を伸ばす。

「ほう! ……どうやらこのくぼみは、何らかの魔法の影響らしい。魔力の残滓をこのくぼみから感じるね」

「本当ですか!?」

調査にすぐさま進展があったためだろう。騎士達2人は馬上から驚きの声を上げた。

「君達もこっちに来て見てみなさい。説明してあげよう」

「よろしくお願いします。魔王軍の工作だとするなら、どうやってあのような大規模な現象を起こすことが可能だったのか是非知りたいものです。騎士団長も陛下もきっと首を長くしてお待ちです」

「そうだね」

騎士達が鎧を鳴らして駆け寄って来るのを見て、シャヒール・クルメスは笑みを浮かべた。それは先ほどまで浮かべていた笑みとは別の種類の笑み――嘲笑――だったが、足元のくぼみに注意する騎士達は気づかなかった。

「君達2人しか来れなくて残念だったね……」

「そうですね。この広い草原の調査に3人は少なすぎます」

騎士の1人がしゃがみ込み、立ち上がったクルメスと入れ代わるようにくぼみを観察している。もう1人の騎士は辺りを見回し、他に不審な物がないか調べている。

「……残念ながら、騎士の天与ギフトしか持たない私では、魔力の残滓とやらが感じられないようです」

(だろうね。……そもそも嘘なんだから当然さ)

「王城の守りのために兵力を残さないといけないとはいえ、大変な役目を請け負ってしまったね、君達2人は」

「そうかもしれません。ですが、幸い周囲に魔王軍の陰もなく――」

「いいや」

騎士達の言葉に、自分の前方に3つの魔法陣――天使語エノク魔神語デモンズ精霊語エリアルによるものを展開した王国筆頭宮廷魔術師は笑った。

「魔王軍の工作部隊はいたさ。それもかなり強力な、ね」

「えっ?」

シャヒール・クルメスの顔を向けている方向――自分達の背後を振り向いた騎士達を7色の閃光が貫く。

かはっ、と血を吐きながら、自身の胸に手を伸ばすクルメスのそばの騎士。金属製の全身鎧をあっさりと貫通した何か。

その腕が入るくらいの穴からは出血がない。肉が焼けて血管が収縮し、凍り付いて傷口が覆われているためだ。

「……ぁ……?」

不思議そうに顔を傾げたまま騎士が1人倒れた。絶命した。

もう1人の騎士も、シャヒール・クルメスの得意魔法《七閃突レ・フィール》を受けていたが、ぎりぎり命を繋ぎとめたらしい。

「ほう? さすがは王国騎士団長が信頼すると繰り返しただけのことはある。鎧を着た騎士1人を貫通して威力が減衰したとはいえ、我が魔法を受けてまだ命があるとはな」

「……シャヒール……クルメス! 貴様、やはり何か裏切りを……っ!」

「ふむ」

あごに優雅に手を当てたシャヒール・クルメスは、胸が陥没して半死半生のまま四つん這いになってこちらを睨みつける騎士の顔を見つめる。

「その程度の情報しか話さなかったのか、それともその程度のことしかまだ掴んでないのか……」

「何を……?」

「あぁ、なぁに……大したことじゃない。私はね、……ただ名声を高めたいのだよ!」

両手を広げて天に伸ばす7色のローブを着た男。
仰ぎ見るその顔はどこかうっとりとしていた。

「だってそうだろ? 天は私を愛した」

「…………?」

天与ギフトを2つも与えた。しかも両方ランクAだ。これはある意味、勇者や聖女さえも超える快挙といえるだろう」

「勇者を超えるだなんて、そんな馬鹿なこと……」

「いいや。超えるさ。そして当然、勇者以下であるあの老いぼれ――ブルックス・ゴル・フリードマンの名声も超えてやる!」

「……狂人め」

「凡人にはわからんよ。……そして私の名声を安全に高めるためには、王国軍には負けない程度に劣勢に立ってもらいたいのだよ。そうすれば自身の安全を優先する王は、私を警護のため手元に置きたがる。最前線に私が赴くことはない。……幸いあのフリードマンの老いぼれは好んで最前線に行きたがるからな。陛下の御身を守れるほどの強者は、この私しかいない」

シャヒール・クルメスが語り終えて視線を向けると、騎士は完全に意識を失っていた。

「《魔獣召喚・影クルム・ンテ・イ》」

大魔道士に使える魔法系統の1つ、召喚魔法を詠唱破棄で使用する。

影と闇を凝縮して作られたかのような1体の狼のような魔獣。3メートルほどの大きな魔獣にクルメスは指示を出した。

「私の魔法が直撃した胸や腹を食べろ。……そうそう、顔は残しておくんだぞ。……そうだな、激戦だったと涙を浮かべて王に報告しやすいように、手足を踏み潰して折っておけ……」

影の魔獣イ・クルムが指示通りに、騎士を襲う。

がふがふ、ぶつん。
ばきぼき。

不気味な音が、夕陽に染まり始めた草原に響く。内臓をかき混ぜるような音、筋繊維が千切れる音、骨が砕ける音……。

やがて影の魔獣イ・クルムは、クルメスの影に溶け込むかのように消えた。

「おぉ!」

目を片手で覆った役者のような仕草で、クルメスは叫んだ。だが、その露わになった口元が笑っている。

「なんということだ! 早く陛下に事の次第を報告しなくては!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートスキルで無自覚無双 ~ゴミスキルばかり入手したと思ってましたが実は最強でした~

Tamaki Yoshigae
ファンタジー
北野悠人は世界に突如現れたスキルガチャを引いたが、外れスキルしか手に入らなかった……と思っていた。 が、実は彼が引いていたのは世界最強のスキルばかりだった。 災厄級魔物の討伐、その素材を用いてチートアイテムを作る錬金術、アイテムを更に規格外なものに昇華させる付与術。 何でも全て自分でできてしまう彼は、自分でも気づかないうちに圧倒的存在に成り上がってしまう。 ※小説家になろうでも連載してます(最高ジャンル別1位)

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

転生国主興国記

hinomoto
ファンタジー
四十歳回った独身で病気持ち、仕事なし。 そんな男も死んで第二の人生が始まる! 「記憶あるよね?」

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

処理中です...