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第27話 シャヒール・クルメスの真意
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「シャヒール・クルメス卿……」
馬上の騎士の声が、シャヒール・クルメスの背後から聞こえた。クルメスが振り返ると、全身鎧に身を包んだ騎士達2人がこちらの顔をじっと見ていた。
実に不快な視線だった。
王国騎士団長にどのようにそそのかされたのか知らないが、どうやら何か疑っているらしい。
「どうかしたのかい?」
内心をうかがわせない明るい笑みを浮かべて、クルメスは答えた。
「城壁の監視からの報告によれば、どうやらこの辺りが怪現象があった現場のようです」
「ふむ……」
シャヒール・クルメスは十二単のような長いローブをひるがえし、馬から華麗に下りて草原に立った。しゃがみ込んで調べるまでもなく、辺りには争った形跡がある。ところどころ大地がえぐれているのだ。まるで何かを掘り返したかのように。
だがクルメスはあえてしゃがみ込み、そのくぼみに手を伸ばす。
「ほう! ……どうやらこのくぼみは、何らかの魔法の影響らしい。魔力の残滓をこのくぼみから感じるね」
「本当ですか!?」
調査にすぐさま進展があったためだろう。騎士達2人は馬上から驚きの声を上げた。
「君達もこっちに来て見てみなさい。説明してあげよう」
「よろしくお願いします。魔王軍の工作だとするなら、どうやってあのような大規模な現象を起こすことが可能だったのか是非知りたいものです。騎士団長も陛下もきっと首を長くしてお待ちです」
「そうだね」
騎士達が鎧を鳴らして駆け寄って来るのを見て、シャヒール・クルメスは笑みを浮かべた。それは先ほどまで浮かべていた笑みとは別の種類の笑み――嘲笑――だったが、足元のくぼみに注意する騎士達は気づかなかった。
「君達2人しか来れなくて残念だったね……」
「そうですね。この広い草原の調査に3人は少なすぎます」
騎士の1人がしゃがみ込み、立ち上がったクルメスと入れ代わるようにくぼみを観察している。もう1人の騎士は辺りを見回し、他に不審な物がないか調べている。
「……残念ながら、騎士の天与しか持たない私では、魔力の残滓とやらが感じられないようです」
(だろうね。……そもそも嘘なんだから当然さ)
「王城の守りのために兵力を残さないといけないとはいえ、大変な役目を請け負ってしまったね、君達2人は」
「そうかもしれません。ですが、幸い周囲に魔王軍の陰もなく――」
「いいや」
騎士達の言葉に、自分の前方に3つの魔法陣――天使語、魔神語、精霊語によるものを展開した王国筆頭宮廷魔術師は笑った。
「魔王軍の工作部隊はいたさ。それもかなり強力な、ね」
「えっ?」
シャヒール・クルメスの顔を向けている方向――自分達の背後を振り向いた騎士達を7色の閃光が貫く。
かはっ、と血を吐きながら、自身の胸に手を伸ばすクルメスのそばの騎士。金属製の全身鎧をあっさりと貫通した何か。
その腕が入るくらいの穴からは出血がない。肉が焼けて血管が収縮し、凍り付いて傷口が覆われているためだ。
「……ぁ……?」
不思議そうに顔を傾げたまま騎士が1人倒れた。絶命した。
もう1人の騎士も、シャヒール・クルメスの得意魔法《七閃突》を受けていたが、ぎりぎり命を繋ぎとめたらしい。
「ほう? さすがは王国騎士団長が信頼すると繰り返しただけのことはある。鎧を着た騎士1人を貫通して威力が減衰したとはいえ、我が魔法を受けてまだ命があるとはな」
「……シャヒール……クルメス! 貴様、やはり何か裏切りを……っ!」
「ふむ」
あごに優雅に手を当てたシャヒール・クルメスは、胸が陥没して半死半生のまま四つん這いになってこちらを睨みつける騎士の顔を見つめる。
「その程度の情報しか話さなかったのか、それともその程度のことしかまだ掴んでないのか……」
「何を……?」
「あぁ、なぁに……大したことじゃない。私はね、……ただ名声を高めたいのだよ!」
両手を広げて天に伸ばす7色のローブを着た男。
仰ぎ見るその顔はどこかうっとりとしていた。
「だってそうだろ? 天は私を愛した」
「…………?」
「天与を2つも与えた。しかも両方ランクAだ。これはある意味、勇者や聖女さえも超える快挙といえるだろう」
「勇者を超えるだなんて、そんな馬鹿なこと……」
「いいや。超えるさ。そして当然、勇者以下であるあの老いぼれ――ブルックス・ゴル・フリードマンの名声も超えてやる!」
「……狂人め」
「凡人にはわからんよ。……そして私の名声を安全に高めるためには、王国軍には負けない程度に劣勢に立ってもらいたいのだよ。そうすれば自身の安全を優先する王は、私を警護のため手元に置きたがる。最前線に私が赴くことはない。……幸いあのフリードマンの老いぼれは好んで最前線に行きたがるからな。陛下の御身を守れるほどの強者は、この私しかいない」
シャヒール・クルメスが語り終えて視線を向けると、騎士は完全に意識を失っていた。
「《魔獣召喚・影》」
大魔道士に使える魔法系統の1つ、召喚魔法を詠唱破棄で使用する。
影と闇を凝縮して作られたかのような1体の狼のような魔獣。3メートルほどの大きな魔獣にクルメスは指示を出した。
「私の魔法が直撃した胸や腹を食べろ。……そうそう、顔は残しておくんだぞ。……そうだな、激戦だったと涙を浮かべて王に報告しやすいように、手足を踏み潰して折っておけ……」
影の魔獣が指示通りに、騎士を襲う。
がふがふ、ぶつん。
ばきぼき。
不気味な音が、夕陽に染まり始めた草原に響く。内臓をかき混ぜるような音、筋繊維が千切れる音、骨が砕ける音……。
やがて影の魔獣は、クルメスの影に溶け込むかのように消えた。
「おぉ!」
目を片手で覆った役者のような仕草で、クルメスは叫んだ。だが、その露わになった口元が笑っている。
「なんということだ! 早く陛下に事の次第を報告しなくては!」
馬上の騎士の声が、シャヒール・クルメスの背後から聞こえた。クルメスが振り返ると、全身鎧に身を包んだ騎士達2人がこちらの顔をじっと見ていた。
実に不快な視線だった。
王国騎士団長にどのようにそそのかされたのか知らないが、どうやら何か疑っているらしい。
「どうかしたのかい?」
内心をうかがわせない明るい笑みを浮かべて、クルメスは答えた。
「城壁の監視からの報告によれば、どうやらこの辺りが怪現象があった現場のようです」
「ふむ……」
シャヒール・クルメスは十二単のような長いローブをひるがえし、馬から華麗に下りて草原に立った。しゃがみ込んで調べるまでもなく、辺りには争った形跡がある。ところどころ大地がえぐれているのだ。まるで何かを掘り返したかのように。
だがクルメスはあえてしゃがみ込み、そのくぼみに手を伸ばす。
「ほう! ……どうやらこのくぼみは、何らかの魔法の影響らしい。魔力の残滓をこのくぼみから感じるね」
「本当ですか!?」
調査にすぐさま進展があったためだろう。騎士達2人は馬上から驚きの声を上げた。
「君達もこっちに来て見てみなさい。説明してあげよう」
「よろしくお願いします。魔王軍の工作だとするなら、どうやってあのような大規模な現象を起こすことが可能だったのか是非知りたいものです。騎士団長も陛下もきっと首を長くしてお待ちです」
「そうだね」
騎士達が鎧を鳴らして駆け寄って来るのを見て、シャヒール・クルメスは笑みを浮かべた。それは先ほどまで浮かべていた笑みとは別の種類の笑み――嘲笑――だったが、足元のくぼみに注意する騎士達は気づかなかった。
「君達2人しか来れなくて残念だったね……」
「そうですね。この広い草原の調査に3人は少なすぎます」
騎士の1人がしゃがみ込み、立ち上がったクルメスと入れ代わるようにくぼみを観察している。もう1人の騎士は辺りを見回し、他に不審な物がないか調べている。
「……残念ながら、騎士の天与しか持たない私では、魔力の残滓とやらが感じられないようです」
(だろうね。……そもそも嘘なんだから当然さ)
「王城の守りのために兵力を残さないといけないとはいえ、大変な役目を請け負ってしまったね、君達2人は」
「そうかもしれません。ですが、幸い周囲に魔王軍の陰もなく――」
「いいや」
騎士達の言葉に、自分の前方に3つの魔法陣――天使語、魔神語、精霊語によるものを展開した王国筆頭宮廷魔術師は笑った。
「魔王軍の工作部隊はいたさ。それもかなり強力な、ね」
「えっ?」
シャヒール・クルメスの顔を向けている方向――自分達の背後を振り向いた騎士達を7色の閃光が貫く。
かはっ、と血を吐きながら、自身の胸に手を伸ばすクルメスのそばの騎士。金属製の全身鎧をあっさりと貫通した何か。
その腕が入るくらいの穴からは出血がない。肉が焼けて血管が収縮し、凍り付いて傷口が覆われているためだ。
「……ぁ……?」
不思議そうに顔を傾げたまま騎士が1人倒れた。絶命した。
もう1人の騎士も、シャヒール・クルメスの得意魔法《七閃突》を受けていたが、ぎりぎり命を繋ぎとめたらしい。
「ほう? さすがは王国騎士団長が信頼すると繰り返しただけのことはある。鎧を着た騎士1人を貫通して威力が減衰したとはいえ、我が魔法を受けてまだ命があるとはな」
「……シャヒール……クルメス! 貴様、やはり何か裏切りを……っ!」
「ふむ」
あごに優雅に手を当てたシャヒール・クルメスは、胸が陥没して半死半生のまま四つん這いになってこちらを睨みつける騎士の顔を見つめる。
「その程度の情報しか話さなかったのか、それともその程度のことしかまだ掴んでないのか……」
「何を……?」
「あぁ、なぁに……大したことじゃない。私はね、……ただ名声を高めたいのだよ!」
両手を広げて天に伸ばす7色のローブを着た男。
仰ぎ見るその顔はどこかうっとりとしていた。
「だってそうだろ? 天は私を愛した」
「…………?」
「天与を2つも与えた。しかも両方ランクAだ。これはある意味、勇者や聖女さえも超える快挙といえるだろう」
「勇者を超えるだなんて、そんな馬鹿なこと……」
「いいや。超えるさ。そして当然、勇者以下であるあの老いぼれ――ブルックス・ゴル・フリードマンの名声も超えてやる!」
「……狂人め」
「凡人にはわからんよ。……そして私の名声を安全に高めるためには、王国軍には負けない程度に劣勢に立ってもらいたいのだよ。そうすれば自身の安全を優先する王は、私を警護のため手元に置きたがる。最前線に私が赴くことはない。……幸いあのフリードマンの老いぼれは好んで最前線に行きたがるからな。陛下の御身を守れるほどの強者は、この私しかいない」
シャヒール・クルメスが語り終えて視線を向けると、騎士は完全に意識を失っていた。
「《魔獣召喚・影》」
大魔道士に使える魔法系統の1つ、召喚魔法を詠唱破棄で使用する。
影と闇を凝縮して作られたかのような1体の狼のような魔獣。3メートルほどの大きな魔獣にクルメスは指示を出した。
「私の魔法が直撃した胸や腹を食べろ。……そうそう、顔は残しておくんだぞ。……そうだな、激戦だったと涙を浮かべて王に報告しやすいように、手足を踏み潰して折っておけ……」
影の魔獣が指示通りに、騎士を襲う。
がふがふ、ぶつん。
ばきぼき。
不気味な音が、夕陽に染まり始めた草原に響く。内臓をかき混ぜるような音、筋繊維が千切れる音、骨が砕ける音……。
やがて影の魔獣は、クルメスの影に溶け込むかのように消えた。
「おぉ!」
目を片手で覆った役者のような仕草で、クルメスは叫んだ。だが、その露わになった口元が笑っている。
「なんということだ! 早く陛下に事の次第を報告しなくては!」
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