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第15話 追憶 7
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「できない……なんでだろ……?」
シャヒール・クルメスの魔術の授業の翌日。さんざん馬鹿にしたシャヒール・クルメスよりも、僕の〈マナ式魔術〉の発現は不確かなものだった。
地面に落書きのように書かれた魔法陣は、正真正銘魔法陣だ。
魔法を使える孤児や魔法適正の高い孤児なども、この魔法陣を見たが、誰もこれが太古に失われた神代言語で書かれた魔法陣だとは気づかなかった。
「天使語……魔神語……精霊語……全部失敗したぞ……」
これで1度も成功していないなら、まだ諦めもつく。魔法陣の〈解読〉はできても、魔法陣から魔術を使えないというのなら。
だがそれはおかしい。
「……おっかしいな。……僕の〈解読〉のスキルが間違ってないなら、これで魔法が使えるはずなんだけど……」
頭を抱えて、天使語と魔神語と精霊語の3つの魔法陣を見つめる。
「面白い遊びをしておるの。小僧」
いきなり声が頭上から降ってきた。
「あ、あの……フリードマンさん。……アル君は今、何か一生懸命勉強してて、話しかけないで欲しいらしくて……。あっ、アル君っていうのは、アルフィ・ホープスの愛称で……」
どこかおどおどした様子のティエラ姉ちゃんが、お爺さんの横から顔を出した。
僕に声をかけたのは、どうやらこのお爺さんらしい。
柔和な顔つきをしているが、意外とがっしりとした体格をしていて身長が高い。
ついでにいうと、土埃のついた外套とテンガロンハットがやけに似合っている。
冒険者かなんかだろうか?
でも、それだとティエラ姉ちゃんの畏まった様子が変だ。もしかしてハーグウェイ家の人だろうか。
(だったらちゃんと挨拶しないとまずいな)
僕のせいでティエラ姉ちゃんに悪印象をもたれると良くない。
僕は立ち上がった瞬間、せっかく描いた天使語の魔法陣を踏みつけてしまった。
(まぁ、いっか……)
「おおぅ! もったいない! せっかく書いたのじゃろ?」
「はい。……でも、どうせ発動しない魔法陣ですし」
「お主の天与は? 魔力はあるのか?」
魔法に関する適正は特にないと伝えると、老人は笑った。
「なるほどなるほど。……しっかし、……ふぅむ。困ったな、どれ」
老人はどっかりと腰を下ろした。土の上に座るのも慣れた様子だ。
やっぱりこの老人は冒険者かなんかだろうと改めて思った。
「……これが、何かわかるかな?」
僕は老人がウエストポーチから取り出した1枚の羊皮紙を見つめた。
「巻物です」
「ほう。では、これは?」
「巻――」
巻物とまた答えようとした僕は、何気なく〈解読〉を使っていて気づいた。
(えっ?)
何かの勘違いかと思い、慎重に〈解読〉をもう1度かけてみた。
(さっきと同じように文字や記号が書かれているのに、こっちは巻物じゃない?)
「ほぅ。気づいたか。……凄いな。……ワシのゼミの連中でもここまで素早く判別はできんぞ」
「……〈解読〉のスキルを使いました」
どうせ黙っていてもバレる。この世界で天与は勇者やそれに連なる強者を探すためによく調査されている。
「〈解読〉? あのF-の?」
驚いた様子の老人に、僕は小さく頷く。もう慣れっこの反応だった。けど、なぜかこの老人にそう言われると僕は消えたくなるような気持ちを覚えた。
「……はい。ゴミスキルって呼ばれるアレです」
「ゴミかどうかはともかく……〈解読〉とはそれほど素早く能力を発揮できるものなのか? ワシの教え子の中にも〈解読〉の天与を持つトリプルがおったが、たいして使えなかったぞ。帝国語の戯曲を読むのにも物凄く時間がかかっとった」
僕だってそうだ。
初めて0歳のときに〈解読〉を使ったときは絶望したものだ。世界が真っ暗になったかのような失望感を感じたのをよく覚えている。
「トリプルってことは、3つも天与を授かったんですね。とても優秀だったんでしょうね」
「おう。そうじゃ。……確か……残り2つはBランク以上だったと思ったぞ」
予想以上に優秀だった。
優秀だったからこそ、〈解読〉が使い物にならなかったのも理解できた。
「〈解読〉は修練に特殊な方法がいるんです。しかも上達に物凄く時間がかかって……おそらく教え子さんは〈解読〉ではなく、他の2つの天与を磨いたんでしょう」
「なるほど、なるほど」
形の良い白髭をなでながら、老人は目を細めて頷いた。どこか思い返すような仕草は、本当に昔を思い返しているのだろう。
「言われてみれば、〈解読〉以外のスキルのほうが達者だったな。……まぁ、考えてみれば当然か。利用価値の高いスキルから誰でも磨く」
「……はい。……僕は〈解読〉と〈複写〉という天与しかなくて、どっちもF-ランクだったから……」
僕の〈解読〉スキルが強力な理由は、もちろん他にも理由がある。
前世の記憶があり、スキルの成長の早い赤ん坊の頃から、日本語を使って〈解読〉を使用していたためだ。
推測だが、スキルや魔法の習得は幼ければ幼いほど有利に働くのだ。子供のほうが成長率が高いらしい。
0歳からスタートした僕は異常な成長率だった。ただし、どんなに賢い赤ん坊だって、最初から言語をマスターしているわけがない。そこも大きな違いだろう。
コップの水をよくこぼすと怒られもしたが、水でテーブルにひらがなやカタカナを書いては〈解読〉し、水によって〈複写〉したのは無駄ではなかったのだ。
シャヒール・クルメスの魔術の授業の翌日。さんざん馬鹿にしたシャヒール・クルメスよりも、僕の〈マナ式魔術〉の発現は不確かなものだった。
地面に落書きのように書かれた魔法陣は、正真正銘魔法陣だ。
魔法を使える孤児や魔法適正の高い孤児なども、この魔法陣を見たが、誰もこれが太古に失われた神代言語で書かれた魔法陣だとは気づかなかった。
「天使語……魔神語……精霊語……全部失敗したぞ……」
これで1度も成功していないなら、まだ諦めもつく。魔法陣の〈解読〉はできても、魔法陣から魔術を使えないというのなら。
だがそれはおかしい。
「……おっかしいな。……僕の〈解読〉のスキルが間違ってないなら、これで魔法が使えるはずなんだけど……」
頭を抱えて、天使語と魔神語と精霊語の3つの魔法陣を見つめる。
「面白い遊びをしておるの。小僧」
いきなり声が頭上から降ってきた。
「あ、あの……フリードマンさん。……アル君は今、何か一生懸命勉強してて、話しかけないで欲しいらしくて……。あっ、アル君っていうのは、アルフィ・ホープスの愛称で……」
どこかおどおどした様子のティエラ姉ちゃんが、お爺さんの横から顔を出した。
僕に声をかけたのは、どうやらこのお爺さんらしい。
柔和な顔つきをしているが、意外とがっしりとした体格をしていて身長が高い。
ついでにいうと、土埃のついた外套とテンガロンハットがやけに似合っている。
冒険者かなんかだろうか?
でも、それだとティエラ姉ちゃんの畏まった様子が変だ。もしかしてハーグウェイ家の人だろうか。
(だったらちゃんと挨拶しないとまずいな)
僕のせいでティエラ姉ちゃんに悪印象をもたれると良くない。
僕は立ち上がった瞬間、せっかく描いた天使語の魔法陣を踏みつけてしまった。
(まぁ、いっか……)
「おおぅ! もったいない! せっかく書いたのじゃろ?」
「はい。……でも、どうせ発動しない魔法陣ですし」
「お主の天与は? 魔力はあるのか?」
魔法に関する適正は特にないと伝えると、老人は笑った。
「なるほどなるほど。……しっかし、……ふぅむ。困ったな、どれ」
老人はどっかりと腰を下ろした。土の上に座るのも慣れた様子だ。
やっぱりこの老人は冒険者かなんかだろうと改めて思った。
「……これが、何かわかるかな?」
僕は老人がウエストポーチから取り出した1枚の羊皮紙を見つめた。
「巻物です」
「ほう。では、これは?」
「巻――」
巻物とまた答えようとした僕は、何気なく〈解読〉を使っていて気づいた。
(えっ?)
何かの勘違いかと思い、慎重に〈解読〉をもう1度かけてみた。
(さっきと同じように文字や記号が書かれているのに、こっちは巻物じゃない?)
「ほぅ。気づいたか。……凄いな。……ワシのゼミの連中でもここまで素早く判別はできんぞ」
「……〈解読〉のスキルを使いました」
どうせ黙っていてもバレる。この世界で天与は勇者やそれに連なる強者を探すためによく調査されている。
「〈解読〉? あのF-の?」
驚いた様子の老人に、僕は小さく頷く。もう慣れっこの反応だった。けど、なぜかこの老人にそう言われると僕は消えたくなるような気持ちを覚えた。
「……はい。ゴミスキルって呼ばれるアレです」
「ゴミかどうかはともかく……〈解読〉とはそれほど素早く能力を発揮できるものなのか? ワシの教え子の中にも〈解読〉の天与を持つトリプルがおったが、たいして使えなかったぞ。帝国語の戯曲を読むのにも物凄く時間がかかっとった」
僕だってそうだ。
初めて0歳のときに〈解読〉を使ったときは絶望したものだ。世界が真っ暗になったかのような失望感を感じたのをよく覚えている。
「トリプルってことは、3つも天与を授かったんですね。とても優秀だったんでしょうね」
「おう。そうじゃ。……確か……残り2つはBランク以上だったと思ったぞ」
予想以上に優秀だった。
優秀だったからこそ、〈解読〉が使い物にならなかったのも理解できた。
「〈解読〉は修練に特殊な方法がいるんです。しかも上達に物凄く時間がかかって……おそらく教え子さんは〈解読〉ではなく、他の2つの天与を磨いたんでしょう」
「なるほど、なるほど」
形の良い白髭をなでながら、老人は目を細めて頷いた。どこか思い返すような仕草は、本当に昔を思い返しているのだろう。
「言われてみれば、〈解読〉以外のスキルのほうが達者だったな。……まぁ、考えてみれば当然か。利用価値の高いスキルから誰でも磨く」
「……はい。……僕は〈解読〉と〈複写〉という天与しかなくて、どっちもF-ランクだったから……」
僕の〈解読〉スキルが強力な理由は、もちろん他にも理由がある。
前世の記憶があり、スキルの成長の早い赤ん坊の頃から、日本語を使って〈解読〉を使用していたためだ。
推測だが、スキルや魔法の習得は幼ければ幼いほど有利に働くのだ。子供のほうが成長率が高いらしい。
0歳からスタートした僕は異常な成長率だった。ただし、どんなに賢い赤ん坊だって、最初から言語をマスターしているわけがない。そこも大きな違いだろう。
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