上 下
11 / 72

第11話 追憶 3

しおりを挟む
名前を名乗らない赤毛の5歳の少女は、ガスロなどの邪魔者が入らない孤児院裏の隅によくやって来るようになった。

彼女が何か話しかけてきたら答え、何も言ってこないときはひたすら己のスキルを磨くことに集中した。

ここが魔王軍と人類軍が戦っている世界だと知っていたからだ。少しでも、才能があるのなら、伸ばしておくことに越したことはない。何より、前世のように後悔だらけの人生は歩みたくなかった。だから必死だったんだ。

〈複写〉は、難しい文字ほど成功率が落ち、時間がかかる。例えば、同じ文字数であってもひらがなと漢字なら漢字のほうが時間がかかる。特に漢字だけで構成された漢詩が最も難易度が高かった。

〈複写〉の効果的な訓練法は、難しいものを〈複写〉することだ。同じものを連続して繰り返すと早くなるが、どうも経験値が入りづらいようだった。そのため杜甫の詩を〈複写〉したあとは、李白の詩を書いた。

「それって、てっきり適当に書いてるのかと思ったけど、違うんだね」

少女は、李白の『静夜思』の3行目にある「山」の字をなぞっている。おそらく好きな漢字とその前後左右の文字などを覚えているのだろう。

「そうだよ」

実はそのことに気づいたのは彼女が初めてだった。過去にこの〈複写〉の様子を見た人は他にも結構いるが、誰も漢字を知らないらしく、単なる子供の落書きとしか思われなかったのだ。

僕は〈解読〉を李白の『静夜思』にかける。
頭の中に李白の描いた静かに故郷をしのぶ情景が浮かび上がるかのようだった。

〈解読〉は、初めて見る文字に対して使用すると、経験値が多く入るようだった。
そのため、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、数字、記号など片っ端から挑戦した。この3年で知りうるすべての日本語や英単語などを書いた。

最終的に、自分の知る中で1番読むのが面倒くさい漢詩に〈解読〉をかける形に落ちついた。やや抵抗感があるため、おそらく経験値がわずかながら入ってくるらしいからだ。
そのうち漢詩でも一瞬で〈解読〉できるようになり、効果がなくなる日も来るだろう。
新しい読めない言葉を探さないといけなかった。

「ねぇ、どうしてあたしのこと、何も聞かないの?」

紅玉ルビーを砕いて溶かし込んだかのような見事な赤い髪のポニーテールを肩口から前に垂らし、なでながら聞いてきた。

「……聞いてほしかったの?」

「ううん。そんなことないけど……」

彼女は何か不満そうな、不思議そうな顔をしていた。

「みんな、すぐいろいろなことを聞くじゃない?」

「まぁ、子供達って基本そうだよね」

特に小さい頃は、「あれ何? これ何?」「どうしてなの? なんでなの?」とうるさいほど聞いてくる。前世で子供はいなかったが、子供がどういうものかくらいは知っている。

「ナマイキっ!」

指先で鼻を弾かれた。

「痛っ」

軽い動きだったので気にせず受けたら、大ダメージを負った。半分冗談、半分マジだ。

「だっ、大丈夫!?」

慌てて少女が駆け寄り、僕の鼻を押さえた。どろっとした感触と、みるみる赤く染まるハンカチ。

うーむ。思ったより脆弱だな、この体。

ますます暗い未来にゲンナリする。

体を鍛えてもいいが、あまり期待できなさそうだ。

「ねぇ! しっかりっ!」

しゃべらなくなった僕を見て、焦ったように少女が揺すってくる。

「大丈夫だよ!」

鼻血が飛び散るのでやめて欲しい。

「ごめんねごめんね」と何度も謝る彼女に、僕はむしろ驚いた。

「どうしてそんなに……」

「あたし……勇者なの。……だから普通の人より力が強くて……どんどんまだ強くなっているのに、実感が追いつかなくて……」

紅玉ルビーのような髪。
紫水晶アメジストのような瞳。
天与ギフト最高ランクS+と、絶世の美貌という2つの天与ギフトを与えられたと噂される存在。絶世の美貌はべつに天与ギフトではないし、言い過ぎだろうとこのときの僕は思っていた。

「勇者ルヴィア・ティエンジャー……」

呆然とつぶやく僕に、まだ5歳のルヴィアは泣きそうな顔で叫んだ。

「勇者なんて呼ばないで!」

「ご、ごめん……」

「う、ひっぐ……」

うわぁー。
いきなり泣き出してしまった。
どうして泣き出したのか、わかるようなわからないような。なんとも居たたまれない空気だ。

僕はいつの間にか自分で握って鼻を押さえていた赤くなったハンカチを見た。

白い生地に、縁にはピンクのレース。端っこに小さいとはいえ花の刺繍まであった。

(ハンカチ、か……)

この孤児院にこのような物を持っている者は他にいないんじゃないだろうか。
ルヴィアはそれだけ特別扱いを受けているのだ。

もしかしたら自分のことを知らない子と友達になりたかったのかもしれない。
自分のスキルを磨くことに没頭する世間知らずの僕に、だから彼女は近づいたのかもしれなかった。

「ごめん。ルヴィア。……これから勇者なんてつけないよ」

「ほんと?」

目の端を赤くしながら顔を上げたルヴィアに、僕は大きく頷く。

「うん。ほんと。……ルヴィアが旅立つその日まで、僕はルヴィアのことをただルヴィアとだけ呼ぶよ」

「……あなたの名前は?」

「アルフィ・ホープス。……知ってるかと思ってたけど」

「きちんとあなたの口から聞きたくなったの。あなたのこと、アルって呼んでいい?」

「うん。もちろん」

それから僕とルヴィアは仲良くなった。

彼女と仲良くなった頃、僕が孤児院を3歳にして追い出されるという話が、なぜか立ち消えになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

チートスキルで無自覚無双 ~ゴミスキルばかり入手したと思ってましたが実は最強でした~

Tamaki Yoshigae
ファンタジー
北野悠人は世界に突如現れたスキルガチャを引いたが、外れスキルしか手に入らなかった……と思っていた。 が、実は彼が引いていたのは世界最強のスキルばかりだった。 災厄級魔物の討伐、その素材を用いてチートアイテムを作る錬金術、アイテムを更に規格外なものに昇華させる付与術。 何でも全て自分でできてしまう彼は、自分でも気づかないうちに圧倒的存在に成り上がってしまう。 ※小説家になろうでも連載してます(最高ジャンル別1位)

僕は弟を救うため、無自覚最強の幼馴染み達と旅に出た。奇跡の実を求めて。そして……

久遠 れんり
ファンタジー
五歳を過ぎたあたりから、体調を壊し始めた弟。 お医者さんに診断を受けると、自家性魔力中毒症と診断される。 「大体、二十までは生きられないでしょう」 「ふざけるな。何か治療をする方法はないのか?」 その日は、なにも言わず。 ただ首を振って帰った医者だが、数日後にやって来る。 『精霊種の住まう森にフォビドゥンフルーツなるものが存在する。これすなわち万病を癒やす霊薬なり』 こんな事を書いた書物があったようだ。 だが、親を含めて、大人達はそれを信じない。 「あての無い旅など無謀だ」 そう言って。 「でも僕は、フィラデルを救ってみせる」 そして僕は、それを求めて旅に出る。 村を出るときに付いてきた幼馴染み達。 アシュアスと、友人達。 今五人の冒険が始まった。 全くシリアスではありません。 五人は全員、村の外に出るとチートです。ご注意ください。 この物語は、演出として、飲酒や喫煙、禁止薬物の使用、暴力行為等書かれていますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。またこの物語はフィクションです。実在の人物や団体、事件などとは関係ありません。

その無能、実は世界最強の魔法使い 〜無能と蔑まれ、貴族家から追い出されたが、ギフト《転生者》が覚醒して前世の能力が蘇った〜

蒼乃白兎
ファンタジー
15歳になると、人々は女神様からギフトを授かる。  しかし、アルマはギフトを何も授かることは出来ず、実家の伯爵家から無能と蔑まれ、追い出されてしまう。  だが実はアルマはギフトを授からなかった訳では無かった。  アルマは既にギフト《転生者》を所持していたのだ──。  実家から追い出された直後にギフト《転生者》が発動し、アルマは前世の能力を取り戻す。  その能力はあまりにも大きく、アルマは一瞬にして世界最強の魔法使いになってしまった。  なにせアルマはギフト《転生者》の能力を最大限に発揮するために、一度目の人生を全て魔法の探究に捧げていたのだから。  無能と蔑まれた男の大逆転が今、始まる。  アルマは前世で極めた魔法を利用し、実家を超える大貴族へと成り上がっていくのだった。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました

ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。 そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった…… 失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。 その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。 ※小説家になろうにも投稿しています。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

処理中です...