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第9話 追憶 1

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夕暮れ前に忍び込んだ樽の中、頭上から差し込む朝日にまぶしさを感じながらも、まだ半分夢の世界にいた。夢の中には別れ別れになってしまったティエラ姉ちゃんとルヴィアがいたからだ。

――赤ん坊に転生したとき、僕は称賛と共に迎えられた。

「この孤児は大当たりですよ、孤児院長先生!」

「ほぅ。天与ギフト2つ持ち――ダブルですか。……珍しい。しかも、2つあればどちらかが仮にFやEなどのゴミランクであっても、もう片方には期待が持てるかもしれません」

異世界での親の顔も知らない僕は、まだろくにきちんと瞼も開けられない状態の頃に、王立第13孤児院に引き取られた。

0歳といっても、前世の記憶はある。

ベッドに寝かされた俺は、転生の際のことを思い出していた。

真っ白い世界に声だけが響く存在――それは自らを「神である」と名乗った。ボイスチェンジャーでも使っているかのような不自然な声色に僕は警戒心を抱いた。正直神かどうかも疑ったほどだが、転生させるなどという真似ができるのだから、本当に神だったのかもしれない。

その際、与えられた転生の特典は〈解読〉と〈複写〉の2つ。

使用方法は、それぞれのスキルを使用しようと思えば頭の中に浮かんだ。

まだまともにしゃべれないので、心の中だけで念じる。

〈解読〉、と――。

すると、壁に掛けられた肖像画の下の細長い板の模様のようなもの――異世界の木彫りの文字がゆっくりと読めるようになった。

(……れ)

1文字読めた。
だが、次の文字がなかなか読めるようにならない。〈解読〉のスキルはフルパワーで使っているはずなのに。
ぷにぷにとした柔らかい手をぎゅっと握りしめて気合いを入れる。

行け! 〈解読〉しろっ!

(……れき……)

おいおいマジかよ。

僕はもうその頃には、この2つのスキルのうちの1つ〈解読〉が孤児院長が言っていたゴミランクであることを確信した。……たかが読めない文章を理解し、読めるようになるだけのスキル。
そんなスキルなのに驚くほど遅いのだ。まるで遅い回線速度でインターネットのページを開こうとしているような不快感を感じる。

(……れきだ……)

いきなりかすかに持ち上げていた頭が、枕に落ちる。じんじんと頭の奥が熱いような感覚。オーバーヒートのような状態になったらしい。

(…………ダ、ダメだ……)

僕はベビーベッドにうつぶせに突っ伏した。頭がひどく重い。ガンガンする。疲れた。精神力を消耗するのか。

想像以上にひどい有様だった。
びっくりするほどのゴミスキルだった。

翌日も翌々日も努力して、その肖像画の下の文字「歴代孤児院長の肖像画」を読むことに成功した。
物凄くどうでもいいも内容だった。

ただ、1日目より2日目、2日目より3日目のほうがほんのわずかに読み込む速度が上がった気がした。

それだけを頼りに、毎日ベッドの上から目につく文字を片っ端から読み込んだ。

が――。

すぐに問題に気づいた。

(……「歴代孤児院長の肖像画」「歴代孤児院長の肖像画」)

1度読んだ文字は、1度開いたウェブページのようにすぐに読み込める。
だが反面、負荷がかからないせいか、1度読んだページだと経験値のようなものが入らないらしい。〈解読〉のスキルが上達する気配が見えないのだ。

(……まずい)

もちろんまだ赤ちゃんだ。
体が動くなるようになれば、他の文字を見つけ、さらなる〈解読〉のレベルアップが可能だろう。

だが、問題が山積みだった。第1にここが孤児院であること。第2におそらく図書室のようなものは存在しないだろうということ。第3にそもそもどうやら識字率自体が相当低いこと。はいはいできるようになっても状況はそれほど好転しないだろうと簡単に予想がついた。

(……どうしよう)

何より面倒なのは、孤児院長達の言葉の端々に感じられる孤児達の人権など無視した発言の数々だった。
おそらくここに出入りする大人達は、赤ん坊がまさか自分達の話を理解できるとは思っていないのだろう。

ここの孤児院長は、孤児達の中でも優れた天与ギフトを持つ者だけを集めて、コレクションにしていた。集めたコレクションはその天与ギフトに合わせて様々な形で利用している。手元に残して使ったり、王国軍に貸しを作ったりといったふうに。

〈解読〉はゴミスキルだった上に、〈複写〉もゴミスキルっぽかった。

まだ〈複写〉は使用できていない。これには〈複写〉する媒体が必要らしく、ベッドの上にそんなものはないからだ。

ついでにいうと、〈複写〉のレベルアップには大量に文字を書く必要があるらしい。

(ハハハハハ……)

乾いた笑いを心の中で漏らす。

(大量の紙やペンって、こんな文明レベルの低い異世界にあるのかよ)

文具店だの書店だのは存在しないと断言できた。

生活水準の低さと識字率から見て、紙もペンも高級品だろう。というか異世界に転生してからまだ1度も白い紙を見たことがない。

ごわごわした羊皮紙と思えるものと、紙っぽいが黄ばんでいる物などだけだ。

(やばい……詰んだ……)

転生の際、神様のことを顔も姿も見せない胡散臭い奴などと思ったのがいけなかったのだろうか。

この窮地を抜けるきっかけになったのは、意外なことに日本語だった。
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