9 / 72
第9話 追憶 1
しおりを挟む
夕暮れ前に忍び込んだ樽の中、頭上から差し込む朝日にまぶしさを感じながらも、まだ半分夢の世界にいた。夢の中には別れ別れになってしまったティエラ姉ちゃんとルヴィアがいたからだ。
――赤ん坊に転生したとき、僕は称賛と共に迎えられた。
「この孤児は大当たりですよ、孤児院長先生!」
「ほぅ。天与2つ持ち――ダブルですか。……珍しい。しかも、2つあればどちらかが仮にFやEなどのゴミランクであっても、もう片方には期待が持てるかもしれません」
異世界での親の顔も知らない僕は、まだろくにきちんと瞼も開けられない状態の頃に、王立第13孤児院に引き取られた。
0歳といっても、前世の記憶はある。
ベッドに寝かされた俺は、転生の際のことを思い出していた。
真っ白い世界に声だけが響く存在――それは自らを「神である」と名乗った。ボイスチェンジャーでも使っているかのような不自然な声色に僕は警戒心を抱いた。正直神かどうかも疑ったほどだが、転生させるなどという真似ができるのだから、本当に神だったのかもしれない。
その際、与えられた転生の特典は〈解読〉と〈複写〉の2つ。
使用方法は、それぞれのスキルを使用しようと思えば頭の中に浮かんだ。
まだまともにしゃべれないので、心の中だけで念じる。
〈解読〉、と――。
すると、壁に掛けられた肖像画の下の細長い板の模様のようなもの――異世界の木彫りの文字がゆっくりと読めるようになった。
(……れ)
1文字読めた。
だが、次の文字がなかなか読めるようにならない。〈解読〉のスキルはフルパワーで使っているはずなのに。
ぷにぷにとした柔らかい手をぎゅっと握りしめて気合いを入れる。
行け! 〈解読〉しろっ!
(……れき……)
おいおいマジかよ。
僕はもうその頃には、この2つのスキルのうちの1つ〈解読〉が孤児院長が言っていたゴミランクであることを確信した。……たかが読めない文章を理解し、読めるようになるだけのスキル。
そんなスキルなのに驚くほど遅いのだ。まるで遅い回線速度でインターネットのページを開こうとしているような不快感を感じる。
(……れきだ……)
いきなりかすかに持ち上げていた頭が、枕に落ちる。じんじんと頭の奥が熱いような感覚。オーバーヒートのような状態になったらしい。
(…………ダ、ダメだ……)
僕はベビーベッドにうつぶせに突っ伏した。頭がひどく重い。ガンガンする。疲れた。精神力を消耗するのか。
想像以上にひどい有様だった。
びっくりするほどのゴミスキルだった。
翌日も翌々日も努力して、その肖像画の下の文字「歴代孤児院長の肖像画」を読むことに成功した。
物凄くどうでもいいも内容だった。
ただ、1日目より2日目、2日目より3日目のほうがほんのわずかに読み込む速度が上がった気がした。
それだけを頼りに、毎日ベッドの上から目につく文字を片っ端から読み込んだ。
が――。
すぐに問題に気づいた。
(……「歴代孤児院長の肖像画」「歴代孤児院長の肖像画」)
1度読んだ文字は、1度開いたウェブページのようにすぐに読み込める。
だが反面、負荷がかからないせいか、1度読んだページだと経験値のようなものが入らないらしい。〈解読〉のスキルが上達する気配が見えないのだ。
(……まずい)
もちろんまだ赤ちゃんだ。
体が動くなるようになれば、他の文字を見つけ、さらなる〈解読〉のレベルアップが可能だろう。
だが、問題が山積みだった。第1にここが孤児院であること。第2におそらく図書室のようなものは存在しないだろうということ。第3にそもそもどうやら識字率自体が相当低いこと。はいはいできるようになっても状況はそれほど好転しないだろうと簡単に予想がついた。
(……どうしよう)
何より面倒なのは、孤児院長達の言葉の端々に感じられる孤児達の人権など無視した発言の数々だった。
おそらくここに出入りする大人達は、赤ん坊がまさか自分達の話を理解できるとは思っていないのだろう。
ここの孤児院長は、孤児達の中でも優れた天与を持つ者だけを集めて、コレクションにしていた。集めたコレクションはその天与に合わせて様々な形で利用している。手元に残して使ったり、王国軍に貸しを作ったりといったふうに。
〈解読〉はゴミスキルだった上に、〈複写〉もゴミスキルっぽかった。
まだ〈複写〉は使用できていない。これには〈複写〉する媒体が必要らしく、ベッドの上にそんなものはないからだ。
ついでにいうと、〈複写〉のレベルアップには大量に文字を書く必要があるらしい。
(ハハハハハ……)
乾いた笑いを心の中で漏らす。
(大量の紙やペンって、こんな文明レベルの低い異世界にあるのかよ)
文具店だの書店だのは存在しないと断言できた。
生活水準の低さと識字率から見て、紙もペンも高級品だろう。というか異世界に転生してからまだ1度も白い紙を見たことがない。
ごわごわした羊皮紙と思えるものと、紙っぽいが黄ばんでいる物などだけだ。
(やばい……詰んだ……)
転生の際、神様のことを顔も姿も見せない胡散臭い奴などと思ったのがいけなかったのだろうか。
この窮地を抜けるきっかけになったのは、意外なことに日本語だった。
――赤ん坊に転生したとき、僕は称賛と共に迎えられた。
「この孤児は大当たりですよ、孤児院長先生!」
「ほぅ。天与2つ持ち――ダブルですか。……珍しい。しかも、2つあればどちらかが仮にFやEなどのゴミランクであっても、もう片方には期待が持てるかもしれません」
異世界での親の顔も知らない僕は、まだろくにきちんと瞼も開けられない状態の頃に、王立第13孤児院に引き取られた。
0歳といっても、前世の記憶はある。
ベッドに寝かされた俺は、転生の際のことを思い出していた。
真っ白い世界に声だけが響く存在――それは自らを「神である」と名乗った。ボイスチェンジャーでも使っているかのような不自然な声色に僕は警戒心を抱いた。正直神かどうかも疑ったほどだが、転生させるなどという真似ができるのだから、本当に神だったのかもしれない。
その際、与えられた転生の特典は〈解読〉と〈複写〉の2つ。
使用方法は、それぞれのスキルを使用しようと思えば頭の中に浮かんだ。
まだまともにしゃべれないので、心の中だけで念じる。
〈解読〉、と――。
すると、壁に掛けられた肖像画の下の細長い板の模様のようなもの――異世界の木彫りの文字がゆっくりと読めるようになった。
(……れ)
1文字読めた。
だが、次の文字がなかなか読めるようにならない。〈解読〉のスキルはフルパワーで使っているはずなのに。
ぷにぷにとした柔らかい手をぎゅっと握りしめて気合いを入れる。
行け! 〈解読〉しろっ!
(……れき……)
おいおいマジかよ。
僕はもうその頃には、この2つのスキルのうちの1つ〈解読〉が孤児院長が言っていたゴミランクであることを確信した。……たかが読めない文章を理解し、読めるようになるだけのスキル。
そんなスキルなのに驚くほど遅いのだ。まるで遅い回線速度でインターネットのページを開こうとしているような不快感を感じる。
(……れきだ……)
いきなりかすかに持ち上げていた頭が、枕に落ちる。じんじんと頭の奥が熱いような感覚。オーバーヒートのような状態になったらしい。
(…………ダ、ダメだ……)
僕はベビーベッドにうつぶせに突っ伏した。頭がひどく重い。ガンガンする。疲れた。精神力を消耗するのか。
想像以上にひどい有様だった。
びっくりするほどのゴミスキルだった。
翌日も翌々日も努力して、その肖像画の下の文字「歴代孤児院長の肖像画」を読むことに成功した。
物凄くどうでもいいも内容だった。
ただ、1日目より2日目、2日目より3日目のほうがほんのわずかに読み込む速度が上がった気がした。
それだけを頼りに、毎日ベッドの上から目につく文字を片っ端から読み込んだ。
が――。
すぐに問題に気づいた。
(……「歴代孤児院長の肖像画」「歴代孤児院長の肖像画」)
1度読んだ文字は、1度開いたウェブページのようにすぐに読み込める。
だが反面、負荷がかからないせいか、1度読んだページだと経験値のようなものが入らないらしい。〈解読〉のスキルが上達する気配が見えないのだ。
(……まずい)
もちろんまだ赤ちゃんだ。
体が動くなるようになれば、他の文字を見つけ、さらなる〈解読〉のレベルアップが可能だろう。
だが、問題が山積みだった。第1にここが孤児院であること。第2におそらく図書室のようなものは存在しないだろうということ。第3にそもそもどうやら識字率自体が相当低いこと。はいはいできるようになっても状況はそれほど好転しないだろうと簡単に予想がついた。
(……どうしよう)
何より面倒なのは、孤児院長達の言葉の端々に感じられる孤児達の人権など無視した発言の数々だった。
おそらくここに出入りする大人達は、赤ん坊がまさか自分達の話を理解できるとは思っていないのだろう。
ここの孤児院長は、孤児達の中でも優れた天与を持つ者だけを集めて、コレクションにしていた。集めたコレクションはその天与に合わせて様々な形で利用している。手元に残して使ったり、王国軍に貸しを作ったりといったふうに。
〈解読〉はゴミスキルだった上に、〈複写〉もゴミスキルっぽかった。
まだ〈複写〉は使用できていない。これには〈複写〉する媒体が必要らしく、ベッドの上にそんなものはないからだ。
ついでにいうと、〈複写〉のレベルアップには大量に文字を書く必要があるらしい。
(ハハハハハ……)
乾いた笑いを心の中で漏らす。
(大量の紙やペンって、こんな文明レベルの低い異世界にあるのかよ)
文具店だの書店だのは存在しないと断言できた。
生活水準の低さと識字率から見て、紙もペンも高級品だろう。というか異世界に転生してからまだ1度も白い紙を見たことがない。
ごわごわした羊皮紙と思えるものと、紙っぽいが黄ばんでいる物などだけだ。
(やばい……詰んだ……)
転生の際、神様のことを顔も姿も見せない胡散臭い奴などと思ったのがいけなかったのだろうか。
この窮地を抜けるきっかけになったのは、意外なことに日本語だった。
0
お気に入りに追加
1,637
あなたにおすすめの小説
チートスキルで無自覚無双 ~ゴミスキルばかり入手したと思ってましたが実は最強でした~
Tamaki Yoshigae
ファンタジー
北野悠人は世界に突如現れたスキルガチャを引いたが、外れスキルしか手に入らなかった……と思っていた。
が、実は彼が引いていたのは世界最強のスキルばかりだった。
災厄級魔物の討伐、その素材を用いてチートアイテムを作る錬金術、アイテムを更に規格外なものに昇華させる付与術。
何でも全て自分でできてしまう彼は、自分でも気づかないうちに圧倒的存在に成り上がってしまう。
※小説家になろうでも連載してます(最高ジャンル別1位)
異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う
馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない
そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!?
そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!?
農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!?
10個も願いがかなえられるらしい!
だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ
異世界なら何でもありでしょ?
ならのんびり生きたいな
小説家になろう!にも掲載しています
何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
良家で才能溢れる新人が加入するので、お前は要らないと追放された後、偶然お金を落とした穴が実はガチャで全財産突っ込んだら最強になりました
ぽいづん
ファンタジー
ウェブ・ステイは剣士としてパーティに加入しそこそこ活躍する日々を過ごしていた。
そんなある日、パーティリーダーからいい話と悪い話があると言われ、いい話は新メンバー、剣士ワット・ファフナーの加入。悪い話は……ウェブ・ステイの追放だった……
失意のウェブは気がつくと街外れをフラフラと歩き、石に躓いて転んだ。その拍子にポケットの中の銅貨1枚がコロコロと転がり、小さな穴に落ちていった。
その時、彼の目の前に銅貨3枚でガチャが引けます。という文字が現れたのだった。
※小説家になろうにも投稿しています。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。
ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった
16歳の少年【カン】
しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ
これで魔導まで極めているのだが
王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ
渋々それに付き合っていた…
だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう
この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである
※タイトルは思い付かなかったので適当です
※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました
以降はあとがきに変更になります
※現在執筆に集中させて頂くべく
必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします
※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる