最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

日常への帰還

　シノビノサト村は、魔の山の中腹にある。
　魔の山は、鬱蒼とした深い樹海に覆われているが、シノビノサト村の辺りだけは開拓してある。
　そのため上空からだと、村の家々の炊事場から立ち上る細い煙がよく見えた。水産都市エレフィンからの移住者も含めて、村の規模は数倍になっている。そのため炊事の煙の数も増えている。

「そっか、昼飯時か」

　別に狙ったわけではないのだが、もうすぐお昼だ。

「ちょうどいいタイミングであります！」

　イヌガミは、ハイエルフの都でもしっかりと朝食を食べたのに、尻尾を振っている。竜の尾がブンブンと揺れて、その振動がお尻に伝わってきた。

「朝食をあれだけ食べたのに」

「野菜ばかりだったであります！」

「まあ、たしかに」

　ハイエルフは菜食主義者なのか、たまたまあの辺りで取れるのが野菜中心なのか、二種類のサラダと蒸したイモの料理が朝食だった。

（確かにちょっと物足りなかったかもな）

　うんうん、と俺は頷いた。

「肉を食べる時は野菜を食べるように言われたので、野菜を食べると肉を食べたくなるであります！」

　うん？　と俺は首をかしげた。イヌガミの言い分がおかしかったからだ。

「野菜を四皿食べたので、肉を四皿食べてもいいであります！」

「え？」

　そういえば以前そんな注意をした気がする。イヌガミは放っておくと肉ばかり食べるからだ。偏食しないように野菜と肉を同じ皿の数だけ食べるように言ったのだ。

　イヌガミの飛ぶ速度が上がった。
　シノビノサト村には〈影走り〉の訓練などに使う非常に広い広場がある。イヌガミは土埃を上げて、その広場に下り立った。

　イヌガミはすぐさま忍犬の姿に戻ると、炊事の煙の立ち上る村長宅に突進するように走り出した。
　俺もその後を追う。

　ちょうどリノとオゥバァ、セーレアの三人が、広い村長宅の炊事場で昼食の準備をしていた。たぶん炊き出しもするつもりなのだろう。
　大きな竈で、巨大な鍋でスープを作っている。
　スープをかき混ぜていたオゥバァが、最初に俺たちに気づき、こっちを見た。

「あっ。おかえりー、スープ食べる？」

「……え、あ……うん」

「食べるであります」

　あまりにも普段どおりな対応に戸惑った俺と違って、イヌガミはソッコーでいい声で返事した。

　野菜を切っていたセーレアも顔を上げて振り向いた。

「あら、おかえりなさい」

「うん。ただいま」

「ただいまであります！　野菜だけでなく、肉も切るであります！」

　セーレアに突進するイヌガミ。それに悲鳴を上げるセーレア。
　いつもどおりの光景だ。

（なんだか拍子抜けだな）

　自分ではなんだか結構長い間旅に出ていたつもりだったのに、周囲の対応はものすごく普通だった。というか、実際日数にしたら大したことはない。

（不思議な感覚だな）

　旅の間の時間の密度と、この日常の時間の密度がなんだかちぐはぐで合わないのだ。