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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

ドワーフに勧めた温泉卵と炭酸入りの酒

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 温泉でお酒を飲めるように準備した俺とイヌガミは、ドワーフの住み処に戻った。
 喜び勇んで戻ってきた俺たちに、ドワーフの長老たちは不思議そうにした。

「珍しい酒とツマミ、あと温泉を用意しました」

「温泉?」

 ドワーフたちは温泉を知らないらしい。

(吉と出るか凶と出るか……)

 俺は、シノビノサト村で人間以外の種族にも好評だったことを思い返しながら、自信を持って頷いた。

「はい。温泉です」

「珍しい酒がそこで飲めるのか?」

「正確に言うと、ニホーシュをアレンジしたものです。たぶん温泉で飲んだ方がより美味しいと思いますよ」

 シノビノサト村のお年寄りが好んでいるので、おそらく温泉でのお酒は美味しいに違いない。温泉卵のアイデアも、村では昔からあるものだった。

 ドワーフたちはしばらく思案していたが、すぐにそわそわし出した。

「一応、三十人くらいは浸かれますよ」

「では、とりあえず儂らだけで行くか。あと若いのも何人か連れていって」

 ほいほいと誘い出される姿に俺は苦笑した。これがもし何かの罠だったら、一網打尽にされそうな様子だ。それだけ「珍しい酒」というフレーズに引かれたのだろう。

 ドワーフを連れて、俺とイヌガミは歩いた。山歩きに慣れているらしく、ドワーフは悪くない動きだった。このくらい動けないと過酷な魔族領では生きていけないのかもしれない。

「結構遠いのう」

「モンスターが出んといいが……」

「なに、一人旅しておるフウマさんがいるんじゃから安心じゃろう」

「確かにのう」

 ドワーフたちは、どうやら俺の腕を相当信頼してくれているらしい。

 温泉の独特の匂いを嗅いだドワーフの一人が、髭に埋もれた鼻孔をひくひくさせた。
 無言のところを見ると、たぶんお湯が湧き出るところがあるのは知っている様子だ。
 俺とイヌガミがまっすぐ匂いの元に向かうので、目的地がそこだと察したらしく、不思議そうに首をかしげる者もいた。お湯に浸かるという発想はないらしい。
 やがて温泉に辿り着いた。

「おお! 湯気の立つ……水溜まり……いや、岩できちんと囲ってあるし……ここが温泉か?」

「はい、そうです」

 服を脱いでお湯に入ることを伝えた。
 ドワーフたちが脱衣する間に、俺は炭酸水入りのニホーシュを準備した。
 ドワーフたちはそれを見て、いそいそと服を脱ぎ、温泉に浸かった。温泉についての感想はない。怖いほど真剣な目で、俺の手元を見つめている。
 お待ちかねの天然の炭酸水入りのニホーシュを差し出した。
 彼らは、ちゃっかり持参していたコップに炭酸入りニホーシュを入れて、飲み始めた。

 カッ、と目を見開いたドワーフが叫んだ。

「不思議な味!」

「うむ! 面白い!」

「初めて飲むタイプの酒なのは間違いない!」

「シュワシュワしていて泡が弾けるぞい!」

 どうやら炭酸水を飲むのも初めてらしかった。
 そして大好評のようだった。
 俺は彼らが酒を楽しんでいるうちに、温泉卵を用意した。
 酒のつまみに手渡した温泉卵も大好評だった。ドワーフたちは相好を崩して食べている。

「うむ。……凄いのう……ニホーシュも卵も知っている味じゃが……温泉に入りながらじゃからか、それともほんの少しアレンジを加えたからか……心と体に染みるような美味さじゃー」

「うむうむー」

 温泉に浸かった体がほぐれたためか、会話が間延びしている。

 俺はそんな姿を眺めて満足感を覚えていた。
 本当は、交易の交渉が上手く行くようにするための接待のようなつもりだったのだが、なんだか楽しそうな彼らを見ていると、それだけで満足してしまいそうだった。

「そうだ、イヌガミ」

「なんでしょうか?」

「これ……」

 俺は、食いしん坊で働きもののイヌガミのために取っておいた温泉卵を差し出した。
 イヌガミは、きょとんとした顔で、俺の手の平の温泉卵と俺の顔を見比べた。

「お前の分に作っておいた温泉卵だ」

「わ、わわわ若様ぁ~……」

 なぜか感動した様子のイヌガミが、温泉卵を受け取った。
 湯気のせいだと思うけど、なんだかイヌガミの目元がうるうるしている気がする。

「ありがたき幸せ――あむっ!」

 感謝の言葉とほぼ同時に、イヌガミは温泉卵を割って口の中に放り込んだ。本当に器用な忍犬だ。

「美味しいであります!」

「そうか……よかった」

 みんな楽しそうだ。

 俺も服を脱ぎ、温泉に浸かる。イヌガミも同じタイミングで湯船に飛び込んできた。
 温泉にお互いに浸かってるためか、いつもよりもどこか親密な雰囲気だった。

「……若様、嬉しそうでありますな」

「そうかもな……」

 なんとも不思議な気分だ。
 村にいた頃は想像もしなかった世界があちこちに広がっていて、いろいろな者がいて、さまざまな価値観がある。そんな当たり前のことを、自分は知っているつもりで、本当は全然知らなかったのだ。
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