上 下
167 / 263
第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

温泉!

しおりを挟む
「ドワーフが見つからない……」

 山脈と一口にいっても、その距離や面積は広大だ。
 ドワーフを探し回るのは多少骨が折れるだろうが、それでも自分の視力と気配感知スキルならば、それほど時間はかからないだろうと思い込んでいた。
 だが、日暮れに差し掛かろうとしているのに、ドワーフはまだ見つからないでいた。

「イヌガミ。ドワーフがどこにいそうかわからないか?」

「ドワーフの臭いを知っていれば追えるであります!」

 自信たっぷりにイヌガミが答えた。

「そうだよなぁ……といっても、臭いなんてわからないし……」

 最大の誤算は、ドワーフがわかりやすく村などを作っていなさそうなことだ。
 ドワーフが山脈に住んでいるというのは割と有名な話で、村を作る程度の人数がいるのはほぼ間違いない。
 しかし、いざ山脈に来てみれば獣道ばかりで、大勢が行き来したような道に出ることはない。ついでにいえば、看板の類もなかった。
 これが人間領なら街道はあるし、町への道を示した看板も立ててあることが多い。
 これだけ歩いて何もないということは、ドワーフは隠れ住んでいる可能性が高かった。

「……ん? なんだこの臭い?」

 山や森などは様々な臭いがする。だが、今嗅いだ臭いは無視できないほど特徴的なものだった。
 しかも、村で嗅いだことがあるような……。

「食べ物の匂いではないであります」

 俺とイヌガミは臭いのする方向に歩き出した。
 卵が腐ったような臭い。
 これはもしや……。

「おお!」

 池のような場所が、薄暗くなってもわかるほど湯気を立てていた。

「――温泉だあ!」

 俺とイヌガミは、湯気を上げる池に駆け寄った。
 俺は池に指をつけてみる。
 間違いなく温泉だった。

「熱すぎるな……けど」

 俺は近くを見回し、斜面を流れ落ちる滝に目をとめた。

「使えるな……」

 体も服もギシギシとした感触があって気持ち悪い。海水に濡れるとこんなことになるなんて知らなかった。村でも川でよく泳いでいたのでその感覚でいたが、塩分の影響だろうが、予想外だった。

「温泉でありますな! 入りましょう!」

「ああ! そうしようイヌガミ!」

 急ぐ旅だが、俺たちは使節のようなものだ。きちんと身だしなみを整えるべきだろう――などと言い訳をしつつ、温泉に入るために全力で頭を働かせる。
 曾祖父や祖父も皆、温泉に目がなかったという。たぶん血なのだろう、温泉好きは。

「俺はまずこの温泉を岩で囲うから、イヌガミは滝の水がここに流れ込むようにしてくれ。あまり大量に流れ込まないようにしてくれよ」

「ははっ! 〈変化〉を許可してくださいますか?」

「もちろんだ」

 イヌガミは上位竜に〈変化〉すると、前足の爪を一本立てて器用に、溝を掘っていった。イヌガミも村の温泉を知っている。あっちでは竹を半分に割って、そこを水が流れるようにしていた。そして傾斜をつけることで逆流することを防いでいた。
 イヌガミはちゃんと温泉に近づくにつれて、徐々に溝が深くなるようにして、滝の冷たい水が温泉に流れ込むように調節していた。

 俺の方も、岩を適当に持ち上げて、温泉の周りに並べるだけなので楽勝だった。

(お互い頭脳労働に向いてないなー……けど、肉体労働には向いてるな)

 温泉が完成すると、俺は手早く服を脱いだ。
 イヌガミは行儀良く岩場に座って、俺が入る準備を整えるまで待っていた。

「じゃ、入ろうか、イヌガミ!」

「ははっ! 旅の醍醐味ですな、若様!」

 湯加減はイヌガミが確かめていたので大丈夫だろうと思っていたが、予想通りいい塩梅だった。
 片足ずつ入ろうとしていたが、我慢できずにずぶりと浸かる。そのまま頭まで入ってごしごしと洗った。
 海水のせいでずっと髪がずっと変な感じだったのだ。
 ついでに岩場に脱いであった服も取って、お湯で洗う。

「湯船で服を洗ってもいいのでありますか?」

 イヌガミにすごく常識的なことを言われてびっくりしつつ答えた。

「ここの温泉はいいんだ。どうせ俺たちしかいないからな」

「では、泳いでも?」

 そうか。イヌガミは村の温泉で、泳いだりしちゃ駄目だって言われてたから、さっきの質問をしたのかも。

「いいよ」

 イヌガミが犬かきを始めた。筏を押す時のような感じではなく、気持ちよさそうにゆっくりと泳いでいる。

「……二十人くらいは余裕で入れるな」

 拡張工事をすれば、もっと入れるだろう。

「桶と脱衣所、衝立なんかあるともっと便利だな」

 洗濯を終えた服を岩の上に置いた。
 あとで木の枝にでも干そうかな。
 ひと仕事終えた俺は、湯船に肩まで浸かりながら星空を見上げた。

「ふぅ……」

 夜空に溶ける白いため息が、幻想的だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

レベル1の最強転生者 ~勇者パーティーを追放された錬金鍛冶師は、スキルで武器が作り放題なので、盾使いの竜姫と最強の無双神器を作ることにした~

サイダーボウイ
ファンタジー
「魔物もろくに倒せない生産職のゴミ屑が! 無様にこのダンジョンで野垂れ死ねや! ヒャッハハ!」 勇者にそう吐き捨てられたエルハルトはダンジョンの最下層で置き去りにされてしまう。 エルハルトは錬金鍛冶師だ。 この世界での生産職は一切レベルが上がらないため、エルハルトはパーティーのメンバーから長い間不遇な扱いを受けてきた。 だが、彼らは知らなかった。 エルハルトが前世では魔王を最速で倒した最強の転生者であるということを。 女神のたっての願いによりエルハルトはこの世界に転生してやって来たのだ。 その目的は一つ。 現地の勇者が魔王を倒せるように手助けをすること。 もちろん勇者はこのことに気付いていない。 エルハルトはこれまであえて実力を隠し、影で彼らに恩恵を与えていたのである。 そんなことも知らない勇者一行は、エルハルトを追放したことにより、これまで当たり前にできていたことができなくなってしまう。 やがてパーティーは分裂し、勇者は徐々に落ちぶれていくことに。 一方のエルハルトはというと、さくっとダンジョンを脱出した後で盾使いの竜姫と出会う。 「マスター。ようやくお逢いすることができました」  800年間自分を待ち続けていたという竜姫と主従契約を結んだエルハルトは、勇者がちゃんと魔王を倒せるようにと最強の神器作りを目指すことになる。 これは、自分を追放した勇者のために善意で行動を続けていくうちに、先々で出会うヒロインたちから好かれまくり、いつの間にか評価と名声を得てしまう最強転生者の物語である。

【破天荒注意】陰キャの俺、異世界の女神の力を借り俺を裏切った幼なじみと寝取った陽キャ男子に復讐する

花町ぴろん
ファンタジー
陰キャの俺にはアヤネという大切な幼なじみがいた。 俺たち二人は高校入学と同時に恋人同士となった。 だがしかし、そんな幸福な時間は長くは続かなかった。 アヤネはあっさりと俺を捨て、イケメンの陽キャ男子に寝取られてしまったのだ。 絶望に打ちひしがれる俺。夢も希望も無い毎日。 そんな俺に一筋の光明が差し込む。 夢の中で出会った女神エリステア。俺は女神の加護を受け辛く険しい修行に耐え抜き、他人を自由自在に操る力を手に入れる。 今こそ復讐のときだ!俺は俺を裏切った幼なじみと俺の心を踏みにじった陽キャイケメン野郎を絶対に許さない!! ★寝取られ→ざまぁのカタルシスをお楽しみください。 ※この小説は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八
ファンタジー
 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。