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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

まさに疾風号

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「ありがとうございましたー!」

 筏に戻った俺とイヌガミは、甲板から見下ろす船長と船員たちに手を振った。
 向こうも同じように手を振り返してくれる。

「ほんとーにいいのかぁー!」

 船長の声が間延びしたように響いた。

「ええー!」

 答えた俺は、大きく頷く。

「わかった。筏なら問題ないだろうが、暗礁があるからな。気をつけろよ!」

「はい!」

 帆船はゆっくりと進路を沖へ変えて進んでいった。
 また、イヌガミだけになった。
 大勢といるのも楽しいが、こうしてイヌガミと過ごすのも好きだ。

「若様、良かったですね」

 イヌガミがぽむぽむと肉球で筏を叩いた。

「ああ。まさかロープで固定しておいてくれてるとはな」

 お陰でこうして筏と別れずに済んだ。

「この筏は『疾風号』と名付けましょう!」

 いったいどこからそんな名が浮かんだのか知らないが、とりあえずスルーする。筏は気に入っているが、『疾風号』というネーミングはない。

「それよりイヌガミ。まずは山脈に向かおう。幸い岸も近い。あの山脈の近くの
岸に筏をつけることにしよう」

「ははっ!」

 筏を漕ぐ櫂は、竹箒をアレンジして作った一本しかない。とはいえ俺の力なら一本で十分だろう。

「はぁっ!」

 俺は海面に櫂を突き立てて思いっきり漕いだ。
 しっかりと海水を押す感触が、握った太い棒に伝わってくる。
 櫂は、水をかくようにして押し出すものだ。なら、竹箒のような形でも似たようなことをできるのではないかと思ったのだが、どうやら正解らしかった。

 ざばぁっ!
 と、海面から突き出た櫂から、海水が大量に滴り落ちる。

 そして予定通り筏は前に――

「あれ?」

 クルンと、まるで予想していない方向に回転するように動いた。

「は?」

 ちゃんと岸に向けて、櫂を漕いだはずだった。

「なんでだ?」

 今度はさらに力を入れて櫂を動かす。ミチミチッと太い木の棒から嫌な音がしたが、それでも思いっきり漕ぐ。

 ぐるん! と今度は先ほどより勢いよく回転した。

「さすが若様! 素晴らしい回転です! 楽しいです!」

 回る筏の上で、イヌガミがはしゃいでいる。
 とりあえずイヌガミのことは放置して、頭の中でイメージする。
 想像力は大事だとジッチャンに子供の頃からよく言われていた。実際シノビの技を極めるには必要不可欠だった。

「えっと……櫂は一本で、筏の上で水をかくと…………あっ!」

 よくよく考えてみると、水産都市エレフィンで見かけた船はすべて櫂が両脇にあった。片方だけで水をかくと、回転してしまうのだ。なぜならまっすぐ前に進む力にならないから。

「あぁー…………なるほどなぁ……」

 リザードマンたちも詳しくなかったのだろう。さらにいえば、船長の本当にいいのか? という最後の挨拶の時の言葉は、「櫂一本じゃ岸に向かって漕ぐのは無理じゃないか?」という意味だったのかもしれないと気づいた。

「イヌガミ!」

「ははっ!」

 筏の上でくるくる駆け回って遊んでいたイヌガミに、俺は厳かに告げた。

「……泳ぐぞ」

「わかったであります!」

 俺とイヌガミは筏の後部から水に入り、筏を押さえてバタ足を始めた。
 自分の勘違いに顔から火が出るほど恥ずかしい。幸い海水は冷たいのでその火照りを冷ましてくれる。

(うぅ~っ! 恥ずかしい……!)

 訳知り顔でリザードマンや魔族にいろいろ教示したのに、先ほどの筏でのクルンクルンを思い出すと訳もなく恥ずかしい……!

 ドゥバババババチャバチャ! と。
 凄まじい水飛沫を上げた筏が海上を突っ走る。イヌガミが名付けた『疾風号』という名に相応しい勢いだった。

「競争でありますか!?」

 イヌガミの嬉しそうな声が聞こえたが、無言で恥ずかしさと自分の失敗への怒りを推進力に変えて猛然と進んだ。

 しばらく後。

「……ずいぶん離れちまったな」

 筏を岸につけた時、その場所は魔族領ではあったものの、山脈から割と離れてしまっていた。
 俺とイヌガミでは推進力に差があったのだ。俺の方が推進力があった分、イヌガミの方に筏の進路が傾いてしまったらしい。
 筏が満潮で流されないように、浜から草地まで移動させた。

「まあ、ちょうどいいか……服を乾かすついでに歩こう。……ドワーフたちの住む場所に風呂があるといいんだが……」

「お風呂でありますか!」

「うん。あればいいなってだけだからな?」

 俺は若干テンションを落としつつも、山脈に向かって歩みを進めたのだった。
 初めて見る山脈は、故郷の山以上に雄大で、次第にテンションが上っていった。
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