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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

船乗りに勧められたザワークラウトと魚の干物

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 初めて航行中の帆船に乗ったが、いろいろと驚いた。
 まず揺れない。
 筏に比べれば、というものだが、ここまで揺れないというのは予想以上だった。

 縄梯子を器用に自分で上ったイヌガミが甲板に姿を現すと、船員たちは驚いた様子だった。
 俺はイヌガミがやって来たので、一緒に良い服を着た男に近づいた。
 俺はお礼を言った。

「ありがとうございます。あなたが船長ですか?」

「ああ、そうだ。そっちは以前水産都市エレフィンで大暴れした奴だよな?」

「え?」

 まさか指名手配みたいな真似をされているのかと一瞬慌てたが、船長は破顔した。

「俺の船をありがとう! あんたがいなけりゃ、水産都市エレフィンの船は全滅してたかもしれねえ!」

「そうですか? あれはラインハルトや衛兵など多くの方々が頑張ったからだと思いますが……」

「そのラインハルトや衛兵、それに何より都市長も黒髪黒眼のフウマというS級冒険者を絶賛していたよ」

 都市長の絶賛というのは、たぶんリリィや王国史情報室辺りから手を回した結果だろう。思ったより正しく情報が伝わっているようでよかった。あの黒ずくめの仲間とでも思われていたらたまらない。

「メシはまだかい?」

「ええ、まあ」

「メシでありますか!?」

「うおっ! なんだ、その犬、しゃべれるのか?」

「ええ」

「そいつは凄いな」

 実際はしゃべるどころではないのだが。
 まあ、それよりも船での食事というのも気になった。

(それに魔族領の海について何か知ってるかもしれないしな。いろいろと聞いてみたい!)

 食事は船長の部屋でとることになった。
 船長の部屋は、そこそこ良い宿の一室のように意外と広々としていた。
 テーブルは一つで、椅子は四脚。
 椅子を勧められた俺は、背負い袋を横倒しにして、椅子に置いた。
 一瞬船長は不思議そうな顔をしたが、イヌガミがぴょんと跳び乗って、テーブルがちょうどよい高さになったのを見て納得したようだった。
 イヌガミはテーブルの上を見回し、今か今かと食べ物を楽しみにしているらしい。俺も楽しみだ。

 俺が席に着くと、同じく席に着いた船長が笑った。

「船での食事は初めてかい?」

「ええ」

 俺の返事に船長は申し訳無さそうに苦笑した。

「それなら美味いものでも食わしてやりたいが、船の上の、まして俺ら船乗りのメシってのは大して美味くはないかもな」

「どうしてですか?」

 そう質問した時、ちょうど料理の入った皿を運んでくる船員たちがいた。
 俺と船長、イヌガミの前に料理を並べていく。

 一つは魚の干物。もう一つはキャベツのサラダだろうか?

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

 俺たちの反応が気になるのか、船長はまだ食事を始めずにこっちを見ていた。

 イヌガミがまず干物に齧りついた。
 一匹丸々干物にしたものだが、イヌガミは気にしたふうもなく、ガジガジと噛んでいる。

「美味でありますっ!」

 船長の予想に反して、イヌガミは喜びの声を上げた。

「この噛み応え! この歯応え! この噛んだ時に感じる弾力が最高であります!」

 なんだかいろいろ言っているが、要は噛むのが好きな犬としては最高だといいたいのだろう。たぶん鶏の骨とか与えても似たような反応になるんじゃないだろうか。
 そんな若干失礼なことを考えつつも、俺はナイフとフォークを使って干物を切って口にした。

「……わ! 美味しいですね!」

 塩味が聞いていて、魚の風味とよく合っている。なにより噛めば噛むほど味が出てくるのがいい。イヌガミじゃないが、この歯応えと噛むほどに奥深い味がするのは最高だった。
 俺とイヌガミが本当に美味しそうに食べているからだろう。船長が意外そうな顔をした後、ニヤリと笑った。

「そうかい? 煮たり焼いたりした方がいいって奴が多いが」

「そういえばどうして干物に……」

 言いかけて途中で気づいた。

「長持ちさせるためですよね?」

 俺の問いに、船長はがぶりと干物を食べてから答えた。

「そうだ。一度出た船は、そうそう港なんかに着けない。となれば、日持ちする食べ物ってのがどうしても重要になる」

「じゃあ、なまものは……」

「ないな。魚でも釣れば別だが」

「じゃあ毎日、船員の皆さんは干物を食べているから、飽きてきているのかもしれませんね」

「ああ、そういうことかもな」

 船長も納得が行ったらしく頷く。

「そっちのキャベツの塩漬けはどうだ? ザワークラウトって言って、昔、偉大な船乗りが考案した食べ物らしい」

「へぇ~それは期待が持てそうですね……もぐっ………………」

 俺はフォークで突き刺して、キャベツを口に運んだ。キラキラとした白い粒はたぶん塩だろう。そう当たりをつけていたのだが、塩味が予想よりきつく、そのうえ酸っぱかった。

 イヌガミも同じタイミングでザワークラウトを口にしたが、あの食い意地の張ったイヌガミが思わず吐き出したそうにしたほどだった。

「マズ……いえ、変わった味ですね」

「いいさいいさ、マズかったんだろ?」

 船長は機嫌良く笑う。たぶん予想通りの反応が得られて可笑しかったのだろう。

「言ってはなんですけど、このキャベツもうちょっと料理のしようがありますよ?」

 俺は料理が得意ではないが、それでもキャベツをもっと美味しく食べる方法くらい幾通りも浮かぶ。

「こいつは航海に必須のものなのさ」

「必須?」

 その言い方に首をかしげる。

「……ようわからんのだが、船乗りだけがかかる不思議な病気があるんだ」

 船長が大きく口を開けて、自分の歯の辺りを指差す。

「この歯茎から出血したり、貧血になったり、そういう病だ」

「流行り病のようなものでしょうか?」

「いいや。……どうやら栄養が問題らしい。少なくともザワークラウトを考案した船乗りをそう言っていたという話だ。実際、生の野菜をとれば、その不思議な病……壊血病にはかからなくなったんだ」

 つまり、この味は、生のままキャベツを長持ちさせようと腐心した結果らしい。

「へぇー……壊血病……ザワークラウトですか」

 なんとなく曾祖父を思い出した。
 曾祖父もなぜかいろいろな食べ物や病について詳しかった。もしかしたら曾祖父となにか関係のある人物なのかもしれない。例えば同じ国の出身とか?
 そんなことを考えながら、食事が和やかに進んでいった。
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