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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

帆船からの縄梯子

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 最初は、初めての航海にワクワクとしていた。
 だが、岸がほとんど見えなくなるほど離れると、ひたひたと筏に打ち寄せる波が不気味に感じ出した。
 月明かりはあるし、暗視だってできる。にもかかわらず、夜の海は凄く不気味なのだ。
 まるでどこまでも何もない空間が広がっているかのようだ。
 小さな筏にぽつんといると、まるで一人と一匹しか世界にはいないかのようだった。

「……何かをここまで不気味と思ったのは初めてかもな」

 夜の海を見ながら、俺は思わずつぶやいた。新鮮な経験に不思議な感慨を覚える。

 イヌガミは筏の端っこで、ちゃぷちゃぷと前足で水を引っ掻いている。イヌガミにはそんな感慨深さのようなものはないらしい。

「魚……いないであります」

 イヌガミはかなり残念そうだ。
 もしいたら海に飛び込む気なんだろう。

「やることもないし眠るか……海流のおかげでちょっとずつ岸から離れていっている。このまま放っておいていいだろう」

 筏の大きさは、俺とイヌガミだけなら横になっても十分な広さがある。

「はっ! かしこまりました! おやすみなさいませ、若様!」

 イヌガミは言うが早いかすぐに寝息を立てだした。
 俺も横になった。波でかなり揺れるが、シノビの訓練のおかげでどこででも眠れる。

 夜間特別なことが起きることもなく、時間は過ぎ去ったらしい。暑さを感じて、俺はゆっくりと目を覚ました。

「若様! 魚がいます!」

 俺が上体を起こすと、すぐさまイヌガミが寄ってきた。

「魚……ってことは、相当移動したってことかな?」

 俺は海を見回した。

(にしても暑いな……)

 日差しが異様に暑く感じられる。
 ついでにいえば、やたら眩しい。俺は自然と目を細めていた。

 かなり遠くに水産都市エレフィンでほぼ間違いないと思える港が見えた。
 ということは、距離的にはそれほど動いてはいない。気温が大幅に変わるはずはないのだが……。

(いろいろあって考えすぎかな……それとも本当にこの辺りは気温が違うんだろうか)

 魔族領のおかしな気候を知ったせいか、そんなことをよく考えるようになっていた。

「若様も魚を食べられますか?」

 イヌガミは今すぐにでも筏からダイブしようとしている。

「ありがとうイヌガミ。食べようかな……ん?」

 ふと気配を感じて、こちらに一直線に近づいてくる船を見た。
 水産都市エレフィンの船だろう。
 帆船だった。余裕で二十人くらい乗れそうな大きな船だ。無論、筏とは比べ物にならないサイズ。特に見上げるほどの白い帆が、雄大で素晴らしかった。

(カッコイイな……帆船って)

 本当はこの筏にも帆をつけたかったのだが、俺もリザードマンたちも帆の作り方がわからなかったのだ。そもそも帆になる布もなかった。
 船にはいろいろな形があるが、俺にはなぜか帆船がやたらと格好良く見えた。

(風を受けて走るっていうのがカッコイイのかな? それとも形だろうか? うーん……その両方かなあ……)

 そんなことを考えながら波を蹴立てる帆船を見ていると、見る見る近づいてきた。
 帆船の甲板から男の野太い声が降ってきた。

「おーい! 大丈夫かー!?」

 どうやら遭難しているとでも思われたらしい。
 確かに客観的にはそう見えるだろう。
 俺としてはいつでもイヌガミの〈変化〉した竜の背中に乗って陸地に帰れるので、ちょっとした冒険程度の感覚なのだが。

「大丈夫でーす!」

 なんだか旅に出てから声を張り上げる機会が増えた気がする。

「とりあえず掴まれ!」

 縄梯子が下ろされた。

 一瞬、筏を置いていくのを躊躇した。
 でもこの旅の目的は、食料問題の解決なのだ。最初は自分の村だけのつもりだった。けど、今ではリザードマンたちと約束したし、魔族たちもどうにかしてあげたい。そう考えると、こういう船乗りたちと知り合い、話を聞くというのは無視できないチャンスだった。

「感傷に浸っている場合じゃないな……」

 俺は、皆で作った筏を撫でた。
 俺の様子を見たイヌガミは、筏の表面を爪で引っかき、筏の欠片を口にくわえて差し出してきた。
 何を考えているかわかった。「筏を持っていけないからこれを持って行け」と言いたいのだろう。

「ありがとうイヌガミ」

 俺は、筏の欠片を受け取って、大切に背負い袋の中にしまった。
 イヌガミはドヤ顔だった。

「我は若様の最高の相棒でありますからな!」
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