161 / 263
第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
不思議な黒曜石の性質
しおりを挟む
筏に必要な木材の調達を始めることにした。
十一人のリザードマンたちが率先して木を切り倒し始めた。彼らは槍だけでなく、斧も作っていたのだ。
「それって石斧ですか?」
「ええ、そうです」
リザードマンのリーダーが手を止めて、石斧を見せてくれた。
「……上手いこと研ぎましたね」
滑らかな表面を見て、俺は感嘆の息を漏らした。
砥石で金属製の斧を磨いたように見事につるりとしていた。
「いえいえ……これはこういう石なんですよ」
「え? こういう石?」
俺はまじまじと斧の刃として使われている石を見つめた。
黒くて滑らかで平べったい。しかも先はいい感じに尖っている。
「斧みたいな石があるんですか?」
リザードマンのリーダーは苦笑して、黒い石の塊を持ってきてくれた。
どうやら斧の刃に加工する前の石らしい。
「これは沢で見つけたものです。我らは黒曜石と呼んでいます」
「黒曜石……」
「これは、普通の石がこのように……」
と、リザードマンのリーダーが説明しながら白っぽい石を握って、同じく白っぽい石に叩きつけた。
当然のようにどちらも割れる。バラバラだ。
「不規則に砕け散るのに対して……」
今度はリザードマンのリーダーは白っぽい石を握って、黒曜石を叩いた。
黒曜石はまるで最初から切れ目が入っていたかのように、綺麗に割れた。真っ二つというわけではないが、その割れた跡は、まるで刃物で切ったかのように滑らかだった。
「へぇ~……」
俺は思わず溜め息を漏らした。
「この黒曜石という石は、どうやらこういう風に特定の方向に割れやすい性質があるようなんです」
「なるほど。だから斧に利用できるんですね」
「そういうことです」
とはいえ、石の斧で木を切り倒すというのはなかなか大変そうだ。時間がかかっていた。金属製の斧ほど切れ味がよくないためだろう。
みんな、味噌汁を振る舞った俺のことを気にかけてくれているのか、それでも頑張って切り倒そうとしてくれている。
それなりにかかって、十分な木を切り倒せた。
それらをリザードマンたちは二人一組で、浜辺へと運び出した。
森で組み立てないのかなと俺は一瞬不思議に思ったが、筏を持ち運ぶのは大変だからだろうと気づいた。筏を持ち上げられる俺が特殊すぎるのだ。
本当は俺やイヌガミがもっと手伝えば早いのだが、彼らは新たな食料である海藻や貝を教えてもらったことと味噌をもらったことのお礼に、俺の力になりたいと心から思ってくれているらしい。
(ここで一度に丸太を何本も運ぶのは無粋だよな……)
そう思う程度には俺も成長していた。
一応リーダーと一緒に丸太を一本運びながら、話を振る。
「ところで、リザードマンさんたちはこれからどこに行く予定なんですか?」
「特にあてはありませんが……」
俺の唐突な問いかけにリザードマンのリーダーは不思議そうにした。
「でしたら、できるだけこの辺りにいていただけませんか?」
「フウマさんに海藻や貝が美味しく食べられるものだと教えていただきました。あてもなくさまようよりは、この辺りにしばらくいようとは思っていました」
「そうですか。……俺……今はまだ上手く言えないんですけど……」
考えをまとめる。
今が夜で良かった。
松明を持つリザードマンは少し離れているので、リーダーからは俺の必死な顔は見えにくいだろう。
夜、ゆっくりと一歩ずつ進んでいるとなぜか話しやすかった。
「……俺はリザードマンたちや魔族たちにとって『もっといいふうにしたい』って考えてるんです。もちろん魔族領に住むドワーフやハイエルフにとっても。まだドワーフやハイエルフには会っていないので、彼らについては具体的にはなんともいえませんが」
「もっといいふうに……ですか?」
俺のふわふわで明確でない目標に、さすがにリザードマンのリーダーも少しだけ戸惑ったようだ。
「はい。……例えば、あの湿地帯。あそこで穀物を育てようと思ってるんです」
「穀物? ……ですが、小麦などを作るのに適しているようには……」
「米というのは聞いたことがありますか?」
「いいえ」
「米は水田で作るものなんです。湿地帯を見た時に閃きました。確かに普通の畑に、湿地帯を改良するのは難しいです。どれだけ労力と時間がかかるかわかりません。でも、米を作るための田んぼになら、うちの村から人員を出せばすぐに実行に移せると思うんです!」
俺の熱意に押されるようにリザードマンのリーダーは目を丸くした。
「ありがとうございます。フウマさん。そこまで我らの行く末を考えてくれて」
「いえいえ。これは俺の村の食料問題の解決にも役立ちますから」
「米を我らリザードマンが作ってそちらに渡し、代わりに味噌や魚などを我らが受け取る……つまり、交易しようというわけですか?」
「はい。……ただ、リザードマンと俺の村だけじゃありません。ゆくゆくは魔族領内で交易を盛んにしたいと思ってるんです。俺、ここに来て初めて知りました。魔族もリザードマンも大変なんだって。それで魔族たちもリザードマンたちも、俺の村の人たちも皆で協力できたらなって、そう思って」
「まだ詳細はわかりませんが、なんとかしたいというフウマさんの熱意だけは伝わりました。それに湿地帯を水田にして米を作ることと交易というアイデアはリザードマンの間では出なかったものです。まあ、もっとも米という湿地帯のような場所で育つ不思議な穀物について知らなかったですし、交易できるような物が何もありませんでしたからね」
リザードマンのリーダーは頷いた。
「わかりました! 我らはできるかぎりこの辺りの地にとどまります。朗報をお待ちしていますよ、フウマさん」
「はい! ドワーフに会ったりしたら、また必ずここに来ます!」
「ええ! 期待してお待ちしています!」
十一人のリザードマンたちが率先して木を切り倒し始めた。彼らは槍だけでなく、斧も作っていたのだ。
「それって石斧ですか?」
「ええ、そうです」
リザードマンのリーダーが手を止めて、石斧を見せてくれた。
「……上手いこと研ぎましたね」
滑らかな表面を見て、俺は感嘆の息を漏らした。
砥石で金属製の斧を磨いたように見事につるりとしていた。
「いえいえ……これはこういう石なんですよ」
「え? こういう石?」
俺はまじまじと斧の刃として使われている石を見つめた。
黒くて滑らかで平べったい。しかも先はいい感じに尖っている。
「斧みたいな石があるんですか?」
リザードマンのリーダーは苦笑して、黒い石の塊を持ってきてくれた。
どうやら斧の刃に加工する前の石らしい。
「これは沢で見つけたものです。我らは黒曜石と呼んでいます」
「黒曜石……」
「これは、普通の石がこのように……」
と、リザードマンのリーダーが説明しながら白っぽい石を握って、同じく白っぽい石に叩きつけた。
当然のようにどちらも割れる。バラバラだ。
「不規則に砕け散るのに対して……」
今度はリザードマンのリーダーは白っぽい石を握って、黒曜石を叩いた。
黒曜石はまるで最初から切れ目が入っていたかのように、綺麗に割れた。真っ二つというわけではないが、その割れた跡は、まるで刃物で切ったかのように滑らかだった。
「へぇ~……」
俺は思わず溜め息を漏らした。
「この黒曜石という石は、どうやらこういう風に特定の方向に割れやすい性質があるようなんです」
「なるほど。だから斧に利用できるんですね」
「そういうことです」
とはいえ、石の斧で木を切り倒すというのはなかなか大変そうだ。時間がかかっていた。金属製の斧ほど切れ味がよくないためだろう。
みんな、味噌汁を振る舞った俺のことを気にかけてくれているのか、それでも頑張って切り倒そうとしてくれている。
それなりにかかって、十分な木を切り倒せた。
それらをリザードマンたちは二人一組で、浜辺へと運び出した。
森で組み立てないのかなと俺は一瞬不思議に思ったが、筏を持ち運ぶのは大変だからだろうと気づいた。筏を持ち上げられる俺が特殊すぎるのだ。
本当は俺やイヌガミがもっと手伝えば早いのだが、彼らは新たな食料である海藻や貝を教えてもらったことと味噌をもらったことのお礼に、俺の力になりたいと心から思ってくれているらしい。
(ここで一度に丸太を何本も運ぶのは無粋だよな……)
そう思う程度には俺も成長していた。
一応リーダーと一緒に丸太を一本運びながら、話を振る。
「ところで、リザードマンさんたちはこれからどこに行く予定なんですか?」
「特にあてはありませんが……」
俺の唐突な問いかけにリザードマンのリーダーは不思議そうにした。
「でしたら、できるだけこの辺りにいていただけませんか?」
「フウマさんに海藻や貝が美味しく食べられるものだと教えていただきました。あてもなくさまようよりは、この辺りにしばらくいようとは思っていました」
「そうですか。……俺……今はまだ上手く言えないんですけど……」
考えをまとめる。
今が夜で良かった。
松明を持つリザードマンは少し離れているので、リーダーからは俺の必死な顔は見えにくいだろう。
夜、ゆっくりと一歩ずつ進んでいるとなぜか話しやすかった。
「……俺はリザードマンたちや魔族たちにとって『もっといいふうにしたい』って考えてるんです。もちろん魔族領に住むドワーフやハイエルフにとっても。まだドワーフやハイエルフには会っていないので、彼らについては具体的にはなんともいえませんが」
「もっといいふうに……ですか?」
俺のふわふわで明確でない目標に、さすがにリザードマンのリーダーも少しだけ戸惑ったようだ。
「はい。……例えば、あの湿地帯。あそこで穀物を育てようと思ってるんです」
「穀物? ……ですが、小麦などを作るのに適しているようには……」
「米というのは聞いたことがありますか?」
「いいえ」
「米は水田で作るものなんです。湿地帯を見た時に閃きました。確かに普通の畑に、湿地帯を改良するのは難しいです。どれだけ労力と時間がかかるかわかりません。でも、米を作るための田んぼになら、うちの村から人員を出せばすぐに実行に移せると思うんです!」
俺の熱意に押されるようにリザードマンのリーダーは目を丸くした。
「ありがとうございます。フウマさん。そこまで我らの行く末を考えてくれて」
「いえいえ。これは俺の村の食料問題の解決にも役立ちますから」
「米を我らリザードマンが作ってそちらに渡し、代わりに味噌や魚などを我らが受け取る……つまり、交易しようというわけですか?」
「はい。……ただ、リザードマンと俺の村だけじゃありません。ゆくゆくは魔族領内で交易を盛んにしたいと思ってるんです。俺、ここに来て初めて知りました。魔族もリザードマンも大変なんだって。それで魔族たちもリザードマンたちも、俺の村の人たちも皆で協力できたらなって、そう思って」
「まだ詳細はわかりませんが、なんとかしたいというフウマさんの熱意だけは伝わりました。それに湿地帯を水田にして米を作ることと交易というアイデアはリザードマンの間では出なかったものです。まあ、もっとも米という湿地帯のような場所で育つ不思議な穀物について知らなかったですし、交易できるような物が何もありませんでしたからね」
リザードマンのリーダーは頷いた。
「わかりました! 我らはできるかぎりこの辺りの地にとどまります。朗報をお待ちしていますよ、フウマさん」
「はい! ドワーフに会ったりしたら、また必ずここに来ます!」
「ええ! 期待してお待ちしています!」
0
お気に入りに追加
4,184
あなたにおすすめの小説
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
やり直せるなら、貴方達とは関わらない。
いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。
エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。
俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。
処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。
こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…!
そう思った俺の願いは届いたのだ。
5歳の時の俺に戻ってきた…!
今度は絶対関わらない!
無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~
そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】
大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。
王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。
中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。
俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。
そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが?
「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」
「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」
「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」
「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」
※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!
愛玩犬は、銀狼に愛される
きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。
そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。
呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ただ、愛しただけ…
きりか
恋愛
愛していただけ…。あの方のお傍に居たい…あの方の視界に入れたら…。三度の生を生きても、あの方のお傍に居られなかった。
そして、四度目の生では、やっと…。
なろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。