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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
初めて見るリザードマンの漁
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「よかったのでありますか? 若様」
魔族の親子と別れてしばらくしてから、イヌガミが俺を見上げて聞いてきた。
ちなみにイヌガミはもう〈変化〉は今日はできないということなので、一緒に走っている。さすがに忍犬だけあって俺の速度にもしっかりとついてきていた。
「なんのことだ?」
「若様は……先ほどの親子のことが心配だったのでは?」
イヌガミの質問は正しい。
俺は、幼い姉妹を連れた魔族の一家のことが気になっていた。
あのジャングルでの生活は過酷そうだ。
簡単な屋根の作り方や食べ物の見つけ方など、教えられることは教えたつもりだ。
それでも――。
たぶんあの親子が生き続けるのは、きっと難しいだろう。
「……そうだな」
でも、魔族の親子との別れの時。
別れの挨拶を交わし、感謝の言葉を口にし、互いに背を向けた。
その時、真っ先に背を向けたのは、あの魔族の親子だったのだ。
彼らは「助けて」とも「あなた達の旅に連れて行ってほしい」とも言わなかった。
力強くジャングルの奥に向かって歩み去る姿に、なぜか感銘を覚えたのだ。
そこに立ち入るのは、例え強者だからといって許されないような気がした。
上から目線で「それは間違っている」とか「強い者に頼るべきだ」というのは簡単だ。
けど、それは何か違う気がしたのだ。
考え込んでいたからか、意外なほど早く沿岸部に辿り着いた。
この辺は沼沢地が多く、リザードマンがちらほらと見えた。
沼沢地は、畑にすることが難しいうえに、ただ生活するだけでも困難な場所。
しかし、リザードマンたちは、泥や水を弾く鱗に覆われているためか、沼地を歩くのを苦にした様子もない。
背丈ほどの粗末な槍を片手に、沼を行き来している。
俯いていることから、魚か何かを獲ろうとしているのだろうと推測できた。
俺は初めてリザードマンの狩りを見たので、イヌガミに止まるように指示を出して、その光景を眺めることにした。
「この沼には魚がいるでありますか?」
イヌガミが見上げてくる。
「いるのかもな」
魚の中にはこうした沼沢地を好むものもいるだろう。
リザードマンたちはよほど狩りに集中しているのか、小声で話す程度ではまったく気づく気配もない。
「あの足のおかげで歩きやすいのかもな……」
リザードマンたちの足には、泥が付着して見えづらいが、水掻きがついていた。
直立歩行するトカゲのような外見なので、モンスターの一種だと思われがちだが、話もできるし、文化と呼ぶべきものも多少はあるという。
といっても俺自身は、リザードマンの集団に出くわすのは初めてだ。
この魔族領でしかほとんど見かけないためだ。
(魔族領にしかいないのは、たぶん沼沢地が北には多いからと、人間領だとモンスター扱いされることがあるからだろうな……)
魔族領の沿岸部は、人間領と違い、このような沼沢地が多い。
魔族が住むのも大変そうな土地だ。
だが、リザードマンは精力的に動き回っている。
(いや……精力的に動き回っているというよりも……)
リザードマンの一匹が、苛立ったように尻尾を水面に叩きつけた。
それを見て、別のリザードマンが声を荒げて叱っている。
尻尾を巻く姿から察するに、どうやら反省しているらしい。
たぶん、さっきの尻尾を打ちつける動作は無意識だったのだろう。
トントントンと人間が苛立った時に指先で机を叩く仕草に似ているかもしれない。
(まだ一匹も捕まえてないよな……)
見える範囲だけでもリザードマンは十一匹いる。
これほどいて、まだ獲物はゼロなのだ。
イヌガミも不思議そうに首をかしげている。
「魚、いないでありますか?」
若干しょんぼりしているが、それよりも俺は気になってリザードマンの一匹に声をかけた。
「あの……すみません」
俺の問いかけに、リザードマンたちが一斉にこちらを向いた。
爬虫類そのものの顔と、威嚇するように出し入れする細長い舌。その上、手には長槍だ。
思わず攻撃しそうになってしまった。
だが、よくよく見れば、槍の穂先はこっちに向いていない。沼地に突き立てているだけだ。
一見睨んでいるような怖い顔だが、たぶんこの表情は普通なのだろう。
「あなたは?」
鰐の皮で作ったベルトのような物を袈裟懸けにしたリザードマンが話しかけてきた。
「俺はフウマと申します。こっちはイヌガミ」
「我は若様一の子分にして、最高の相棒! イヌガミである!」
しゃべる小犬を見たリザードマンたちは目を見開いた。驚いたらしい。
「俺たちは村の食料問題を解決するために、魔族領を旅しているんです」
「食糧問題ですか……」
リザードマンは黙り込んだ。
他の者たちも何も言わない。
十匹のうち数匹が俯くような仕草をした。
なんとなく先ほどまで足元を見てうろうろとしていたリザードマンたちの姿が、気落ちして肩を落とす人間の姿に重なった。
「……協力したいのは山々ですが……我々では力になれないでしょう」
なんとなく予感はあったが、リザードマンたちも苦労しているらしかった。
魔族の親子と別れてしばらくしてから、イヌガミが俺を見上げて聞いてきた。
ちなみにイヌガミはもう〈変化〉は今日はできないということなので、一緒に走っている。さすがに忍犬だけあって俺の速度にもしっかりとついてきていた。
「なんのことだ?」
「若様は……先ほどの親子のことが心配だったのでは?」
イヌガミの質問は正しい。
俺は、幼い姉妹を連れた魔族の一家のことが気になっていた。
あのジャングルでの生活は過酷そうだ。
簡単な屋根の作り方や食べ物の見つけ方など、教えられることは教えたつもりだ。
それでも――。
たぶんあの親子が生き続けるのは、きっと難しいだろう。
「……そうだな」
でも、魔族の親子との別れの時。
別れの挨拶を交わし、感謝の言葉を口にし、互いに背を向けた。
その時、真っ先に背を向けたのは、あの魔族の親子だったのだ。
彼らは「助けて」とも「あなた達の旅に連れて行ってほしい」とも言わなかった。
力強くジャングルの奥に向かって歩み去る姿に、なぜか感銘を覚えたのだ。
そこに立ち入るのは、例え強者だからといって許されないような気がした。
上から目線で「それは間違っている」とか「強い者に頼るべきだ」というのは簡単だ。
けど、それは何か違う気がしたのだ。
考え込んでいたからか、意外なほど早く沿岸部に辿り着いた。
この辺は沼沢地が多く、リザードマンがちらほらと見えた。
沼沢地は、畑にすることが難しいうえに、ただ生活するだけでも困難な場所。
しかし、リザードマンたちは、泥や水を弾く鱗に覆われているためか、沼地を歩くのを苦にした様子もない。
背丈ほどの粗末な槍を片手に、沼を行き来している。
俯いていることから、魚か何かを獲ろうとしているのだろうと推測できた。
俺は初めてリザードマンの狩りを見たので、イヌガミに止まるように指示を出して、その光景を眺めることにした。
「この沼には魚がいるでありますか?」
イヌガミが見上げてくる。
「いるのかもな」
魚の中にはこうした沼沢地を好むものもいるだろう。
リザードマンたちはよほど狩りに集中しているのか、小声で話す程度ではまったく気づく気配もない。
「あの足のおかげで歩きやすいのかもな……」
リザードマンたちの足には、泥が付着して見えづらいが、水掻きがついていた。
直立歩行するトカゲのような外見なので、モンスターの一種だと思われがちだが、話もできるし、文化と呼ぶべきものも多少はあるという。
といっても俺自身は、リザードマンの集団に出くわすのは初めてだ。
この魔族領でしかほとんど見かけないためだ。
(魔族領にしかいないのは、たぶん沼沢地が北には多いからと、人間領だとモンスター扱いされることがあるからだろうな……)
魔族領の沿岸部は、人間領と違い、このような沼沢地が多い。
魔族が住むのも大変そうな土地だ。
だが、リザードマンは精力的に動き回っている。
(いや……精力的に動き回っているというよりも……)
リザードマンの一匹が、苛立ったように尻尾を水面に叩きつけた。
それを見て、別のリザードマンが声を荒げて叱っている。
尻尾を巻く姿から察するに、どうやら反省しているらしい。
たぶん、さっきの尻尾を打ちつける動作は無意識だったのだろう。
トントントンと人間が苛立った時に指先で机を叩く仕草に似ているかもしれない。
(まだ一匹も捕まえてないよな……)
見える範囲だけでもリザードマンは十一匹いる。
これほどいて、まだ獲物はゼロなのだ。
イヌガミも不思議そうに首をかしげている。
「魚、いないでありますか?」
若干しょんぼりしているが、それよりも俺は気になってリザードマンの一匹に声をかけた。
「あの……すみません」
俺の問いかけに、リザードマンたちが一斉にこちらを向いた。
爬虫類そのものの顔と、威嚇するように出し入れする細長い舌。その上、手には長槍だ。
思わず攻撃しそうになってしまった。
だが、よくよく見れば、槍の穂先はこっちに向いていない。沼地に突き立てているだけだ。
一見睨んでいるような怖い顔だが、たぶんこの表情は普通なのだろう。
「あなたは?」
鰐の皮で作ったベルトのような物を袈裟懸けにしたリザードマンが話しかけてきた。
「俺はフウマと申します。こっちはイヌガミ」
「我は若様一の子分にして、最高の相棒! イヌガミである!」
しゃべる小犬を見たリザードマンたちは目を見開いた。驚いたらしい。
「俺たちは村の食料問題を解決するために、魔族領を旅しているんです」
「食糧問題ですか……」
リザードマンは黙り込んだ。
他の者たちも何も言わない。
十匹のうち数匹が俯くような仕草をした。
なんとなく先ほどまで足元を見てうろうろとしていたリザードマンたちの姿が、気落ちして肩を落とす人間の姿に重なった。
「……協力したいのは山々ですが……我々では力になれないでしょう」
なんとなく予感はあったが、リザードマンたちも苦労しているらしかった。
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