151 / 263
第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
大事なこと
しおりを挟む
「『五百年かけて魔族を滅ぼす』――」
楽しい旅の始まり。
そう思っていた俺の口から漏れたのは、オゥバァから聞いた治癒神のセリフだった。
村にいた時は、そんなの世迷い言か、冗談か何かのように思えていた。
だが、魔族領の中、枯れ果てた川に沿ってイヌガミに乗って走る俺は、なんとなくうっすらとだが、治癒神の思考がわかってきた。
「若様。このままでは危険です」
イヌガミや俺は、飲み食いする必要がある。
どれほど強くても、生物である以上は。
「この川は、昨日今日干上がったという感じではありません。噂以上に、魔族領は過酷な土地のようであります。水がなくては我らといえど……」
肌を刺すような冷たい風。
乾いた大地。
栄養分も少なそうな赤茶けた土。
草くらいなら、ところどころ生えているが、人間領ならよく見かける森は、こちらではまだ一切見かけていない。
「水源の確保を優先した方がよろしいかと……若様?」
俺が返事をしないので、イヌガミが背中の俺に不思議そうに問いかけていた。
「あ。……悪い、イヌガミ。ちょっとぼうっとしてた」
「左様ですか。しかし、食事は重要であります」
いつになく真剣なイヌガミの声。
おそらくこの大地というか、空気のピリピリした感じの影響だろう。
正直、まだ知り合って間もないが、どこかふざけた空気の時の方がイヌガミは多い。
そんなイヌガミがこんな雰囲気になるほど、魔族領の空気は重かったのだ。
ときおり遠目に、魔族らしき人影を見つけた。
だが、とりあえず適当な集落でも探そうと思っていた俺は、イヌガミをまっすぐ北に走らせていた。
モンスターに出くわさないというのは、本来なら安全な道というべきだ。だが、水源や草木、小動物が少なすぎて、モンスターさえ生きられないとなると、話がまったく変わってくる。
むしろ、モンスターが多数生息する魔の山の緑が恋しいくらいだ。
「なあ、イヌガミ。『五百年かけて魔族を滅ぼす』……その方法って、なんだと思う?」
「…………」
「俺は……最初眉唾だと思った。特定の種族を滅ぼすなんてそう簡単なことじゃない。俺やお前はかなり強い部類に入る。ひょっとしたら、世界でも最強クラスの存在かもしれない。……けど、そんな『魔族を滅ぼす』みたいな真似はできないだろう」
イヌガミは先ほどから無言だ。
「けど、治癒神は違ったのかもしれない。いや、違ったんだろう。……俺では、死後、数百年も残るような大組織を作るなんて真似はできない。まるで想像がつかない。けど、治癒神には数百年後が見えていたんだろう。……おそらく『五百年かけて魔族を滅ぼす』と言ったのは、この北方の過酷な大地に、魔族たちを押しやるという方法のことだ。押しやるだけでいい。封じ込めるだけでいい。殺すんじゃない。衰退させるんだ。……俺は、怖いよ、イヌガミ。そこまでする意志が――……」
俺はイヌガミの頭を見下ろした。
「イヌガミ?」
ぐぅ~!
と、イヌガミのお腹の音が盛大に鳴った。
巨大な狼の姿になっているため、胃袋も大きいのか、凄い音だった。
「走りづめでお腹が減りました。若様……」
無言だったのはお腹が減っていたためらしい。
「ぷっ……」
「若様?」
「あははははっ! ……まったく、こっちが真剣に悩んでるっていうのに」
頭の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫でてやる。
「けど、イヌガミの言う通りだ。まずは俺たちがメシを食わないとな」
数百年前から続く出来事について思い悩んだりするより、まずは自分たちがしっかりと生き抜かないといけないのだ。
手持ちの水も多いわけじゃない。
さっさと食事を済ませてイヌガミの言う通り水場を探すべきだろう。
持ってきた食料と水で食事することにした。
楽しい旅の始まり。
そう思っていた俺の口から漏れたのは、オゥバァから聞いた治癒神のセリフだった。
村にいた時は、そんなの世迷い言か、冗談か何かのように思えていた。
だが、魔族領の中、枯れ果てた川に沿ってイヌガミに乗って走る俺は、なんとなくうっすらとだが、治癒神の思考がわかってきた。
「若様。このままでは危険です」
イヌガミや俺は、飲み食いする必要がある。
どれほど強くても、生物である以上は。
「この川は、昨日今日干上がったという感じではありません。噂以上に、魔族領は過酷な土地のようであります。水がなくては我らといえど……」
肌を刺すような冷たい風。
乾いた大地。
栄養分も少なそうな赤茶けた土。
草くらいなら、ところどころ生えているが、人間領ならよく見かける森は、こちらではまだ一切見かけていない。
「水源の確保を優先した方がよろしいかと……若様?」
俺が返事をしないので、イヌガミが背中の俺に不思議そうに問いかけていた。
「あ。……悪い、イヌガミ。ちょっとぼうっとしてた」
「左様ですか。しかし、食事は重要であります」
いつになく真剣なイヌガミの声。
おそらくこの大地というか、空気のピリピリした感じの影響だろう。
正直、まだ知り合って間もないが、どこかふざけた空気の時の方がイヌガミは多い。
そんなイヌガミがこんな雰囲気になるほど、魔族領の空気は重かったのだ。
ときおり遠目に、魔族らしき人影を見つけた。
だが、とりあえず適当な集落でも探そうと思っていた俺は、イヌガミをまっすぐ北に走らせていた。
モンスターに出くわさないというのは、本来なら安全な道というべきだ。だが、水源や草木、小動物が少なすぎて、モンスターさえ生きられないとなると、話がまったく変わってくる。
むしろ、モンスターが多数生息する魔の山の緑が恋しいくらいだ。
「なあ、イヌガミ。『五百年かけて魔族を滅ぼす』……その方法って、なんだと思う?」
「…………」
「俺は……最初眉唾だと思った。特定の種族を滅ぼすなんてそう簡単なことじゃない。俺やお前はかなり強い部類に入る。ひょっとしたら、世界でも最強クラスの存在かもしれない。……けど、そんな『魔族を滅ぼす』みたいな真似はできないだろう」
イヌガミは先ほどから無言だ。
「けど、治癒神は違ったのかもしれない。いや、違ったんだろう。……俺では、死後、数百年も残るような大組織を作るなんて真似はできない。まるで想像がつかない。けど、治癒神には数百年後が見えていたんだろう。……おそらく『五百年かけて魔族を滅ぼす』と言ったのは、この北方の過酷な大地に、魔族たちを押しやるという方法のことだ。押しやるだけでいい。封じ込めるだけでいい。殺すんじゃない。衰退させるんだ。……俺は、怖いよ、イヌガミ。そこまでする意志が――……」
俺はイヌガミの頭を見下ろした。
「イヌガミ?」
ぐぅ~!
と、イヌガミのお腹の音が盛大に鳴った。
巨大な狼の姿になっているため、胃袋も大きいのか、凄い音だった。
「走りづめでお腹が減りました。若様……」
無言だったのはお腹が減っていたためらしい。
「ぷっ……」
「若様?」
「あははははっ! ……まったく、こっちが真剣に悩んでるっていうのに」
頭の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫でてやる。
「けど、イヌガミの言う通りだ。まずは俺たちがメシを食わないとな」
数百年前から続く出来事について思い悩んだりするより、まずは自分たちがしっかりと生き抜かないといけないのだ。
手持ちの水も多いわけじゃない。
さっさと食事を済ませてイヌガミの言う通り水場を探すべきだろう。
持ってきた食料と水で食事することにした。
0
お気に入りに追加
4,184
あなたにおすすめの小説
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
やり直せるなら、貴方達とは関わらない。
いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。
エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。
俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。
処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。
こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…!
そう思った俺の願いは届いたのだ。
5歳の時の俺に戻ってきた…!
今度は絶対関わらない!
無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~
そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】
大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。
王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。
中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。
俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。
そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが?
「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」
「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」
「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」
「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」
※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!
愛玩犬は、銀狼に愛される
きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。
そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。
呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ただ、愛しただけ…
きりか
恋愛
愛していただけ…。あの方のお傍に居たい…あの方の視界に入れたら…。三度の生を生きても、あの方のお傍に居られなかった。
そして、四度目の生では、やっと…。
なろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。