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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

『五百年かけて魔族を滅ぼす』奸計

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 オゥバァは、肩先で切りそろえた銀髪をいじりながら、何か迷っている様子だった。
 けど、やがて口を開いた。

「これはあくまで、長老からの又聞きなんだけどね」

「ってことは、相当古い話なのか?」

「まあ、そうね。……だいたい数百年前の話よ」

「ふうん」

 それからオゥバァが語った話は、壮大過ぎた。俺には実感が湧かないほどに。

 かつてこの世界は、混沌に満ちていた。
 今のように人間領と魔族領というように、わかりやすく線引きされていなかった。
 各地で争いが起こり、あちこちで集落が焼かれた。

「――で、そんな中、治癒神が他の至高神と力を合わせ、魔族を北方の土地に押し込めた、という話よ」

「あ。その話でしたら知っています」

 リリィが手を上げた。

「古い歴史書で見たことがあります」

「私もー。昔、母から聞いたわ。うっすらとだけど記憶に残ってる」

 セーレア、そしてラスクも挙手した。
 知らないのは、イーサーやラインハルト、俺くらいのもんだろうか。
 割と一般的な話らしい。

「重要なのはここからよ」

 オゥバァは声を落とした。

「さっきまでの話は〈治癒神の御手教会〉が認めているし、それなりに広まっている話だもの」

「それで、その話に続きがあるのか?」

「ええ。詳細は知らないけど、治癒神は『五百年かけて魔族を滅ぼす』と宣言したそうよ」

「五百年?」

 いきなりの突飛な単語に、俺は眉を寄せた。

「どこから来たんだ、その五百年っていう単語? そもそも魔族を滅ぼす、ってのもかなり意味不明なんだが……」

 どちらも現実的ではない。
 俺は、他の者たちの顔を見回した。
 やはり困惑顔だ。
 リリィやラスクまでそんな表情を浮かべているのだから、俺の困惑も妥当なものなのだろう。

 とりあえず一つずつ整理していこう。

「まず、五百年もなにも……治癒神って百歳くらいで死んでるよな?」

 俺の問いかけに、リリィが答えた。

「公式文書では、治癒神は百五十年ちょうど生きたとあります。おそらく事実でしょう」

「遺体の確認でもあったのか?」

「それもあったと思いますが、この治癒神が亡くなったとされた年から、大きく変化したからです。組織は治癒神独裁から再編されて、高位聖職者たちによる寡頭政治とでもいうべきものに変わりました。また、たびたびあった〈治癒神の御手教会〉の派手な活動がなくなりました。おそらく治癒神がいなくなったためでしょう」

 話の最中に、そっとリノがやってきて、お茶を配ってくれた。
 リリィは、軽く頭を下げた後、そのお茶に口をつけた。
 俺も口をつける。
 思ったより話が長くなりそうだ。
 てっきりすぐに終わると思っていたのだが。

「治癒神は自らに延命を魔法で施し、通常の人間の三倍とも言われる長い年月を生きたとされていますが、死亡したのは間違いないでしょう」

「人である以上――死からは逃れられないからな」

 歴代最強のシノビであろう曾祖父ですら、老いて亡くなったのだ。
 治癒神は、この世に人の姿で顕現した神だといわれているが、体が人なら寿命から完全に逃れることなどできなかったろう。

「治癒神は、〈治癒神の御手教会〉の運営方針を決めたりすることからもわかるように、かなり長い目で――それこそ百年単位で思考することができたようです。まるで様々な歴史を知っているかのように」

「様々な歴史ねえ……」

 セーレアがぽつりと言った。

「確かに、歴史は繰り返す、って母は言ってたわ。もしいろいろな歴史を知っているなら、効果的な宗教組織の運営や、特定の種族を効率的に滅ぼす方法も知っていたかもね」

 リリィとセーレアのセリフに、俺は納得がいかないというか、あまりにも壮大すぎてついていけなかった。

「とりあえず『五百年』というのは置いておいて『魔族を滅ぼす』ってのはどうだ? 正直、現実的じゃないんだが……」

 魔族がどのくらいいるのか知らない。
 仮に人間と同じだけの数いるとして、全員殺す――滅ぼすなんてのは、〈最上位職〉でも不可能だろう。
 大陸中走り回って殺しまくる姿を浮かべたが、荒唐無稽以外の何ものでもない。

 結局、話し合いは、あちこちに飛んだが、魔族領について詳しい情報はわからなかった。
 一言でいえば、忘れられた土地のようなものなのだろう。
 旨味がない土地。
 ゆえに、人間側も攻め込まない。
 また、人間領で囚われた魔族たちも、魔族領にわざわざ逃げようとしない。
 そこには奴隷としての世界とは別の、新たな弱肉強食の日々が待ち受けているだけだからだ。
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