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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
【第2巻発売記念SS】神獣かバカ犬か【書籍版】
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※このSSは書籍版のストーリーに準拠しています。
「――なんだ、その呼び方は!? 我は若様の一の子分にして唯一の部下であるイヌガミだぞ!」
額に手裏剣の模様がある黒い小型犬――イヌガミが、なぜかセーレアに向かって怒っていた。イヌガミは俺の忍犬で、自称「神獣」らしい。
神獣じゃなくて珍獣なんじゃ……と思わなくもないほど、愛嬌のある顔立ちをしている。
ついでにいうと、俺にイヌガミ以外に子分だの部下だのがいないのは、ただ単に俺の性格的な理由からだ。そういうのは持ちたくない。
(そもそも……アイツはペットだよなあ……)
そう思いながらイヌガミを見つめる。
「はいはい、わかったわよ! ごめんなさいね!」
セーレアが投げやりに謝っている。
どうやらセーレアが余計なことを言ったらしい。
イヌガミとセーレアは仲が悪いわけじゃないが……間が悪いというかなんというか、説明に困る関係なのだ。
「イヌガミ。そのくらいにしてやれ」
俺は間に入る。
「やっと来たわね、飼い主……」
「若様!」
セーレアとイヌガミが俺を見た。
俺たち五人と一匹は今、水産都市エレフィンに向けて旅の途中だ。オゥバァとリノ、アイリーンは少し前を歩いている。
セーレアとイヌガミがちょっと遅れがちになっていたので、俺は後ろに来たのだ。
ここはシノビノサト村がある魔の山の麓。もうそろそろ樹海を抜けて下山できる。
「イヌガミ。セーレアだって悪気あるわけじゃないから、許してあげて」
「ははっ! 若様のお言葉であればそのように!」
「セーレアもお願い。……イヌガミは悪気があるわけじゃないから」
「えーっ!」と不満そうな声をセーレアが上げた。
まあ、気持ちはわかる。
イヌガミとセーレア、どっちが相手にたくさん迷惑をかけているかといえば、絶対にイヌガミだろう。
そんなやり取りをしている時、前方の茂みががさりと音を立てた。
「モンスターの気配がします、若様!」
イヌガミが駆け出していった。
前を行くオゥバァやリノ、アイリーンなどを追い抜いていく。
「……こういうところは立派ね。みんなを守ろうってことかしら?」
セーレアが少し見直したといった口調でイヌガミを見つめた。
(いや、あれは……)
確かにモンスターの立てる音がしたし、気配もする。
だが、イヌガミが向かった場所は、モンスターの位置から少しずれていた。
「よし! 仕留めましたぞ! グルル……!」
イヌガミの喜びの声が聞こえた後、威圧する鳴き声が響いてきた。
一瞬、セーレアは不審そうにイヌガミの見えなくなった茂みを見ていたが、そっちに歩いていく。たぶん唸り声を上げた理由を確かめに行ったんだろう。
ひょっとしたら謝ろうとでも思ったのかもしれない。さっきはぞんざいに謝ってしまったから。
俺はセーレアの後についていった。
セーレアの目の前に、突如として無傷のキメラが現れて、大口を開けて襲いかかろうとした。
ライオンの頭部を持つキメラで、牙は鋭い。
「きゃあ! なんでよ、倒してないじゃない!?」
叫ぶセーレア。
俺はイヌガミを見た。
イヌガミが倒したのは、美味しそうな丸々とした野ウサギだったのだ。
つまり、威圧は獲物を横取りした相手であるキメラに向かって放ったものだった。
(イヌガミ……)
俺はため息を吐く。
自称神獣なだけあって、S級冒険者でも警戒を必要とするキメラ相手に背を向けて余裕の態度だ。捕まえた獲物をくわえて、こっちにアピールしてくる。
自慢げな顔は、まるでネズミを捕まえた猫のようだ。
「ちょっと、飼い主!」
〈乱水飛沫〉でなんとかキメラを牽制したセーレアが俺に怒鳴る。
「ああ、了解」
俺はさっさとキメラを片付けた。
冷や汗をかいたセーレアは額を拭い、大きな帽子を団扇代わりにして扇いでいる。
イヌガミは今、リノのほうに気楽に歩いていって、俺に自慢したように丸々と肥えた美味しそうな野ウサギを見せびらかしていた。
リノとオゥバァの歓声が聞こえてきた。アイリーンだけは苦笑しながら、こっちの様子を離れたところから見ている。
「ねえ」
セーレアがそんなイヌガミとオゥバァたちのやり取りを見ながら俺に呟いた。
「やっぱ、アイツ……バカ犬で十分じゃない?」
「…………」
うん、と頷きかけたが、やめる。さすがに可哀想だ。
けど、セーレアの気持ちはよくわかったので、俺は視線だけで同意を示した。
俺と視線を交わした後、セーレアは仕方ないというように苦笑して歩き出した。
水産都市エレフィンに着いたら、セーレアに何か奢ろう。魚介類が美味しいという話だったし、魚がいいかな?
◇◇◇あとがき◇◇◇
第一巻の特典SS同様、今回も第二巻の表紙をイメージして書きました。
書籍版のSSだけでなく、WEB版のストーリーに合わせたSSも投稿する予定です。
「――なんだ、その呼び方は!? 我は若様の一の子分にして唯一の部下であるイヌガミだぞ!」
額に手裏剣の模様がある黒い小型犬――イヌガミが、なぜかセーレアに向かって怒っていた。イヌガミは俺の忍犬で、自称「神獣」らしい。
神獣じゃなくて珍獣なんじゃ……と思わなくもないほど、愛嬌のある顔立ちをしている。
ついでにいうと、俺にイヌガミ以外に子分だの部下だのがいないのは、ただ単に俺の性格的な理由からだ。そういうのは持ちたくない。
(そもそも……アイツはペットだよなあ……)
そう思いながらイヌガミを見つめる。
「はいはい、わかったわよ! ごめんなさいね!」
セーレアが投げやりに謝っている。
どうやらセーレアが余計なことを言ったらしい。
イヌガミとセーレアは仲が悪いわけじゃないが……間が悪いというかなんというか、説明に困る関係なのだ。
「イヌガミ。そのくらいにしてやれ」
俺は間に入る。
「やっと来たわね、飼い主……」
「若様!」
セーレアとイヌガミが俺を見た。
俺たち五人と一匹は今、水産都市エレフィンに向けて旅の途中だ。オゥバァとリノ、アイリーンは少し前を歩いている。
セーレアとイヌガミがちょっと遅れがちになっていたので、俺は後ろに来たのだ。
ここはシノビノサト村がある魔の山の麓。もうそろそろ樹海を抜けて下山できる。
「イヌガミ。セーレアだって悪気あるわけじゃないから、許してあげて」
「ははっ! 若様のお言葉であればそのように!」
「セーレアもお願い。……イヌガミは悪気があるわけじゃないから」
「えーっ!」と不満そうな声をセーレアが上げた。
まあ、気持ちはわかる。
イヌガミとセーレア、どっちが相手にたくさん迷惑をかけているかといえば、絶対にイヌガミだろう。
そんなやり取りをしている時、前方の茂みががさりと音を立てた。
「モンスターの気配がします、若様!」
イヌガミが駆け出していった。
前を行くオゥバァやリノ、アイリーンなどを追い抜いていく。
「……こういうところは立派ね。みんなを守ろうってことかしら?」
セーレアが少し見直したといった口調でイヌガミを見つめた。
(いや、あれは……)
確かにモンスターの立てる音がしたし、気配もする。
だが、イヌガミが向かった場所は、モンスターの位置から少しずれていた。
「よし! 仕留めましたぞ! グルル……!」
イヌガミの喜びの声が聞こえた後、威圧する鳴き声が響いてきた。
一瞬、セーレアは不審そうにイヌガミの見えなくなった茂みを見ていたが、そっちに歩いていく。たぶん唸り声を上げた理由を確かめに行ったんだろう。
ひょっとしたら謝ろうとでも思ったのかもしれない。さっきはぞんざいに謝ってしまったから。
俺はセーレアの後についていった。
セーレアの目の前に、突如として無傷のキメラが現れて、大口を開けて襲いかかろうとした。
ライオンの頭部を持つキメラで、牙は鋭い。
「きゃあ! なんでよ、倒してないじゃない!?」
叫ぶセーレア。
俺はイヌガミを見た。
イヌガミが倒したのは、美味しそうな丸々とした野ウサギだったのだ。
つまり、威圧は獲物を横取りした相手であるキメラに向かって放ったものだった。
(イヌガミ……)
俺はため息を吐く。
自称神獣なだけあって、S級冒険者でも警戒を必要とするキメラ相手に背を向けて余裕の態度だ。捕まえた獲物をくわえて、こっちにアピールしてくる。
自慢げな顔は、まるでネズミを捕まえた猫のようだ。
「ちょっと、飼い主!」
〈乱水飛沫〉でなんとかキメラを牽制したセーレアが俺に怒鳴る。
「ああ、了解」
俺はさっさとキメラを片付けた。
冷や汗をかいたセーレアは額を拭い、大きな帽子を団扇代わりにして扇いでいる。
イヌガミは今、リノのほうに気楽に歩いていって、俺に自慢したように丸々と肥えた美味しそうな野ウサギを見せびらかしていた。
リノとオゥバァの歓声が聞こえてきた。アイリーンだけは苦笑しながら、こっちの様子を離れたところから見ている。
「ねえ」
セーレアがそんなイヌガミとオゥバァたちのやり取りを見ながら俺に呟いた。
「やっぱ、アイツ……バカ犬で十分じゃない?」
「…………」
うん、と頷きかけたが、やめる。さすがに可哀想だ。
けど、セーレアの気持ちはよくわかったので、俺は視線だけで同意を示した。
俺と視線を交わした後、セーレアは仕方ないというように苦笑して歩き出した。
水産都市エレフィンに着いたら、セーレアに何か奢ろう。魚介類が美味しいという話だったし、魚がいいかな?
◇◇◇あとがき◇◇◇
第一巻の特典SS同様、今回も第二巻の表紙をイメージして書きました。
書籍版のSSだけでなく、WEB版のストーリーに合わせたSSも投稿する予定です。
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