116 / 263
第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
自称美少女冒険者たち 5
しおりを挟む
関所の高い壁が見る見る迫ってくる。
山賊たちが倒木や岩などで造ったため見栄えは悪い。
だが、頑強そうだった。
「ッ! ゴアっ! 止まれぇえ! このバカ馬ぁあ!!」
テアールが必死の表情で思いっきり手綱を引く。
停止の指示を無視したゴアは、血走った目をしたまま全速力で駆けている。
にやにやと関所の前に陣取っていた山賊たちも、竜車のあまりの勢いに真っ青になって逃げ出し始めるほどだ。
「ダメ! このままじゃぶつかる!」
セーレアが叫んだ。
荷縄を握り締め、積み荷にしがみついた。
混乱の中、オゥバァはリノの様子に目を見張っていた。
リノの青い目が赤くなっていく――。
〈火の小神〉の加護の色ではなく、鮮血のような色だ。
リノは、ひらりとゴアの背に飛び乗った。
横座りして、ゴアの首筋に触れた。
赤い揺らめきは、リノの目から全身に広がっており、さらにリノの手を伝ってゴアの全身にも広がっていく……。
リノはゴアの首筋を優しく撫でながら問いかけた。
「大丈夫。行けるよね?」
先程まで恐慌状態のため足取りが乱れ、首を上下させた不安定な走り方で、関所にぶつかろうとしていたゴアが、まるで軍馬のように冷静な動きに変わった。
ゴアの目に力が蘇っていた。
一人と一匹が見据える先には、5メートルを超える関所がある。
「かつての大戦で、あなた達は主力だったのだから」
どこか悲しみに彩られたリノの独白と同時に、ゴアは高く高く跳躍した。
まるで飛び立つ瞬間の竜のように見えた。
竜車からは、ぽかんと口を開いた山賊たちが見下ろせた。
ゴアの飼い主のテアールも、大きな岩と倒木を飛び越えたゴアに驚いていた。
関所は、竜車では絶対に越えられない高さがあるはずだった。
時間が止まったようにさえ感じられる長い滞空時間。
あまりの激しい動きによって、リノのリボンがほどけた。
リノは、御者台から身を乗り出すように振り向き、赤いリボンを掴んだ。
リノはその瞬間、怯えたような顔をした山賊の一人と目が合った気がした。
◇ ◇ ◇
「親分! 今すぐ馬を――」
馬を取りに走ろうとした山賊の副頭目に、山賊の頭目は答えた。
「もういい。そこまでだ」
山賊の頭目は、まだリノがいた辺りを見つめていた。
竜車は、関所を越えて走り去っていく。
関所の門は開いたものの、追う者はいない。
誰もが先程の走竜の信じられない跳躍を見て、茫然としていたのだ。
「親分?」
副頭目が怪訝そうに問いかけた。
てっきりメンツを潰されたと怒鳴り散らしてすぐさま追いかけると思っていたのだ。
「分が悪い。……さっきの見たか?」
「え?」
「リボンがほどけた嬢ちゃんにはツノがあった。魔族だ」
「はぁ」
副頭目は「魔族など珍しくもない」という顔で頷く。
「本物の魔族だ」
頭目の声には畏怖の感情が混じっていた。
「本物の……魔族?」
副頭目は不思議そうに呟いた。
「おい」
頭目は、リノのいた辺りから副頭目に視線を移した。
「魔族ってのを誤解しちゃいないか? 今、人間領で見かけるのは、大戦で囚われた一兵卒の魔族、そいつらの子孫だ。とっくの昔に心も折られてるし、力も大してない。だが……」
頭目は、目の辺りの大きな傷をかいた。
「魔族領にいる魔族の中には、強い者も当然いる。……昔、魔族領に逃げ込んだ手下がいたんだ。山賊の稼ぎをたんまり持ち逃げしてな。俺は手下たちと共に追いかけた。……魔族っていやぁ、奴隷根性が骨身に染み付いた、ガリガリに痩せ細った連中ってイメージが強かったからな。恐怖なんかなかった」
だが、と頭目は続けた。
「その間違いに気づいたのは、俺が片目を失い、連れていた手下数人を惨殺された後だった。赤い目をして、全身に赤いオーラをまとった魔族によって、全員殺されたんだ。俺は大金を取り返すこともできず、ひたすら逃げた。その魔族は結局、魔族領を出てまで追いかける気はなかったんだろう。俺は助かった。なんとか、命だけはな……」
「ホントの話なんですかい?」
「気持ちはわかる。だが、さっきの跳躍を見ただろ」
副頭目は黙り込んだ。
頭目は落ちていた磨き抜かれた銅貨を拾って、へっ、と笑った。
「金をずいぶん大切にしている奴らみたいだ。だが、思い切りもいい奴らだ。……追いかけてどうこうするには手間もかかる。今回はこれで勘弁してやろう」
ぴん、と銅貨を親指で弾き、掴んでポケットにしまった頭目は、追おうとする手下たちを止めるために大声を張り上げた。
山賊たちが倒木や岩などで造ったため見栄えは悪い。
だが、頑強そうだった。
「ッ! ゴアっ! 止まれぇえ! このバカ馬ぁあ!!」
テアールが必死の表情で思いっきり手綱を引く。
停止の指示を無視したゴアは、血走った目をしたまま全速力で駆けている。
にやにやと関所の前に陣取っていた山賊たちも、竜車のあまりの勢いに真っ青になって逃げ出し始めるほどだ。
「ダメ! このままじゃぶつかる!」
セーレアが叫んだ。
荷縄を握り締め、積み荷にしがみついた。
混乱の中、オゥバァはリノの様子に目を見張っていた。
リノの青い目が赤くなっていく――。
〈火の小神〉の加護の色ではなく、鮮血のような色だ。
リノは、ひらりとゴアの背に飛び乗った。
横座りして、ゴアの首筋に触れた。
赤い揺らめきは、リノの目から全身に広がっており、さらにリノの手を伝ってゴアの全身にも広がっていく……。
リノはゴアの首筋を優しく撫でながら問いかけた。
「大丈夫。行けるよね?」
先程まで恐慌状態のため足取りが乱れ、首を上下させた不安定な走り方で、関所にぶつかろうとしていたゴアが、まるで軍馬のように冷静な動きに変わった。
ゴアの目に力が蘇っていた。
一人と一匹が見据える先には、5メートルを超える関所がある。
「かつての大戦で、あなた達は主力だったのだから」
どこか悲しみに彩られたリノの独白と同時に、ゴアは高く高く跳躍した。
まるで飛び立つ瞬間の竜のように見えた。
竜車からは、ぽかんと口を開いた山賊たちが見下ろせた。
ゴアの飼い主のテアールも、大きな岩と倒木を飛び越えたゴアに驚いていた。
関所は、竜車では絶対に越えられない高さがあるはずだった。
時間が止まったようにさえ感じられる長い滞空時間。
あまりの激しい動きによって、リノのリボンがほどけた。
リノは、御者台から身を乗り出すように振り向き、赤いリボンを掴んだ。
リノはその瞬間、怯えたような顔をした山賊の一人と目が合った気がした。
◇ ◇ ◇
「親分! 今すぐ馬を――」
馬を取りに走ろうとした山賊の副頭目に、山賊の頭目は答えた。
「もういい。そこまでだ」
山賊の頭目は、まだリノがいた辺りを見つめていた。
竜車は、関所を越えて走り去っていく。
関所の門は開いたものの、追う者はいない。
誰もが先程の走竜の信じられない跳躍を見て、茫然としていたのだ。
「親分?」
副頭目が怪訝そうに問いかけた。
てっきりメンツを潰されたと怒鳴り散らしてすぐさま追いかけると思っていたのだ。
「分が悪い。……さっきの見たか?」
「え?」
「リボンがほどけた嬢ちゃんにはツノがあった。魔族だ」
「はぁ」
副頭目は「魔族など珍しくもない」という顔で頷く。
「本物の魔族だ」
頭目の声には畏怖の感情が混じっていた。
「本物の……魔族?」
副頭目は不思議そうに呟いた。
「おい」
頭目は、リノのいた辺りから副頭目に視線を移した。
「魔族ってのを誤解しちゃいないか? 今、人間領で見かけるのは、大戦で囚われた一兵卒の魔族、そいつらの子孫だ。とっくの昔に心も折られてるし、力も大してない。だが……」
頭目は、目の辺りの大きな傷をかいた。
「魔族領にいる魔族の中には、強い者も当然いる。……昔、魔族領に逃げ込んだ手下がいたんだ。山賊の稼ぎをたんまり持ち逃げしてな。俺は手下たちと共に追いかけた。……魔族っていやぁ、奴隷根性が骨身に染み付いた、ガリガリに痩せ細った連中ってイメージが強かったからな。恐怖なんかなかった」
だが、と頭目は続けた。
「その間違いに気づいたのは、俺が片目を失い、連れていた手下数人を惨殺された後だった。赤い目をして、全身に赤いオーラをまとった魔族によって、全員殺されたんだ。俺は大金を取り返すこともできず、ひたすら逃げた。その魔族は結局、魔族領を出てまで追いかける気はなかったんだろう。俺は助かった。なんとか、命だけはな……」
「ホントの話なんですかい?」
「気持ちはわかる。だが、さっきの跳躍を見ただろ」
副頭目は黙り込んだ。
頭目は落ちていた磨き抜かれた銅貨を拾って、へっ、と笑った。
「金をずいぶん大切にしている奴らみたいだ。だが、思い切りもいい奴らだ。……追いかけてどうこうするには手間もかかる。今回はこれで勘弁してやろう」
ぴん、と銅貨を親指で弾き、掴んでポケットにしまった頭目は、追おうとする手下たちを止めるために大声を張り上げた。
0
お気に入りに追加
4,184
あなたにおすすめの小説
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
やり直せるなら、貴方達とは関わらない。
いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。
エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。
俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。
処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。
こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…!
そう思った俺の願いは届いたのだ。
5歳の時の俺に戻ってきた…!
今度は絶対関わらない!
無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~
そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】
大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。
王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。
中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。
俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。
そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが?
「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」
「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」
「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」
「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」
※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!
愛玩犬は、銀狼に愛される
きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。
そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。
呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ただ、愛しただけ…
きりか
恋愛
愛していただけ…。あの方のお傍に居たい…あの方の視界に入れたら…。三度の生を生きても、あの方のお傍に居られなかった。
そして、四度目の生では、やっと…。
なろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。