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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

リリィ 8

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館を出た俺は、たまたま見かけた停留所のベンチにぐったりと腰掛けた。

地面に力なく視線を落とすと、新しそうな轍がいくつも見えた。この乗合馬車の停留所は、宗教都市ロウと違って利用されているらしい。

俺は室長たちの思いを利用したことに落ち込んでいた。

必要なことだった。

最も穏便な解決方法だった。

そう自分に言い聞かせても、立ち上がる気力が湧いてこない。

(このままじゃ、イーサーやラスクたちに迷惑をかけることになるな……)

両手を膝につき、立ち上がろうとするが、体に力が入らなかった。

「おや? 都市長さんには会えたかね?」

いきなり声をかけられた。

顔を上げると、都市長の家までの道を教えてくれた老人が立っていた。

背負い籠から橙色の果実がいくつも覗いている。

野良仕事を終えたところらしい。

手拭いで顔の汗を拭きながらこっちを見ている。

上手い返事が浮かばず、力なく農夫を見つめていると、背負い籠を下ろし、腰の水袋を差し出してきた。

俺は頭を下げて、水袋を受け取り、一口もらってから返した。

「暑さにやられたか? ……最近の若者は軟弱だからなあ」

「はは……確かに軟弱かもしれません」

俺が乾いた笑い声を上げると、心配そうに、これ食え、と果実を差し出してきた。

「形は悪いが、採れたてだから美味いぞ。ずいぶん不格好に育っちまったから、店には並べられんがな」

笑う老人の荒れた手には、橙色の果実が似合った。

果実がつるりとしているので、日焼けした深い皺がよく目立つ。

ずっとこんな生活を送っているのだろう。

俺は受け取って皮を剥いた。

良い香りがした。

爽やかな目が覚めるような香りだ。

果実を半分に割り、さらにもう半分に割って、口に入れた。

3房くらい口に入れたので、口内から果汁が溢れそうになった。

甘さの中に酸味がほど良く広がる。

(……美味い)

ふと目の前に、広大な麦畑が広がっていることに気づいた。今頃になって。

隣を見ると、老人が腰に両手を当てて、背中を伸ばしている。

鳥が鳴いた。

なぜか顔も知らない父親を連想した。

(トウチャンがいたら、こんな感じだったのかな?)

年齢は全然違うが、そんな想像が浮かんだ。

物心つく前に両親は亡くなった。

ジッチャンや俺のような力を持っていなかった両親は、武者修行中あっさり亡くなったらしい。

トウチャンやナラク、自分自身のことなどを考えると、シノビにとって、外の世界は鬼門なのかもしれないと思った。

そういえば、果実の礼を言うのを忘れていた。

「ありがとうございます」

気にしたふうもなく老人は頷き、ベンチに座って冗談めかして言った。

「もし急ぎなら馬車を買うって方法もあるぞ」

「そんな大金はありませんよ」

「そうだろうな。普通はそうだ」

案外話し好きなのか、美少女冒険者パーティーが田園都市ヨポーツクで馬車を買ったという話をしてきた。

「女3人だけって珍しいですね。なんていうパーティー名なんですか?」

「だから、――『美少女冒険者パーティー』じゃよ。ハハハ!」

どうやら田園都市ヨポーツクで鉄板の笑い話らしい。

のどかなここでは、噂話が最も刺激的な娯楽なのかもしれない。

「自分で『美少女』って言っちゃってるんですか。凄いパーティーですね。ははは……」

愛想笑いだったが、笑うと少し元気が出てきた。

「だろう?」

「ところで、どんな人たちだったんですか?」

老人は笑いながら答えた。

三つ編みの青魔道士。 

小さな胸をした銀髪のダークエルフ。

魔族の幼い少女。

俺は笑えなくなった。

先程とは別の理由で、ぐったりして、ベンチに背中を預けた。

……どう考えてもリノたちだった。

(…………まぁ、いいか……なんでこんなとこまで来たのか知らないが、なんだか楽しそうにやってるみたいだし……)

3人一緒に行動しているなら大丈夫だろう。

正直、イーサーやラスク、リリィたちの方がよほど心配だ。

(ふざけたパーティー名をつけるくらい余裕があるようだしな。……それにしても、いったい誰がつけたんだろ?)

おそらくセーレアだと思うが、少し興味が湧いた。

(もし出会ったら、誰がそんな名前をつけたのか聞いてみよう)

リノたちのことを考えていたら、いつの間にか心が軽くなっていた。

果実を一気に食べて立ち上がった俺を見て、老人も立ち上がって背負い籠を背負った。

「また来てくれ。なんだか忙しそうだが、田園都市ヨポーツクは本当にいいところなんだ。今度はゆっくりしていくといい」

太陽の下、揺れる麦畑を見ながら老人は目を細めた。

日差しのまぶしさに目を細めているような、笑っているようなそんな表情だ。

「はい。是非。今度は仲間たちと来ますよ」

俺はまた歩き出した。

(さあ、今度はリリィの双子の妹たちを助けよう――)
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