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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

依頼受諾

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「少し話が長くなったし、飲み物でもどうかね?」

「ありがとうございます」

俺が礼を言うと、組合長は立ち上がり、分厚い扉を開けてそばに立っていた護衛に飲み物を持ってきて欲しいと伝えていた。

「――『天国』か……」

いきなり途方もない単語が飛び出してきた。

ソファーにもたれた俺は、小声でリノに尋ねた。

「なぁ、リノ」

「ん?」

「魔王としての知識の中に『天国』って言葉に該当しそうなものってあるか? そういう地名とか、それを連想させる神代マジックアイテムとか」

「神代マジックアイテムは、フウマが知ってるのですべて。似せて作った物ならあるかもしれないけど、効果は本物以下。……場所についてはなんともいえないけど……おそらく眉唾じゃないかな」

リノは淡々と答えた。おそらく魔王として答えてくれたのだろう。

魔を統べる邪神――魔王でさえ知らないというのなら、本当に眉唾なのだろう。

「とすると、……俺が一番嫌な展開になりそうだな」

「……それって?」

「人為的な何かってことさ」

おそらく『天涯』から生還者がいないというのは、強大なモンスターや強力なトラップのせいではないだろう。

嫌な予感しかしない。

幸い組合長がすぐに飲み物を持ってきたので、あの大事件の思い出に囚われることはなかった。

分厚い扉はまた閉められ、護衛は外に閉め出された。恨みがましい目を向けられたが、俺にはどうしようもない。

「……おそらく都市が崩壊したことで、拠り所を求める者が増えたのだろう」

組合長は熱い紅茶を飲みながら遠い目をして、瓦礫の目立つ街の風景に目を向けた。

〈教会〉のお膝元であの騒ぎなのだから、権威が失墜したのもわかる。
そして混沌とした世界では、なにかにすがりたくなるという気持ちもわからないでもない。
それでも……。

「命を懸けるほどの価値があるんですかね?」

「さぁね。……私にもわからん。ただ、積極的に『天国』に行きたいと思っているわけではなく、現世に愛想が尽きて、それで消極的に選択するという可能性もある」

組合長の顔に真剣味が増す。

「私が、王家が重い腰を上げるのを待たずに、こうして勝手に活動を開始したのもそういう理由からだ」

正しい判断だと思います、と俺は頷いた。

「少しでも暮らしやすくすることで、『天国に至る迷宮』と呼ばれる『天涯』に入る者を減らそうと思ってね。……このまま何もせず放置しておけば、どんどん犠牲者が増えるばかりだ」

「民衆や元奴隷たちが『天涯』に行く理由はわかりましたけど、王家などの兵も同じ理由なんですか?」

「いいや。『天国』の解釈の問題さ。――もしかしたら永遠の命を得られる秘宝でもあるのではないか、と王侯貴族は考えたらしい。そのため、復興には兵を回せないと言っておきながら、『天涯』の方には少なくない兵を派遣している」

「それでも……攻略されてないんですか?」  

「そうだ。にわかには信じがたいことだがね。未帰還率も非常に高いままだ。ある一定より下の階層に潜ると、百パーセント帰還できていない」

思わず絶句する。

(確かにこれじゃあ、〈最上位職〉である俺くらいしか依頼を受けられないな)

リノにぎゅっと袖を掴まれた。まるで行かせないと言うかのように。

「組合長は『天国』ってなんだと思うんですか?」

「……私には判断がつかないが、いくつか考えられるケースがある。極めて低い確率だが、本当に天国のように住み心地の良い、争いのない世界が広がっていて、そこに住み着いているため未帰還になっているケース」

「もし種族間での争いや身分差別などがなかったら、確かに天国と言えるかもしれませんね。……ところで話は変わりますが、未帰還者は死亡したと判断されるんですよね?」

「その通りだ。水も食料も切れた状態で、装備品の手入れもできず、ろくに休めない状態で生存し続けるなど考えづらい。そのため、冒険者ギルドに出された届け出の攻略期間を大幅に越えた場合は、未帰還――つまり死亡と判断される。……滝の裏にあるという『天涯』の入り口が、どこに繋がっているかは不明だ。無論ただの行き止まりというケースもあるだろう。だが、本当にどこか別の場所に繋がっている可能性もある」

組合長の声にはわずかに何かを期待する色があった。
組合長のような強靭な精神力を持つ者でも、天国という幻想にすがりたくなるようだ。

俺は正直、そんな楽園などないと考えていた。

『天涯』がどれほど深く長いのか知らないが、結局、その天国とやらはこの地上のどこかにあるということになってしまう。もしくは地下だ。
そして集まる者も、この世界にいる者たちなのだ。
場所がちょっとやそっと変わったからといって、天国になるわけがない。

普通に考えれば、ダンジョン内でなんらかの事情で死亡したと考えるべきだ。

同意を示さない俺の態度から、その考えが組合長にもなんとなく伝わったらしく、彼は声を落とした。

「あまり大きな声では言えないが、過去にもB級ダンジョンがA級ダンジョンに急に昇格されたケースがあった。その時はダンジョン内に失脚した大臣を中心とした反政府勢力が住み着いていた。目撃者である冒険者たちを殺していたのだ」

俺は感想を言うのを避け、紅茶に口をつける。

「ただ、今回は派遣されている兵の数が多い。冒険者や一般人も少なくない。それらをすべて殺しきるというのは尋常ではない」

「さっさとこの件を解決しないと、犠牲者がどんどん出るってことですね」

「そうだ。長々と説明したが、すまない……ほとんどわからないというのが現状なのだ。なにせ帰還した者がろくにいない有り様でね」

「わかりました。俺が行きますよ。――天国に」

冗談めかして言ったが、リノは不吉な予感を覚えたかのように、俺の手をきつく握りしめてきた。 
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