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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

ジッチャンの友人

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執務室に俺とリノを招き入れた組合長ギルドマスターは、受付嬢だけでなく、護衛にも室外に退去するように命じた。

「しかし……」

言いよどむ護衛の顔には、本気で組合長を案じる色があった。
ただ単に職務熱心というだけではないのだろう。

「彼の亡き祖父とは親しい友人だった。その孫であるフウマ君とも親しい間柄なんだ。何も問題ない。君たちは外で待っていてくれ」

再度告げられた命令に不承不承従った護衛たちは、部屋を出ていった。

分厚い扉を閉めると、組合長は息を吐いた。

「お疲れのご様子ですね」

俺の言葉に、組合長は乾いた笑みを浮かべた。

「まぁね……現在、宗教都市ロウで治安維持のため、統率された武装集団を運用しているのは、我が冒険者ギルドだけだ。……もっとも、そのうち冒険者ギルドの資格は剥奪されそうだがね」

話を聞いてみると、予想以上に混迷を極めた状況だった。

本来、依頼を受けてモンスター討伐や護衛などの仕事を行うはずの冒険者ギルドが、組合長の下、様々な仕事を能動的に行っているのだ。
中には、司法や行政に関わる仕事も少なくない。

確かに、王家や他の組合に睨まれそうな活動内容だった。

冒険者の実績だけで組合長にまでなった男は、無骨な見た目どおり、決して事務仕事などが得意なわけではないのだろう。

それでも、書類が山となって積み上げられ、手がつけられているさまは、男がひたむきに慣れない仕事に従事していることを感じさせた。

椅子を勧められた俺は、リノと共に2人掛けのソファーに腰を下ろそうとした。
テーブルの向こうに座った組合長は、世間話でもするように話を振ってきた。

「そういえば、つい先日、王位継承権第14位の方まで亡くなられたそうだ」

「そうですか……――えっ、14位っ!?」

あっさり頷きそうになったが、聞き返す。腰を下ろそうとしたポーズで固まった。

(王位継承権第4位と言い間違えたんじゃないか?)

「いや。間違えた」

あっさり組合長は間違いを認めた。手元にある乱雑に積まれた書類の1枚を手に取り、言い直した。

「王位継承権第15位の方まで亡くなられたそうだ。……生後間もない赤子だったが、毒殺されているな。1週間ほど前のことらしい」

現場検証によると哺乳瓶に毒が混ぜられていることがわかった、と組合長は言って、書類を戻した。

思わず眉をしかめた俺に、組合長は説明を続ける。

「王宮は暗殺合戦で、こちらの復興に手を回すどころではない。それに乗じて覇権争いを行っている各大組織も似たようなことになっている。〈治癒神の御手教会〉の屋台骨が揺らぎ、王族が次々に亡くなられたためだ。中には癒しの奇跡があれば助かった王族もいただろうが、〈教会あそこ〉は今、他人の傷や病を癒やすほどの余裕がない。……あの大事件が立て続けに起きてから、まだたった数ヶ月ほどしか経っていないからね」

俺はリノの隣に腰を下ろした。
先に座っていたリノが気遣うようにこちらを窺っているのが、気配で分かった。

組合長は、眉根にできた深い皺を揉んだ。

「……もっとも忙しくしてくれているおかげで、今のところほとんど横槍が入らないんだがな。せいぜいこんな書面が送られてくる程度だ」

見せられた書面の内容に、俺は唸った。
リノが横から覗こうとしたが、慌てて組合長に返す。
かなり汚い文面で、恫喝する内容だった。

「ただの脅しだよ。実際に大兵力を割くほどの余裕はないだろうね。そもそもこんなあちこち陥没し、大火災に見舞われた都市よりも、王都を支配した方がよほど旨味があると考えているのだろう。今、玉座は空白だ」

沈んだ空気を変えるように組合長は尋ねてきた。

「ところで、君はどう思ったかね? 元奴隷たちを職員として採用していることを」

「大変良いことだと思います」

「フウマ君にそう言ってもらえるとありがたい」

組合長は、背もたれにぐったりともたれた。

その様子から、おそらく一筋縄ではいかなかったのだろうと容易に想像がついた。
当初は揉めに揉めたに違いない。

それも当然のことだ。
〈治癒神の御手教会〉の創設から続く迫害の歴史は決して浅くない。
数百年間も種族間の対立が続いているのだ。

「奴隷たちを雇用することで、少しでも奴隷側に金を回しているという側面もあるんだ。差別からの暴動……正直あのような戦いはもう見たくない。冒険者として上り詰めるまで様々な戦闘バトルを経験してきたが、あれは私の考える戦闘バトルではない。あれはもっと違う、別の何かだ」

胸に鈍い痛みが走る。

あれが戦闘でありながら戦闘ではないになったのだとしたら、それは主導したアイリーンやエリーゼの影響が大きいだろう。

「さて早速で悪いんだが、用件に入らせてもらっていいかね? まだ仕事が山積みでね」

物思いに耽りそうになった俺は、現実に引き戻された。

アレクサンダーたちやアイリーンが亡くなって以来、しょっちゅうあの頃のことを思い出すようになっていた。

気を取り直し、俺は確認した。

「指名依頼の件ですよね?」

シノビノサト村と組合長は、伝書鳩による暗号をやり取りしている。
文字数に制限があるため詳しい内容はまだ聞かされていない。

頷いた組合長は、重々しく口を開いた。

「早速だが、依頼内容を伝えよう。――勇者パーティーに入ってほしい」

動揺した俺の手を、リノが握ってくれた。

「……勇者パーティーへの加入依頼……ですか?」

組合長が酷い状況のせいで錯乱してしまったと思った俺は、窓の外にしばらく視線をそらした。

「その……組合長……冒険者たちを主導して街の治安を維持するのも大切ですが、たまにはゆっくりと休まれた方が……」

「まだまだ私は大丈夫だ。天国には行かないさ」

組合長が笑みを浮かべて安心したのも束の間――。

「だが君には行ってもらう必要があるかもしれないがね、天国に」

(……本当に大丈夫なんだろうか?)

組合長の体だけでなく、心の方も心配した。

「勇者パーティーといっても、なにも亡くなったアレクサンダー殿のパーティーではない。無論、他に勇者が誕生したという話でもない」

勇者は、盗賊などの職業のように簡単になれるものではない。
血筋や本人の適性などが必要となってくる。

逆に、血筋さえ徹底的に管理すれば、勇者が誕生するかどうかはわかるということになる。
勇者が生まれる血筋の子供の適性を順番に調べればいいだけなのだから。

血筋が絶対的な意味を持つというのは、王家とよく似ているかもしれない。

(いや、人のことはいえないか)

シノビノサト村も似たようなものだ。

かつて、ジッチャンが若かった頃――

シノビノサト村を挙げて、「ちぃと」という特別な力を持っていた曾祖父のようになるため、日夜激しい特訓が行われたことがあったそうだ。

曾祖父の力の源は、フウマと呼ばれる特別な職業クラスにある。
そのことは曾祖父の発言によりはっきりとしていた。

ジッチャンには幼馴染みがいて、共に競い合っていたそうだ。
その少年は優秀で、ジッチャンに初めのうちは勝っていたそうだ。

だが、成長して二人が青年になり、ジッチャンが名実ともにフウマとなった時、その競争は終わりを迎えた。

ジッチャンは名前だけでなく、職業もフウマとなったのだ。
幼馴染みの青年は、結局フウマとなったジッチャンにまったく勝てなくなった。

そして青年は、シノビノサト村にのみ伝わるという激しい修練をどれほど積んでも、フウマに至ることはできなかった……。

ジッチャンの友人は失意のあまり村を飛び出し、曾祖父が掟で禁じた「抜け忍」となったため、追っ手に追われて殺害されたらしい。

その頃にはすでに曾祖父はもう亡くなっていた。
その抜け忍を殺害した追っ手とは、当然、唯一彼に勝つことができたシノビノサト村の住人。

つまり、ジッチャンだ。
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