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第Ⅲ章 王国の争い

元勇者パーティーの後日談完結

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アイリーンが地下への螺旋階段をおりる。連れているのは適当な侍女1人だけだ。ランプを自分で持つのが面倒だから連れているだけで、本来なら侍女など連れて行く必要などない。

この王宮の地下にある拷問室は、王宮の中でも王族の寝室クラスの忍び込みにくさなのだ。それは重要参考人である者を逃がさないためでもあり、何者かに奪還されたりしないようにするための配慮だった。

「ここまでで結構です」

最深部まで下りると、そこにはランプがついていた。

アイリーンは忍ばせていた短剣を抜き放ち、侍女の首を切り落とす。

「……え?」

ランプが転がるのと、侍女が呆然としあ顔のまま転がるのは同時だった。

「この程度の侍女ならいくらでも使い捨てられるとはいえ、ランプを持つ面倒くささと首をかき切る面倒くささを比べると、たいして変わらないかもしれませんわね」

アイリーンは、目を見開いて死んでいる侍女をちらりと見た。

帰りは、拷問官の1人にでもランプを持たせて上まで案内させるつもりだった。

侍女の死因は拷問官の乱暴によるもの。拷問間の死因は侍女に乱暴を働いたため、アイリーンが手打ちにしたため。

そう説明する予定だった。

面倒くさいなどと言いつつも、アイリーンにとっての数少ないストレス発散方法の1つだったので、今後も彼女は続けるつもりだった。

さいわい宗教都市ロウには難民が溢れている。職に就けない者や職を失った者が大勢いるので、適当な侍女や拷問官などいくらでも雇うことができるのだ。

(……殺してしまえば月末に支払う給金も必要なくて、一石二鳥ですしね)

ことわざというものをシノビノサト村の村長によく教えてもらった。一石二鳥は彼女の好きな言葉だった。

「……なるほどな……。……そういう、ことか」

いきなり薄暗がりで声がして、アイリーンは叫んだ。

「誰ですか!? ここが王宮だと知っての狼藉――」

「……久しぶり。戴冠式以来か」

拷問室前の狭い空間で、アイリーンは、かつてシノビノサト村で四六時中一緒にいた少年を見た。

にこやかに笑うべきだ。

そう理性が訴えかけるのに、本能がそれをこばんでいた。

(…………誰だ、コイツは……?)

自分に恋心を抱くように、アイリーンこそ唯一の友達と思うように、さんざん心をかき乱し、操作してやったガキの姿ではなかった。今のコイツなら、虫が出たといって浴室から飛び出し、わざと胸を当ててやっても、きっと顔色ひとつ変えないだろう。

そして何より――。

フウマの全身は血でまみれていた。

何人も、何十人も殺したかのような姿だった。

どしゃ降りの雨に振られたかのように、髪から顔から足元まで濡れているのだ。

血の臭いが拷問室から流れ出てきている。

拷問室というと、血の臭いが濃いと誤解する者が多いが、実際は違う。拷問室は、治癒室並みに血の臭いはしないのだ。

拷問で血を流させることは、即死に至らしめることに繋がる可能性があるためだった。
だからこそ丁寧に爪を剥がしたり、1本ずつ歯を抜いたりするのだ。

だが違う。

この臭いは……。

「あぁ? この血か? これはフェルノの血だ。……あとは拷問官達と、手足を失ったり、顔を焼き潰されたりしてた獣人やエルフなんかの血だよ」

「どうして……」

「さすがに可哀想だろ? 俺には治癒は使えない。……あと、もうみんな死にたがってた……。拷問官たちは、例えアイリーンにこの仕事を割り当てられて強制させられていたのだとしても、やはり殺すべきだと判断した」

?」

思わずオウム返ししてしまう。

――いい! フウマ君! 『殺す』っていうのは絶対にしちゃいけないことなんだよ? どんな悪い人だって、いずれはきっと改心するの! それに悪いことをした人は、それを償わなきゃいけない。『殺す』っていうのは、改心するチャンスをゼロにして、償う機会を奪うことなんだよ! いい! だからフウマ君は絶対にしちゃダメだよ? ……もし、もしね……フウマ君が、そんなことしたら、アイリーン、フウマ君のこと嫌いになっちゃうんだから!

――『友達なら』どんな理不尽なことを言われても、反論せず従うべきなの。だって友達が、友達である貴方にそんなお願いをするってことは、きっと友達自身心苦しく思っているはずなの。だってそうでしょ? 『友達なんだもん!』

フウマから思考力も積極性も奪ってきたはずだ。幼少期から、恋心と友情の糸でがんじがらめにしながら。

殺しに対する忌避感も、気合いだの、根性だのでどうこうなるレベルではなかったはずだ。

「……フ……ウマ……く……」

「もう、その名で呼ぶな」

フウマの姿が、ブレた。

そう思った瞬間、アイリーンの首と胴が離れていた。

護衛を連れていれば、とか。

もっと自分が剣の鍛錬をしていれば、とか。

そんな、たらればが一切浮かばないあまりにも、静か。あまりにも絶対的な一撃だった。

強者。

最強の強者になろうと、アイリーンはある意味目指していたのだ。

それは彼女にとって権力だった。

だが目の前にいる死そのものともいえる殺意をみなぎらせた存在は、研ぎ澄ませた刃より鋭い手刀を、アイリーンの落ちた頭部に向かって放った。

「エリーゼのこともあるもんな……」

なんのことかわからないセリフ。
そして困惑。

それがすべてを自分の思うがままに、10年以上も操作してきた思い込んでいた女の最後の思考だった。


*


「ただいま、リノ」

「おかえりなさい。フウマ」



                   END
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