85 / 263
第Ⅲ章 王国の争い
元勇者パーティーの後日談その30――アイリーン女王のバスタイム
しおりを挟む
アイリーンにとって、入浴は最高の楽しみの1つだった。
全体的に薄汚いシノビノサト村にあって、温泉と呼ばれる入浴施設だけは、彼女も認めていたものだ。
(……それにしても……)
あまりの自分の才覚に、彼女は全身が総毛だつ思いだった。
1度は辺境というのも生ぬるい、最果ての魔境にまで追い込まれた。
だがジッチャンとも村長とも呼ばれる老人に、彼女はすぐさま取り入ることに成功した。
――彼は、殺したくなかったのだ。
外見は愛らしい少女でしかないアイリーン。
まだ幼く、彼女の年齢は偶然、そのシノビノサト村の村長の孫と同い年だったのだ。
そして彼女は、暗殺されたということになり、シノビノサト村に連れていってもらえた。
シノビノサト村での日々は彼女にとっては地獄だった。
王宮のきらびやかな生活水準から、一気に農村クラスにまで叩き落されたのだ。
村長に教えられた臥薪嘗胆という言葉を毎日実践しているような思いだった。
柔らかい子羊の肉が、キメラの魔物の肉に変わり。
美しい水源から汲み上げられる湧き水が、ただの井戸水に変わった。
「その上、馬鹿なガキにまとわりつかれるし……」
――「友人がいないんだ。……友達になってくれないか?」
そういわれた瞬間、アイリーンはすぐさま返事した。相手は村長のたった1人の家族、可愛い孫なのだ。
王家同様世襲制らしいこの村では、ゆくゆくは村長になるだろう。
その後、彼によく教育を施した。
時にはそれは友人としての忠告という体裁を取り、時には男女の違いというものとして。
フウマは、幼かった。
悪い意味で聡明すぎた。アイリーンの語る「正しい友達同士の関係」というものを信じるようになっていったのだ。
友達は彼女しかいない。
そのうえ王宮でさんざん海千山千の大人たちにもまれてきた彼女から見れば、目の前にいるのは赤子同然の無垢な子供だったのだ。
「予想通り、彼はシノビノサト村を飛び出しても、まともな友人などできなかった」
いつだったか嬉しそうに手紙を寄越した時は笑った。
手紙に書かれたエピソードはほんの2、3だったが、彼が「村を出た自分の初めての友達」と呼ぶアレクサンダーやエリーゼ、フェルノらが、彼のことを友達などとは微塵も思っていないことは明白だったから。
「ク、クハハハハ……。おっと……」
つい笑い声を浴室で上げてしまった。
反響した音は意外に響く。
聞き耳を立てて告げ口するようなメイドはそばには置いていないが、新女王としての体裁がある。
「……おもしろい、っていえば、あのフェルノさんもそうですね」
現在、王宮の地下の拷問室で、特別待遇を受けている女のことを思い出す。
彼女は、王家の一流の拷問官たちによって、王家が秘蔵している拷問器具の数々を味わっていた。
無論、アイリーンは、ともだちのフウマのために、フェルノに復讐をしてやっているつもりはない。
ただの息抜きだ。
「ふぅ……堅苦しい王宮の勤めも、大変ですものね」
風呂から上がったら、ちょっとだけ地下の拷問室に足を運ぼうとアイリーンは思う。今晩は爪を剥がし終えた足の裏をゆっくりと……こんがりと焼いている最中のはずだった。
王宮には数は少ないが癒し手もいる。フェルノはあと10年や20年は死ねないだろう。もっともアイリーンが飽きれば、赤魔道士組合に払い下げるつもりだったが。
「まさか、競りになって、赤魔道士組合があそこまで値段を吊り上げるなんてね。奴隷1匹の値段にしては高すぎだったけど、……まぁ、仕方ないわね」
今回アイリーンが王宮内での地位を劇的に向上させる役に立った宗教都市ロウの大暴動と崩壊、そしてアイリーン率いる騎士団による鎮圧。
その大混乱の首謀者としてエリーゼの名が真っ先に上がり、当然元仲間のフェルノの名も首謀者の一味として上がったのだ。
(ケチってその辺の安い奴隷を買って拷問してバレたら事ですものね)
その点フェルノは完璧だった。
彼女をいくら拷問し、仮に反アイリーン派の貴族たちに追及されても、痛ましい事件の究明のための一言で済む。なにより自分はあの現場に居合わせ、大活躍した英雄なのだ。
(民衆の英雄にして、女王……あぁ! なんてすばらしいの!)
自らの滑らかな肢体を自分で抱きしめる。
全体的に薄汚いシノビノサト村にあって、温泉と呼ばれる入浴施設だけは、彼女も認めていたものだ。
(……それにしても……)
あまりの自分の才覚に、彼女は全身が総毛だつ思いだった。
1度は辺境というのも生ぬるい、最果ての魔境にまで追い込まれた。
だがジッチャンとも村長とも呼ばれる老人に、彼女はすぐさま取り入ることに成功した。
――彼は、殺したくなかったのだ。
外見は愛らしい少女でしかないアイリーン。
まだ幼く、彼女の年齢は偶然、そのシノビノサト村の村長の孫と同い年だったのだ。
そして彼女は、暗殺されたということになり、シノビノサト村に連れていってもらえた。
シノビノサト村での日々は彼女にとっては地獄だった。
王宮のきらびやかな生活水準から、一気に農村クラスにまで叩き落されたのだ。
村長に教えられた臥薪嘗胆という言葉を毎日実践しているような思いだった。
柔らかい子羊の肉が、キメラの魔物の肉に変わり。
美しい水源から汲み上げられる湧き水が、ただの井戸水に変わった。
「その上、馬鹿なガキにまとわりつかれるし……」
――「友人がいないんだ。……友達になってくれないか?」
そういわれた瞬間、アイリーンはすぐさま返事した。相手は村長のたった1人の家族、可愛い孫なのだ。
王家同様世襲制らしいこの村では、ゆくゆくは村長になるだろう。
その後、彼によく教育を施した。
時にはそれは友人としての忠告という体裁を取り、時には男女の違いというものとして。
フウマは、幼かった。
悪い意味で聡明すぎた。アイリーンの語る「正しい友達同士の関係」というものを信じるようになっていったのだ。
友達は彼女しかいない。
そのうえ王宮でさんざん海千山千の大人たちにもまれてきた彼女から見れば、目の前にいるのは赤子同然の無垢な子供だったのだ。
「予想通り、彼はシノビノサト村を飛び出しても、まともな友人などできなかった」
いつだったか嬉しそうに手紙を寄越した時は笑った。
手紙に書かれたエピソードはほんの2、3だったが、彼が「村を出た自分の初めての友達」と呼ぶアレクサンダーやエリーゼ、フェルノらが、彼のことを友達などとは微塵も思っていないことは明白だったから。
「ク、クハハハハ……。おっと……」
つい笑い声を浴室で上げてしまった。
反響した音は意外に響く。
聞き耳を立てて告げ口するようなメイドはそばには置いていないが、新女王としての体裁がある。
「……おもしろい、っていえば、あのフェルノさんもそうですね」
現在、王宮の地下の拷問室で、特別待遇を受けている女のことを思い出す。
彼女は、王家の一流の拷問官たちによって、王家が秘蔵している拷問器具の数々を味わっていた。
無論、アイリーンは、ともだちのフウマのために、フェルノに復讐をしてやっているつもりはない。
ただの息抜きだ。
「ふぅ……堅苦しい王宮の勤めも、大変ですものね」
風呂から上がったら、ちょっとだけ地下の拷問室に足を運ぼうとアイリーンは思う。今晩は爪を剥がし終えた足の裏をゆっくりと……こんがりと焼いている最中のはずだった。
王宮には数は少ないが癒し手もいる。フェルノはあと10年や20年は死ねないだろう。もっともアイリーンが飽きれば、赤魔道士組合に払い下げるつもりだったが。
「まさか、競りになって、赤魔道士組合があそこまで値段を吊り上げるなんてね。奴隷1匹の値段にしては高すぎだったけど、……まぁ、仕方ないわね」
今回アイリーンが王宮内での地位を劇的に向上させる役に立った宗教都市ロウの大暴動と崩壊、そしてアイリーン率いる騎士団による鎮圧。
その大混乱の首謀者としてエリーゼの名が真っ先に上がり、当然元仲間のフェルノの名も首謀者の一味として上がったのだ。
(ケチってその辺の安い奴隷を買って拷問してバレたら事ですものね)
その点フェルノは完璧だった。
彼女をいくら拷問し、仮に反アイリーン派の貴族たちに追及されても、痛ましい事件の究明のための一言で済む。なにより自分はあの現場に居合わせ、大活躍した英雄なのだ。
(民衆の英雄にして、女王……あぁ! なんてすばらしいの!)
自らの滑らかな肢体を自分で抱きしめる。
1
お気に入りに追加
4,184
あなたにおすすめの小説
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます
ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。
何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。
何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。
それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。
そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。
見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。
「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」
にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。
「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。
「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
やり直せるなら、貴方達とは関わらない。
いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。
エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。
俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。
処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。
こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…!
そう思った俺の願いは届いたのだ。
5歳の時の俺に戻ってきた…!
今度は絶対関わらない!
無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~
そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】
大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。
王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。
中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。
俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。
そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが?
「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」
「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」
「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」
「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」
※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!
愛玩犬は、銀狼に愛される
きりか
BL
《漆黒の魔女》の呪いにより、 僕は、昼に小型犬(愛玩犬?)の姿になり、夜は人に戻れるが、ニコラスは逆に、夜は狼(銀狼)、そして陽のあるうちには人に戻る。
そして僕らが人として会えるのは、朝日の昇るときと、陽が沈む一瞬だけ。
呪いがとけると言われた石、ユリスを求めて旅に出るが…
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ただ、愛しただけ…
きりか
恋愛
愛していただけ…。あの方のお傍に居たい…あの方の視界に入れたら…。三度の生を生きても、あの方のお傍に居られなかった。
そして、四度目の生では、やっと…。
なろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。