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第Ⅲ章 王国の争い

元勇者パーティーの後日談その17――愛しき正義との再会

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「リノ……君はここにいて」

俺は〈天雷の塔〉最上部に、リノを連れて来ていた。

最上部といっても、最上階という意味ではない。
文字通りこの塔のてっぺんだ。階段や梯子などはなく、飛行系のモンスターでもなければここまで来ることはできないだろう。

「でも……」

「大丈夫。……さすがにリノを連れてあの暴徒の中を移動するのは無理があるから、ここで待っていて欲しいだけだ。少しの間だけね。すぐに助けに来るから」

「……大丈夫?」

「大丈夫さ」

俺はリノから顔をそらす。

ここに来るまでに、5回は吐いた。あまりの光景に、胃液が逆流したのだ。

止める力は――ある。
倒す力だって、ある。
殺す力だって、ある。

だが、善悪を見抜く力など、ない。

ある獣人が魔族を襲っていたとして、どっちも武器となる角材を持っていた。いったい、どっちが正義なのかわからない。

統一された武装を整えた正規軍が、暴徒を魔法と剣で蹂躙していた。俺は、正規軍の末席に加わって、一緒に殺して回ればいいのか?

迷いは、致命的な失敗に繋がりかねない。

特にリノの肉体能力は普通の人間とたいして変わらない。あのまま連れ歩くのは危険だった。

この〈天雷の塔〉の材質は、城壁と同じ物らしい。かなりの硬度があることを確認している。

暴徒の持ち出した破城槌もどきでは絶対に崩せないだろう。例えば、ドラゴンでも襲い掛かってこない限りは。

俺は〈天雷の塔〉のてっぺんから、下に駆けおりる。外壁を滑るように走る。そのまま地面に着地するのではなく、まだなんとか立っている家々の屋根に飛び乗って移動した。できるだけ高いものに。

(……最悪だな)

焼死体が多い。斬り殺されたり、頭を叩き潰されたりした者も多い。だが実際は、この世の終わりのような光景を見て、酷い目に遭う前に、首吊り自殺を選択した者や飛び降り自殺を選んだ者も少なくない様子だった。

(外壁の周囲を走るか……)

この都市で〈天雷の塔〉を除けば、最も高い場所だ。

あそこからなら、街の様子もつぶさに観察できるだろう。

(どうすれば……俺はどうすればいいんだ……?)

こんな高い位置を移動するのは自分だけで、障害物もなく、移動速度も非常に速い。そのため情報はどんどん集まってくる。

(……都市の城門を閉じている? なぜ……? …………ああ。外部からの侵入者を恐れてか……)

今、宗教都市ロウの城門に破城槌を叩きつけている騎士団風の者たちがいる。本当に騎士団なのか、元騎士団なのか、どっちかはわからない。

上官らしき男が目を血走らせ、血のついた剣を振り回しながら喚いている。

少し近づくと「早く開けろ! 手遅れになる!」と叫んでいた。

「……そうか。救助をしたいのか」

城門を閉じている衛兵達に忍び寄り、気絶させていく。ついでに城門を塞いでいた閂も破壊しておいた。

突如開いた城門に、数十人の騎士たちは喜びの声を上げる。本当に嬉しそうだった。

その騎士達の頭上に影が落ちた。

巨大な影だ。

見上げれば、緑に苔むした体をしたドラゴンがいた。

このサイズだとおそらく中位竜クラスだ。

今の宗教都市ロウだと、侵入を許せば、大混乱になりかねない。

だが――。

城壁の持つ不可視の電撃の防護膜によって、中位竜は弾かれた。ぼろぼろと体にくっついていた偽装工作のための土くれなどが落ちていく。

「……くっ。……〈天雷〉は不発。チャンスかと思ったのに、こっちは健在か」

城壁と〈天雷の塔〉は別の仕組みなのだろう。そっちについては確かに俺は壊していなかった。

「やめるんだ! そこのドラゴン!」

「うるさい! 黙れ! 死ね人間どもっ!!」

急降下し、間近に迫ってブレスを吐こうとするドラゴン。

喚き散らして逃げようとする騎士団たち。

俺は両者の間に割って入り、中位竜の首を〈手刀〉で切り落とした。

鮮血を迸らせ、大地に激突し、その勢いのまま城壁にぶつかった。城壁にはヒビすら入っていない。中位竜の体当たりの一撃程度では小揺るぎもしない。

「うぉおおっ! ドラゴンだ!」
「ひぃぃ! いきなり死んだぞ!」

〈潜伏〉を使用しているため、俺の姿は彼らには見えなかったらしい。

「なんだかわからんが、チャンスだ! この竜の鱗を剥げ! 金になるぞ! ははははは!」

隊長らしき男が喚く。

(助けに行くつもりじゃなかったのか?)

そばで聞いていると、こいつらは都市の住人を助けるためではなく、火事場泥棒のような真似をするために向かっているようだった。

(……当然か。アイリーンくらい誠実で優しい人間でなければ、弱者を救おうなどとは考えないものだ)

あのドラゴンの目的も、このどさくさに紛れて、適当な人間に八つ当たり気味に恨みを晴らすことだったのだろう。

ゲロで汚れた服の臭いが、やたらと気になった。

本当に助ける価値のある人間なんて、いるのか? 

そんなすさんだ気持ちになった俺は、――すぐに満ち足りた気持ちになった。

この開いた城門やドラゴンの襲来を見て、駆け付けた大部隊の中に、見慣れた美しい少女がいたのだ。

彼女は痛ましげな表情を死んだドラゴンにさえ向けていた。

「アイリーン……!」

「フウマ……っ!」

馬上にいたアイリーンは馬から下り、こちらに駆けつけてきてくれた。途中、石につまずいてこけそうになる。

「大丈夫か?」

一瞬で彼女の前にまで駆け付け、彼女を支えた。
シノビノサト村にいた頃にはない良い匂いがした。香水だろうか。
ふいに、自分のゲロ臭い服が気になった。

「えぇ、大丈夫……フウマこそ……そんな悪い顔色をして……」

優しく俺の頬を彼女の温かな手が包み込んでくれた。

いっとき、ここが戦場であることさえも忘れるほど満ち足りた気持ちになった。

(……そうだ、もうこれで迷うことはない。正しいことができる)

アイリーンがいるのなら、俺は無敵だ!
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