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第Ⅲ章 王国の争い
元勇者パーティーの後日談その5――エリーゼの思い
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「エリーゼ様、よろしいのですか?」
エリーゼの父の派閥に属していた高官がしかつめらしい顔をして問うた。ここは下水道地下の大講堂。そう名付けられているが、実際はエルフなどの奴隷を使って定期的に掃除させているだけの、ただ広いだけが取り柄の空間でしかない。
「良いのです」
エリーゼは、覆うベールの内で厳かにそう口にする。
「しかし! このままでは我がエリーゼ派の大義名分が成り立ちません!」
「然り然り! 大義名分こそ戦争を成功させる秘訣ですぞ!」
エリーゼ派の大義名分とは、一言でいえば「弱者救済」だ。
この宗教都市ロウでは、今現在、弱者によって溢れている。かつては中産階級を気取っていた連中の半分は、食うに困るようになり、さらにその半数は貧民窟の住人と大して変わらない生活を「俺はまだ大丈夫だ」と言い聞かせて送っているに過ぎない。
ざっと考えて弱者の比率が90%から99%くらいにまで膨れ上がっているのだ。
このような状況を看破し、世論を利用することを思いついたのは、いろいろな意味でエリーゼらしいといえた。
涙を毎日のように流す弱者を利用価値のある愚か者と断定し、しゃぶり尽くす行為になんの躊躇いもなかったこと。
情報収集を欠かさず誰よりも早く、この弱者の比率の上昇というものを嗅ぎつけ、それを宗教的なものにくるんで利用したこと。
精神的にも、情報戦略的にも、エリーゼはこの宗教都市ロウで、今現在もっともトップに立っていた。
おそらく冒険者組合だろうが、王家だろうが、派閥争いと大組織同士の覇権争いに明け暮れてる赤魔道士組合や〈治癒神の御手教会〉ではありえない対応の早さだった。
だが、早い。早すぎるというのが、エリーゼ派の高官の意見だったのだ。
かつてはエリーゼの父につき、次期最高位聖職者の側近として、権益を思うがままに貪り尽くし、弱者の血で風呂に入り、弱者の汗で自分の汗を流すような生活を送る予定だった。
だが今は違う。
今、この目の前にいるエリーゼが倒れれば、すべてが終わるのだ。
「エリーゼ様!」
「うるさいっ!」
一喝に、その高官と、内心はその高官と同意見だった人間やエルフ、獣人などが黙り込む。
元奴隷であるエルフや獣人、魔族達の体力は弱い。だがこの宗教都市ロウの労働力の過半数を占めていた彼らが一斉に反旗を翻したのだ。
その絶叫は分厚い下水道の天井の壁を突き抜けて、地下に響き、盛大に反響していた。
「キャァーッ!」
「誰か! この子だけは! この子だけは助け――グハッ!」
「おい! それは俺の娘だぁっ! 手を放せ、薄汚い――ギャァッ!」
絶叫が響き渡る。
くぐもっているが、臨場感は十分過ぎるほどだった。
「戦力比は1対1くらいでしょうか」
「…………」
誰もがエリーゼの独り言に沈黙で返す。
確かに、住民百人に対して、襲っている元奴隷は百人前後だろう。
しかしその住民の中には、赤子もいれば、老い先短い老人もいることだろう。単純に数の問題ではない。
「……あら? 何か言いたいことでも?」
ベールの向こうから聞こえる声に、顔を袖口でぬぐった人間の高官が、下水道の地面に目を落として答えた。
「……彼らに戦う意思はありません。戦意があるのは、こちらに所属していた獣人や魔族、エルフ達だけです。しいたげられていた鬱憤を晴らすために暴れているだけで……」
「それが何か問題なのかしら?」
「……えっ?」
「だって彼らはしいたげられて来たのでしょう? 赤子に飲ませる乳を搾る労働力として、動けない老人の代わりに物を運ぶ労力として、……そして今、その反撃を受けている。……ただ、それだけでしょ?」
あまりに不思議そうな声。
そんな童女のような声が、地下下水道のすえた臭いの中反響した。絶叫がこだまする。
「……だ、だれだ、……アンタは……?」
エリーゼが5歳の頃から知る高官の男は呻く。
小さく可憐。やがて自分の女にしたいとさえ思えるようになったエリーゼ。
そんな存在が、何か得体の知れない者にとって代わられたかのように感じたのだ。
「おやおや……、おかしなことをおっしゃるのですね」
エリーゼがベールを取る。
悲鳴が上がる。
すぐそばにいたその男はもちろん、遠巻きに様子をうかがってた獣人やエルフ、魔族からも。
その異形の姿は、あまりにもひどいものだった。
じめじめした地下の湿気により、頬から目元にまで、青とも緑ともつかない苔だか黴だかつかないものがビッシリと生えている。
それは女として外見がどうとか、人間として不衛生だとか、そういう次元を超えた何かだった。
「…………ぁ……ぁぁ……」
高官の男や周囲の誰かが何かを言う前に、エリーゼの視線が彼らからそれた。
突如上がった音に導かれるかのように――。
次第に、爆音とも破裂音ともつかない音がどんどん大きくなっていった。
エリーゼに驚いていた男達も、種族を問わず全員が地下下水道から地上の街を見上げた。
「……来たようですね、フウマ……」
エリーゼの父の派閥に属していた高官がしかつめらしい顔をして問うた。ここは下水道地下の大講堂。そう名付けられているが、実際はエルフなどの奴隷を使って定期的に掃除させているだけの、ただ広いだけが取り柄の空間でしかない。
「良いのです」
エリーゼは、覆うベールの内で厳かにそう口にする。
「しかし! このままでは我がエリーゼ派の大義名分が成り立ちません!」
「然り然り! 大義名分こそ戦争を成功させる秘訣ですぞ!」
エリーゼ派の大義名分とは、一言でいえば「弱者救済」だ。
この宗教都市ロウでは、今現在、弱者によって溢れている。かつては中産階級を気取っていた連中の半分は、食うに困るようになり、さらにその半数は貧民窟の住人と大して変わらない生活を「俺はまだ大丈夫だ」と言い聞かせて送っているに過ぎない。
ざっと考えて弱者の比率が90%から99%くらいにまで膨れ上がっているのだ。
このような状況を看破し、世論を利用することを思いついたのは、いろいろな意味でエリーゼらしいといえた。
涙を毎日のように流す弱者を利用価値のある愚か者と断定し、しゃぶり尽くす行為になんの躊躇いもなかったこと。
情報収集を欠かさず誰よりも早く、この弱者の比率の上昇というものを嗅ぎつけ、それを宗教的なものにくるんで利用したこと。
精神的にも、情報戦略的にも、エリーゼはこの宗教都市ロウで、今現在もっともトップに立っていた。
おそらく冒険者組合だろうが、王家だろうが、派閥争いと大組織同士の覇権争いに明け暮れてる赤魔道士組合や〈治癒神の御手教会〉ではありえない対応の早さだった。
だが、早い。早すぎるというのが、エリーゼ派の高官の意見だったのだ。
かつてはエリーゼの父につき、次期最高位聖職者の側近として、権益を思うがままに貪り尽くし、弱者の血で風呂に入り、弱者の汗で自分の汗を流すような生活を送る予定だった。
だが今は違う。
今、この目の前にいるエリーゼが倒れれば、すべてが終わるのだ。
「エリーゼ様!」
「うるさいっ!」
一喝に、その高官と、内心はその高官と同意見だった人間やエルフ、獣人などが黙り込む。
元奴隷であるエルフや獣人、魔族達の体力は弱い。だがこの宗教都市ロウの労働力の過半数を占めていた彼らが一斉に反旗を翻したのだ。
その絶叫は分厚い下水道の天井の壁を突き抜けて、地下に響き、盛大に反響していた。
「キャァーッ!」
「誰か! この子だけは! この子だけは助け――グハッ!」
「おい! それは俺の娘だぁっ! 手を放せ、薄汚い――ギャァッ!」
絶叫が響き渡る。
くぐもっているが、臨場感は十分過ぎるほどだった。
「戦力比は1対1くらいでしょうか」
「…………」
誰もがエリーゼの独り言に沈黙で返す。
確かに、住民百人に対して、襲っている元奴隷は百人前後だろう。
しかしその住民の中には、赤子もいれば、老い先短い老人もいることだろう。単純に数の問題ではない。
「……あら? 何か言いたいことでも?」
ベールの向こうから聞こえる声に、顔を袖口でぬぐった人間の高官が、下水道の地面に目を落として答えた。
「……彼らに戦う意思はありません。戦意があるのは、こちらに所属していた獣人や魔族、エルフ達だけです。しいたげられていた鬱憤を晴らすために暴れているだけで……」
「それが何か問題なのかしら?」
「……えっ?」
「だって彼らはしいたげられて来たのでしょう? 赤子に飲ませる乳を搾る労働力として、動けない老人の代わりに物を運ぶ労力として、……そして今、その反撃を受けている。……ただ、それだけでしょ?」
あまりに不思議そうな声。
そんな童女のような声が、地下下水道のすえた臭いの中反響した。絶叫がこだまする。
「……だ、だれだ、……アンタは……?」
エリーゼが5歳の頃から知る高官の男は呻く。
小さく可憐。やがて自分の女にしたいとさえ思えるようになったエリーゼ。
そんな存在が、何か得体の知れない者にとって代わられたかのように感じたのだ。
「おやおや……、おかしなことをおっしゃるのですね」
エリーゼがベールを取る。
悲鳴が上がる。
すぐそばにいたその男はもちろん、遠巻きに様子をうかがってた獣人やエルフ、魔族からも。
その異形の姿は、あまりにもひどいものだった。
じめじめした地下の湿気により、頬から目元にまで、青とも緑ともつかない苔だか黴だかつかないものがビッシリと生えている。
それは女として外見がどうとか、人間として不衛生だとか、そういう次元を超えた何かだった。
「…………ぁ……ぁぁ……」
高官の男や周囲の誰かが何かを言う前に、エリーゼの視線が彼らからそれた。
突如上がった音に導かれるかのように――。
次第に、爆音とも破裂音ともつかない音がどんどん大きくなっていった。
エリーゼに驚いていた男達も、種族を問わず全員が地下下水道から地上の街を見上げた。
「……来たようですね、フウマ……」
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