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第Ⅲ章 王国の争い
元勇者パーティーの後日談その2――エリーゼとの再会
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リノと一緒に俺は宗教都市ロウを訪れた。
勇者との遭遇戦から半月が経ち、シノビノサト村は落ち着いた。勇者達――アレクサンダーとフェルノを殺すことは、俺にはできなかった。
だがジッチャンや村のみんなを失った心の傷が癒えてくると、彼らの最後を見届けるべきなんじゃないかという思いが湧いた。
「リノ……離れるんじゃないぞ」
宗教都市ロウのイメージは、以前に比べると大きく変化していた。
以前は、真っ白い外壁に囲まれた秩序と神聖さの体現ともいえる場所だった。
それが街のシンボルであった〈天雷の塔〉が崩れ去り、修理の半ばで放置されている。足場を高い塔の周囲に組んだまま放置されているのだ。それはまるで、巨大な砂糖菓子に群がる蟻を連想させた。
また、それはこの宗教都市ロウについてもいえることだ。
今、この都市には雑多な人間が入り込んでいる。
他の大都市の都市長のスパイや王国の間者、かくいうシノビノサト村だって俺というシノビを潜り込ませている。
ここにはもう、以前のような魔族や獣族、エルフを差別する気配はほとんどない。
うつむきがちに足早に歩く通行人達は、買い込んだ食料や日用品などを守るように抱きかかえている。
余裕がないのだ。
他人に構っている。
「変わったね」
普通のしゃべり方になったリノに、俺はちょっとだけ違和感をまだ覚えているが、それは顔には出さず返事した。
「あぁ。……まさか、こうなるとはな……」
皮肉なものだ。
派閥争いの末に、最も大きな争いの元となっていた種族の違いをある意味超越することになったのだ。
「けど、これは……、なんか違うよな」
俺の言葉に、リノは無言で頷く。
彼女も肌で感じているのだろう。
今ここにあるのは「差別」ではなく、「区別」だ。
弱者か強者か、金を持っているのかいないのか。
種族というある種どうしようもない生まれで差別することがなくなったことを一概には喜べない。
「――今こそ、エルフも魔族もなく、手と手を取り合うべきなのです!」
エリーゼの声だ。
視線を向けた先、即席の木製の舞台の上で声を張り上げている。
顔は美しい刺繍とレースのある薄布で覆われている。顔の輪郭しかわからない。ただ時折、何か空気が抜けるような不思議な音がした。
「エリーゼは……改心したのかなぁ……?」
「どうかな」
俺とリノは首をかしげる。
ただしばらくエリーゼの話を聞いてみたが、別段おかしなことを言っていなかった。むしろ個人的には大賛成したいとさえ思えた。
(……にもかかわらず何かすっきりしないのは、彼女のことをいろいろと知ってしまったからかな……)
自分の心の狭さや意外な執念深さに気づかされる。
(これじゃいけないよな。――せっかくエリーゼが改心して前を向いて歩き出したんだから、俺も頑張らなくちゃ……)
粗末な大きな木製の舞台の前を通り過ぎると、そこに立つエリーゼの顔が動いた。
どうやら俺に気づいたらしい。
「――そこの貴方もそう思いませんか?」
気高さに満ちた声だ。
正直、以前に1度聞いたことのある聖女マドゥルカの声より威厳に満ちたものだった。新しい聖女は確かに美しく若い。けど、それだけだ。
シノビノサト村で育てているタマネギモドキという農作物を連想させた。綺麗に皮がむけてつるつるとして白い。とても綺麗だ。けど、どんどんどんどん皮をむいていくと、次第に小さくなり、やがてなんにもなくなってしまう。
聖女マドゥルカには中身がなかった。少なくとも俺には感じられなかった。
「……各種族の共存というのは、素晴らしいと思います。……エリーゼ……様」
周囲の者達が「エリーゼ様ぁー!」と叫んでいるので、それに合わせて敬称をつけた。名前をただ呼びたかったのだ。
俺はまだお前のことを覚えているぞ、と伝えたかったのだ。
彼女が生きていたことを嬉しいという思いもなくはない。けどそれ以上に、俺はやっとあの勇者パーティーというメンバーから外れたのだという実感がもてた。
今の自分の所属は、シノビノサト村。そして俺はシノビノサト村の四代目の村長なのだ。
「見知らぬ人よ」
エリーゼはそう俺を呼んだ。
「ならば、わたくしの力になって下さいませんか? 共に戦いましょう」
まっすぐにこちらに手を差し伸べてくるベールに顔が包まれた女。
ぎゅっとリノが俺の手を握ってくる。
(あぁ…………)
かつての自分なら、どれほど喜んだことだろう。
勇者パーティーを追放され、けど、また呼び戻される。
何度夢見たことかわからない。
だが――。
「断る。……俺は俺の道を進む」
「そう……ですか……」
エリーゼの残念そうな声と共に、リノの手が安心したようにそっと俺から離れた。
◇◇◇あとがき◇◇◇
新作を書いて「ざまぁ」な展開の重要性を再認識したので、元勇者パーティーの後日談の続きを投稿することにしました。
感想欄でさまざまなアドバイスや意見を頂いたのですが、1度に全部取り入れるのは難しいため、とりあえず「ざまぁ」を中心に試している最中です。
勇者との遭遇戦から半月が経ち、シノビノサト村は落ち着いた。勇者達――アレクサンダーとフェルノを殺すことは、俺にはできなかった。
だがジッチャンや村のみんなを失った心の傷が癒えてくると、彼らの最後を見届けるべきなんじゃないかという思いが湧いた。
「リノ……離れるんじゃないぞ」
宗教都市ロウのイメージは、以前に比べると大きく変化していた。
以前は、真っ白い外壁に囲まれた秩序と神聖さの体現ともいえる場所だった。
それが街のシンボルであった〈天雷の塔〉が崩れ去り、修理の半ばで放置されている。足場を高い塔の周囲に組んだまま放置されているのだ。それはまるで、巨大な砂糖菓子に群がる蟻を連想させた。
また、それはこの宗教都市ロウについてもいえることだ。
今、この都市には雑多な人間が入り込んでいる。
他の大都市の都市長のスパイや王国の間者、かくいうシノビノサト村だって俺というシノビを潜り込ませている。
ここにはもう、以前のような魔族や獣族、エルフを差別する気配はほとんどない。
うつむきがちに足早に歩く通行人達は、買い込んだ食料や日用品などを守るように抱きかかえている。
余裕がないのだ。
他人に構っている。
「変わったね」
普通のしゃべり方になったリノに、俺はちょっとだけ違和感をまだ覚えているが、それは顔には出さず返事した。
「あぁ。……まさか、こうなるとはな……」
皮肉なものだ。
派閥争いの末に、最も大きな争いの元となっていた種族の違いをある意味超越することになったのだ。
「けど、これは……、なんか違うよな」
俺の言葉に、リノは無言で頷く。
彼女も肌で感じているのだろう。
今ここにあるのは「差別」ではなく、「区別」だ。
弱者か強者か、金を持っているのかいないのか。
種族というある種どうしようもない生まれで差別することがなくなったことを一概には喜べない。
「――今こそ、エルフも魔族もなく、手と手を取り合うべきなのです!」
エリーゼの声だ。
視線を向けた先、即席の木製の舞台の上で声を張り上げている。
顔は美しい刺繍とレースのある薄布で覆われている。顔の輪郭しかわからない。ただ時折、何か空気が抜けるような不思議な音がした。
「エリーゼは……改心したのかなぁ……?」
「どうかな」
俺とリノは首をかしげる。
ただしばらくエリーゼの話を聞いてみたが、別段おかしなことを言っていなかった。むしろ個人的には大賛成したいとさえ思えた。
(……にもかかわらず何かすっきりしないのは、彼女のことをいろいろと知ってしまったからかな……)
自分の心の狭さや意外な執念深さに気づかされる。
(これじゃいけないよな。――せっかくエリーゼが改心して前を向いて歩き出したんだから、俺も頑張らなくちゃ……)
粗末な大きな木製の舞台の前を通り過ぎると、そこに立つエリーゼの顔が動いた。
どうやら俺に気づいたらしい。
「――そこの貴方もそう思いませんか?」
気高さに満ちた声だ。
正直、以前に1度聞いたことのある聖女マドゥルカの声より威厳に満ちたものだった。新しい聖女は確かに美しく若い。けど、それだけだ。
シノビノサト村で育てているタマネギモドキという農作物を連想させた。綺麗に皮がむけてつるつるとして白い。とても綺麗だ。けど、どんどんどんどん皮をむいていくと、次第に小さくなり、やがてなんにもなくなってしまう。
聖女マドゥルカには中身がなかった。少なくとも俺には感じられなかった。
「……各種族の共存というのは、素晴らしいと思います。……エリーゼ……様」
周囲の者達が「エリーゼ様ぁー!」と叫んでいるので、それに合わせて敬称をつけた。名前をただ呼びたかったのだ。
俺はまだお前のことを覚えているぞ、と伝えたかったのだ。
彼女が生きていたことを嬉しいという思いもなくはない。けどそれ以上に、俺はやっとあの勇者パーティーというメンバーから外れたのだという実感がもてた。
今の自分の所属は、シノビノサト村。そして俺はシノビノサト村の四代目の村長なのだ。
「見知らぬ人よ」
エリーゼはそう俺を呼んだ。
「ならば、わたくしの力になって下さいませんか? 共に戦いましょう」
まっすぐにこちらに手を差し伸べてくるベールに顔が包まれた女。
ぎゅっとリノが俺の手を握ってくる。
(あぁ…………)
かつての自分なら、どれほど喜んだことだろう。
勇者パーティーを追放され、けど、また呼び戻される。
何度夢見たことかわからない。
だが――。
「断る。……俺は俺の道を進む」
「そう……ですか……」
エリーゼの残念そうな声と共に、リノの手が安心したようにそっと俺から離れた。
◇◇◇あとがき◇◇◇
新作を書いて「ざまぁ」な展開の重要性を再認識したので、元勇者パーティーの後日談の続きを投稿することにしました。
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