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第Ⅱ章 赤魔道士組合の悪夢
簡単なことなのに簡単にこなせない
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「木を切り倒せばいいんだよな?」
シノビノサト村に近い浅い森の中、4人のドワーフたちに尋ねる俺に、隣に立つリーダー格トントが頷いた。
「うむ。頼むぞ」
「了解」
(竜舎を2つ造るんだし、まとめて多めに切り倒した方がいいよな……?)
軽く頷いた俺は、普段よりも気合いを入れた〈手刀〉で森を薙ぎ払った。
ズズズン……、と。
激しい重低音をいくつも響かせて木々が折り重なるように倒れていく。
数秒後には、目の前に空き地ができていた。
見渡す限り視界を塞いでいた前方の森が消滅したのだ。
視界の開けた森を見ていたドワーフたちは、しばらくポカーンとしていた。
「どうだ?」
とんでもない嵐にでも遭ったかのような惨状を見て、すぐ隣に立っていたドワーフ四兄弟の長男トントが飛び跳ねて、パシンと俺の頭を叩いてツッコミを入れた。
「なんつーもったいない真似をっ!」
「……えっ? えぇっと……」
「ほれ! この木!」
トントが目の前のへし折れ――バラバラになった木の破片を持ち上げて見せた。
「こんな木屑になったら、もう竜舎なぞ造る材料になるわけなかろう! 形も歪すぎて薪にも使いづらい」
「えっ……いや……だってさぁ……」
「だってもクソもあるかっ!」
ドワーフたちは最初のうちは、命の恩人である俺のことを神か仏かのように敬っていた。だが、酒を1晩酌み交わしたらかなり打ち解けた。
といっても、これは打ち解けたというのとはまた別だろう。てか頭をはたかれたのは初めてだった。
「……丁寧に、1本ずつ、まっすぐ……できるだけ後の工程のことも考えるんじゃ!」
「まっすぐ?」
「そうじゃ! どうせ後で処理する時、生木をへし折ったような状態のまま使うわけにはいかんじゃろ? そりゃあ竜族なら表面がささくれ立っていても怪我はせんじゃろうが」
確かに家の壁が綺麗に加工されていないと見た目が悪い。
「そもそもさっきの強力なスキルのせいで、木の中の少なくない本数が、無駄に劣化しておる」
トントが指さす先には、横方向にスキルを放ったはずなのに、縦の方向に亀裂が走った木があった。確かにあんな物を土台にでも使えば、壊れる原因になりかねない。
おそらくあまりに強力なスキルの余波と折り重なって倒れた瞬間のダメージで亀裂が走ったのだろう。
「よいか……森というのはタダであってタダではない。木々を切り倒せば――」
トントのとんでもなく長い説教が昼頃まで続いた。俺は初めてジッチャン以外に説教されるという貴重な経験に、変な喜びのようなものを感じて苦笑いを何度か漏らしてしまった。
そのせいで説教が長引き、本気で後悔していたところ、アイリーンが幸いにも俺たちを呼びに来てくれた。
「助かったよ、アイリーン」
「そう?」
そっけない印象のアイリーンは、あまり世間話とかそういうのが得意ではないらしい。代わりに、皆の前で今後の村の方針をジッチャンの代わりに語る時なんかは、すごく堂々としている。大勢の前で話すことに慣れているらしいのだ。
アイリーンの少しスープで汚れているエプロンを見つめていると、アイリーンが「今日は失敗してないわよ」とすねたように口にした。
「今日も、だろ?」
苦笑する俺は昔を思い出していた。
「アイリーンが料理をよく失敗してたのは、子供の頃、それもほんの最初の頃だけさ」
アイリーンは武術や料理は苦手だったが、それ以外のことは何でもできた。何でも知っていたし、何でもすぐ覚えた。少なくとも村のことくらいしか知らない俺とは考え方が全然違った。
冒険者になろうと思ったのも、アイリーンが諳んじてくれた冒険譚をいくつも聞いていて好奇心が湧いたためだ。
背丈こそ追い抜いたものの、いまだにアイリーンにはどうも頭が上がらない。
俺にとって初恋の相手であり、初めての友達でもあり、学問の先生でもあるのだ。
「しかし、どうして何でも知ってるアイリーンが料理だけは苦手だったんだ?」
「料理だけ、ってことはないけどね。武術だってからっきしだし」
「でも、今なら一般人よりは遥かに強いはずだよ」
冒険者だってできるくらいだ。
「てっきり才能がないからとか、向いてないからとかが理由だと思ってたんだけどな……」
「……違うわ。やらせてもらえなかったの」
そっけない口調は、根掘り葉掘りと自分のことを聞かれたくないから。そういう理由があることに、子供という年齢ではなくなった俺はなんとなく察しがついていた。
「そっか」
俺がそう話を終わらせると、アイリーンは麓を見下ろす方向を向いて、ポツリとつぶやいた。その視線はずっとずっと遠く、視線の先にあるという王都にまで届くんじゃないかと思うほど遠くを見つめていた。
「……そういう仕事は『下々の者の仕事だ』って言われて習わせてもらえなかったのよ。『仕事を与えるのも仕事の内なんだ』って言われてね」
なんだか謎かけのような話だった。「仕事を与えるのも仕事、ってなんだそれ」とちょっと首を傾げながら、俺はアイリーンたちと食卓に向かった。
シノビノサト村に近い浅い森の中、4人のドワーフたちに尋ねる俺に、隣に立つリーダー格トントが頷いた。
「うむ。頼むぞ」
「了解」
(竜舎を2つ造るんだし、まとめて多めに切り倒した方がいいよな……?)
軽く頷いた俺は、普段よりも気合いを入れた〈手刀〉で森を薙ぎ払った。
ズズズン……、と。
激しい重低音をいくつも響かせて木々が折り重なるように倒れていく。
数秒後には、目の前に空き地ができていた。
見渡す限り視界を塞いでいた前方の森が消滅したのだ。
視界の開けた森を見ていたドワーフたちは、しばらくポカーンとしていた。
「どうだ?」
とんでもない嵐にでも遭ったかのような惨状を見て、すぐ隣に立っていたドワーフ四兄弟の長男トントが飛び跳ねて、パシンと俺の頭を叩いてツッコミを入れた。
「なんつーもったいない真似をっ!」
「……えっ? えぇっと……」
「ほれ! この木!」
トントが目の前のへし折れ――バラバラになった木の破片を持ち上げて見せた。
「こんな木屑になったら、もう竜舎なぞ造る材料になるわけなかろう! 形も歪すぎて薪にも使いづらい」
「えっ……いや……だってさぁ……」
「だってもクソもあるかっ!」
ドワーフたちは最初のうちは、命の恩人である俺のことを神か仏かのように敬っていた。だが、酒を1晩酌み交わしたらかなり打ち解けた。
といっても、これは打ち解けたというのとはまた別だろう。てか頭をはたかれたのは初めてだった。
「……丁寧に、1本ずつ、まっすぐ……できるだけ後の工程のことも考えるんじゃ!」
「まっすぐ?」
「そうじゃ! どうせ後で処理する時、生木をへし折ったような状態のまま使うわけにはいかんじゃろ? そりゃあ竜族なら表面がささくれ立っていても怪我はせんじゃろうが」
確かに家の壁が綺麗に加工されていないと見た目が悪い。
「そもそもさっきの強力なスキルのせいで、木の中の少なくない本数が、無駄に劣化しておる」
トントが指さす先には、横方向にスキルを放ったはずなのに、縦の方向に亀裂が走った木があった。確かにあんな物を土台にでも使えば、壊れる原因になりかねない。
おそらくあまりに強力なスキルの余波と折り重なって倒れた瞬間のダメージで亀裂が走ったのだろう。
「よいか……森というのはタダであってタダではない。木々を切り倒せば――」
トントのとんでもなく長い説教が昼頃まで続いた。俺は初めてジッチャン以外に説教されるという貴重な経験に、変な喜びのようなものを感じて苦笑いを何度か漏らしてしまった。
そのせいで説教が長引き、本気で後悔していたところ、アイリーンが幸いにも俺たちを呼びに来てくれた。
「助かったよ、アイリーン」
「そう?」
そっけない印象のアイリーンは、あまり世間話とかそういうのが得意ではないらしい。代わりに、皆の前で今後の村の方針をジッチャンの代わりに語る時なんかは、すごく堂々としている。大勢の前で話すことに慣れているらしいのだ。
アイリーンの少しスープで汚れているエプロンを見つめていると、アイリーンが「今日は失敗してないわよ」とすねたように口にした。
「今日も、だろ?」
苦笑する俺は昔を思い出していた。
「アイリーンが料理をよく失敗してたのは、子供の頃、それもほんの最初の頃だけさ」
アイリーンは武術や料理は苦手だったが、それ以外のことは何でもできた。何でも知っていたし、何でもすぐ覚えた。少なくとも村のことくらいしか知らない俺とは考え方が全然違った。
冒険者になろうと思ったのも、アイリーンが諳んじてくれた冒険譚をいくつも聞いていて好奇心が湧いたためだ。
背丈こそ追い抜いたものの、いまだにアイリーンにはどうも頭が上がらない。
俺にとって初恋の相手であり、初めての友達でもあり、学問の先生でもあるのだ。
「しかし、どうして何でも知ってるアイリーンが料理だけは苦手だったんだ?」
「料理だけ、ってことはないけどね。武術だってからっきしだし」
「でも、今なら一般人よりは遥かに強いはずだよ」
冒険者だってできるくらいだ。
「てっきり才能がないからとか、向いてないからとかが理由だと思ってたんだけどな……」
「……違うわ。やらせてもらえなかったの」
そっけない口調は、根掘り葉掘りと自分のことを聞かれたくないから。そういう理由があることに、子供という年齢ではなくなった俺はなんとなく察しがついていた。
「そっか」
俺がそう話を終わらせると、アイリーンは麓を見下ろす方向を向いて、ポツリとつぶやいた。その視線はずっとずっと遠く、視線の先にあるという王都にまで届くんじゃないかと思うほど遠くを見つめていた。
「……そういう仕事は『下々の者の仕事だ』って言われて習わせてもらえなかったのよ。『仕事を与えるのも仕事の内なんだ』って言われてね」
なんだか謎かけのような話だった。「仕事を与えるのも仕事、ってなんだそれ」とちょっと首を傾げながら、俺はアイリーンたちと食卓に向かった。
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