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第Ⅱ章 赤魔道士組合の悪夢

影は走り、時に悩む

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シノビスキル〈影走り〉は、目視できる範囲内の影に移動できるという効果を持つ。そのため闇での戦闘にシノビは向いている。さらに〈視力強化〉のスキルも併用すれば、かなりの長距離を転移することもできた。これだけの移動速度を誇るのはシノビノサト村でも他にはいない。

それでも、日があるうちに帰るつもりだったのに辺りは暗くなっていた。

(なんか……嫌な感じだったな……)

宗教都市ロウで情報収集した内容は、あまり良いものではなかった。見慣れた故郷の山も少々禍々しく感じるほどに。暗いシルエットとなった魔の山と呼ばれる尖った山。その背後に沈んだ夕日。

残照だけが不毛の大地を照らしているが、魔の山は違う。ポツポツ、と深い森のあちこちに明かりが見え隠れした。まるで人が持つ松明やランタンの明かりのように。それが誘うようにゆらゆらと揺れている。

あれらの元にいるのは、キメラだ。
キメラの中には尻尾を発光させて、松明の明かりのように振ることで、人種を誘い込もうとする性質のものがいる。人種狙いで近づいた他のキメラさえも捕食するタチの悪いモンスター、それが導きの光リーディング・ライトだ。

導きの光リーディング・ライトは、その崇高そうな名前とは裏腹に、赤く光る毒蛇の尾と、ライオンの頭と山羊の胴体を持つ狡猾で残忍なキメラだ。

そんなモンスターが生息する山の中腹に、シノビノサト村はあった。

(……さすがに長距離での連続使用は堪えるが、もう1度行くか)

〈影走り〉を動植物が存在しない平地でまた使用。
魔の山の麓近くまで転移することに成功する。

また小休止代わりに高速で走りつつ、宗教都市ロウで得た情報を頭の中でまとめる。

(〈聖戦〉か……)

宗教都市ロウにある立入禁止区画にまで忍び込んだのに、結局〈聖戦〉の対象である神敵がわからなかった。

ロウの中堅ほどの聖職者たちは「〈天雷の塔〉修復費用のために、戦争を理由に増税しようとしているのだろう」と話していた。

一理ある。半強制的に寄付金を募ることはよくあることだ。まあ、もっとも〈天雷の塔〉の外観は修復できても、神代マジックアイテムの核となる部分は盗み出したので、もう発動は不可能なのだが。久しぶりに盗賊らしいいい仕事をしたと思う。
問題はそんなことにも気づかず修復を開始しようとするほど教会の幹部が無能とも考えられないことだ。

(……それに「〈聖戦〉の名はそこまで軽いものじゃなかったはずだ」と聖職者たちもいぶかしげにしてたしなぁ)

他にもおかしな噂をいくつか耳にした。だがどれも情報の精度はよくなさそうだった。

たかが半日で広い宗教都市ロウをくまなく調べるのは無理だ。最も注意深く集めた情報は自分たちの安全に関わるもの。次に〈天雷の塔〉。最後が勇者パーティーのことだった。勇者たちについて調べた時間は30分にも満たない。それでもここまでろくな情報がないというのは予想外だった。

勇者パーティーの所在さえ掴めなかったのだ。最有力の情報では赤魔道士組合支部にいるということだったが、異様なほど厳重で忍び入って確認するのを躊躇ったほどだ。

(大方の予想としては、勇者アレクサンダーとフェルノは健在。……エリーゼは死亡、か……。勇者とフェルノは、新聖女マドゥルカを勇者パーティーに入れることに大賛成した……ってことなんだけど……)

どうも胡散臭い。

本当に勇者パーティーにマドゥルカという少女を入れたのかどうかも疑わしいと思えた。

アレクサンダーとフェルノこそ見つけられなかったものの、マドゥルカは〈教会〉本部の奥にある私室にいる姿を直接確認した。

だが、マドゥルカのいた〈教会〉本部のどこにもアレクサンダーとフェルノはいなかった。さらにいえば、2人が来た様子もない。それとなくマドゥルカの身の回りの世話をする侍女たちの話にも聞き耳を立てたが、勇者たちという来客があったという話はまったくなかった。

(……となると、やはり……)

一番考えられるのは既成事実を作ろうと〈教会〉が働きかけているということだろう。
まだ、勇者パーティーに聖女マドゥルカは入っていない。だが民衆がそう認識することで、そうすることが当たり前のような空気を作りたいのかもしれない。もしくはエリーゼの父の派閥への牽制か。

「……やっぱ、きな臭いよなぁ……」

導きの光リーディング・ライトのキメラのように、美しい宗教都市ロウは1匹の生物のように見える。その実、複数の生物を合成したもののようだった。しかもタチが悪いことに毒蛇の尾とライオンの頭と胴体の山羊は食い合うつもりかもしれないのだ。
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