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7章.Rex tremendae
失って得たもの
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新しい朝はピカピカのお日さまのもとしばし微睡み、剣の稽古から始まった。一汗かいて、シャワーを浴びて、ゆっくりと朝食の準備に取りかかる。
花のような香りのコーヒー豆をガラガラ挽いて、ロフトから降りてきた彼に「おはよう」。
「甘い…」
「こんなコーヒーもあるんだな」
香りといい、味といい、未知なる体験である。こんなに日常的なところに、新たな発見が潜んでいるとは。
「世界は広ぇ」
「本当に」
朝食を終えた二人は、さっそく出かける準備を始めた。
私服姿で帽子を被り、玄関のカギをかけたら出発だ。
「で、どこに行くんだ?」
振り返ると、微笑を浮かべて手を差し伸べられる。ミカエルは肩をすくめて彼の手を取った。
そうして瞬間移動した先は、
「海…」
「俺の知っているかぎり、ブランリスで一番美しい海だ」
黄金色の砂浜の向こうに、青い海が広がっている。
――ブランリスにも海があったんだ。
ミカエルは驚きとともに足を進めた。
砂浜は緑に囲まれており、他に人はいない。美しいこの景色は今、ミカエルとルシエルのために存在しているようだった。
「おまえ、海に入ったことある?」
「入ったことはないな」
「色んな魚がいて、珊瑚とかあって、すっげぇ綺麗なんだぜ」
あのときと同じ感動を、ミカエルは感じていた。
振り返って視線が交わる。
ルシエルは眩しそうに目を細めた。
「入るの?」
「これから街に行くんだろ」
「海を楽しんでからでも遅くない」
その言葉を聞いた瞬間、ミカエルは帽子を投げ捨てていた。上着を脱いで、シャツもブーツも脱ぎ捨てる。
「アクレプンでも、下履き一枚で入ってたわけ?」
「いや、ヤグニエが濡れてもいいような薄手の短パン貸してくれたから」
「ふぅん」
「ここにいるのはおまえだけだし。いいだろ」
「お好きに」
ルシエルは肩をすくめて、自身も服を脱いでいる。どうやらリニューアルした彼は、積極的に体験する方針らしい。
「つめたっ」
「すぐ慣れる」
「うぇ、しょっぱぁ…」
「それも慣れるぜ」
ミカエルは押し寄せる波に逆らって少しずつ進む彼の腕を掴み、海の中へ引っ張りこんだ。
「ちょ、ミカっ」
「おまえ、泳げるか?」
「引っ張り込んでから、聞くっ?」
ミカエルは笑って海に潜った。そういえば、ゴーグルをしていない。目は痛いし、視界がぼんやりしている。
ルシエルは大丈夫だろうか。
振り返ってみると、ミカエルを倣いバタ足で着いてきた。プハッと海面から顔を出す。少しして、彼も顔を出した。
ミカエルは波に揺られながら海水を飲まないように口を開く。
「ゴーグルなかったな」
「目を護るやつ?」
「おう。よく見えねぇや」
するとルシエルは前髪を掻き上げ、ミカエルの腕を掴んだ。その腕から、彼のエネルギァに包まれるような感覚がする。
「潜るよ」
「おう?」
彼に合わせて顔をつけてみた。ーー海中がクリアに見えるではないか。
ミカエルは驚いて海面から顔を出した。
顔を上げたルシエルがクッと笑む。
「どう?」
「なんで見えんだ? そういや、目、痛くなかった…」
「風の力さ。それで顔の辺りを覆ってみたんだ」
ルシエルによると、それが膜のようになり、硝子越しに海中を見るような感じにできるという。
「思いつきでやってみただけだけど」
「……スゴすぎだろ」
ルシエルはくすりと笑って、ミカエルを海中散歩に誘った。風の膜の効果は視界をクリアにするに留まらず、海中で呼吸ができる作用まであったのだ。
二人は手を繋いで光差す水の中を泳ぐ。
この海もなだらかに深くなっており、様々な魚がいた。
光る魚に鮮やかな珊瑚たち。
幻想的な世界に心を奪われ、遠くまで行ってしまわないようにするのが大変だった。
「はぁ…、最高だった」
浜辺に戻ったミカエルは、ゆめのような体験に高揚したままルシエルを振り返る。
「ああ…、ほんと、綺麗で…」
ルシエルはへにゃりと笑って浜辺に座りこんだ。興奮冷めやらずエネルギァに満ち満ちているミカエルとは対照的に、ずいぶん消耗している。
「あ。力、平気か?」
そうだ、今の彼は楽々と無限に力が使えるのではなかった。
「ちょっと休めば…、回復する…」
ルシエルはそのまま後ろに倒れ込み、大の字になって目を閉じた。
「おい、本当に平気かよ」
「へーきへーき…」
そのまま眠ってしまったので、どれほど消耗していたのかと思う。
ミカエルは傍らに寝転んで、彼を見詰める。もとの彼に戻れたのは喜ばしいことなのに、弱った姿を見るのがつらい。
「ルシ、ありがとな。……気づかなくてごめん」
楽しくて、楽しくて。
彼ががんばって力を使ってくれていることをすっかり忘れていた。
「……いいって。俺も…、楽しかったんだ…」
夢現に答える彼は小さく笑う。
「自分でも…、まだ…、把握してなかった…。こんな感覚、初めてだ…。ぜんぜん、身体が…、動かない…」
そんな状態なのに、ルシエルは楽しそうなのだ。
ミカエルは力の抜けた彼の手を握る。
「うちの森に、エネルギァを補給できる果実がある」
「へぇ…。もう少し……休んだら…、一度戻ろう…」
数時間後、彼が目を覚ますまで、ミカエルはじっと美しい眠り顔を見詰めていた。
花のような香りのコーヒー豆をガラガラ挽いて、ロフトから降りてきた彼に「おはよう」。
「甘い…」
「こんなコーヒーもあるんだな」
香りといい、味といい、未知なる体験である。こんなに日常的なところに、新たな発見が潜んでいるとは。
「世界は広ぇ」
「本当に」
朝食を終えた二人は、さっそく出かける準備を始めた。
私服姿で帽子を被り、玄関のカギをかけたら出発だ。
「で、どこに行くんだ?」
振り返ると、微笑を浮かべて手を差し伸べられる。ミカエルは肩をすくめて彼の手を取った。
そうして瞬間移動した先は、
「海…」
「俺の知っているかぎり、ブランリスで一番美しい海だ」
黄金色の砂浜の向こうに、青い海が広がっている。
――ブランリスにも海があったんだ。
ミカエルは驚きとともに足を進めた。
砂浜は緑に囲まれており、他に人はいない。美しいこの景色は今、ミカエルとルシエルのために存在しているようだった。
「おまえ、海に入ったことある?」
「入ったことはないな」
「色んな魚がいて、珊瑚とかあって、すっげぇ綺麗なんだぜ」
あのときと同じ感動を、ミカエルは感じていた。
振り返って視線が交わる。
ルシエルは眩しそうに目を細めた。
「入るの?」
「これから街に行くんだろ」
「海を楽しんでからでも遅くない」
その言葉を聞いた瞬間、ミカエルは帽子を投げ捨てていた。上着を脱いで、シャツもブーツも脱ぎ捨てる。
「アクレプンでも、下履き一枚で入ってたわけ?」
「いや、ヤグニエが濡れてもいいような薄手の短パン貸してくれたから」
「ふぅん」
「ここにいるのはおまえだけだし。いいだろ」
「お好きに」
ルシエルは肩をすくめて、自身も服を脱いでいる。どうやらリニューアルした彼は、積極的に体験する方針らしい。
「つめたっ」
「すぐ慣れる」
「うぇ、しょっぱぁ…」
「それも慣れるぜ」
ミカエルは押し寄せる波に逆らって少しずつ進む彼の腕を掴み、海の中へ引っ張りこんだ。
「ちょ、ミカっ」
「おまえ、泳げるか?」
「引っ張り込んでから、聞くっ?」
ミカエルは笑って海に潜った。そういえば、ゴーグルをしていない。目は痛いし、視界がぼんやりしている。
ルシエルは大丈夫だろうか。
振り返ってみると、ミカエルを倣いバタ足で着いてきた。プハッと海面から顔を出す。少しして、彼も顔を出した。
ミカエルは波に揺られながら海水を飲まないように口を開く。
「ゴーグルなかったな」
「目を護るやつ?」
「おう。よく見えねぇや」
するとルシエルは前髪を掻き上げ、ミカエルの腕を掴んだ。その腕から、彼のエネルギァに包まれるような感覚がする。
「潜るよ」
「おう?」
彼に合わせて顔をつけてみた。ーー海中がクリアに見えるではないか。
ミカエルは驚いて海面から顔を出した。
顔を上げたルシエルがクッと笑む。
「どう?」
「なんで見えんだ? そういや、目、痛くなかった…」
「風の力さ。それで顔の辺りを覆ってみたんだ」
ルシエルによると、それが膜のようになり、硝子越しに海中を見るような感じにできるという。
「思いつきでやってみただけだけど」
「……スゴすぎだろ」
ルシエルはくすりと笑って、ミカエルを海中散歩に誘った。風の膜の効果は視界をクリアにするに留まらず、海中で呼吸ができる作用まであったのだ。
二人は手を繋いで光差す水の中を泳ぐ。
この海もなだらかに深くなっており、様々な魚がいた。
光る魚に鮮やかな珊瑚たち。
幻想的な世界に心を奪われ、遠くまで行ってしまわないようにするのが大変だった。
「はぁ…、最高だった」
浜辺に戻ったミカエルは、ゆめのような体験に高揚したままルシエルを振り返る。
「ああ…、ほんと、綺麗で…」
ルシエルはへにゃりと笑って浜辺に座りこんだ。興奮冷めやらずエネルギァに満ち満ちているミカエルとは対照的に、ずいぶん消耗している。
「あ。力、平気か?」
そうだ、今の彼は楽々と無限に力が使えるのではなかった。
「ちょっと休めば…、回復する…」
ルシエルはそのまま後ろに倒れ込み、大の字になって目を閉じた。
「おい、本当に平気かよ」
「へーきへーき…」
そのまま眠ってしまったので、どれほど消耗していたのかと思う。
ミカエルは傍らに寝転んで、彼を見詰める。もとの彼に戻れたのは喜ばしいことなのに、弱った姿を見るのがつらい。
「ルシ、ありがとな。……気づかなくてごめん」
楽しくて、楽しくて。
彼ががんばって力を使ってくれていることをすっかり忘れていた。
「……いいって。俺も…、楽しかったんだ…」
夢現に答える彼は小さく笑う。
「自分でも…、まだ…、把握してなかった…。こんな感覚、初めてだ…。ぜんぜん、身体が…、動かない…」
そんな状態なのに、ルシエルは楽しそうなのだ。
ミカエルは力の抜けた彼の手を握る。
「うちの森に、エネルギァを補給できる果実がある」
「へぇ…。もう少し……休んだら…、一度戻ろう…」
数時間後、彼が目を覚ますまで、ミカエルはじっと美しい眠り顔を見詰めていた。
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