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7章.Rex tremendae
夏の果て
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靴だけはしっかり乾かしたいと言ってルシエルが風を起こす。川から上がったミカエルも、火を起こして協力した。
「すっかり夕方になっちまったな」
「日が落ちる前に帰ろう」
燃えるような空の下、二人は森の家へ向け帰路を行く。夕日に照らされて、ルシエルの髪が橙色にきらきら輝いていた。
「情熱的だな」
空に目をやっていたルシエルが呟いて振り返る。
「はあ?」
「空の色さ」
くすりと笑う彼の瞳も橙色の中だった。
「日が落ちると、一気に気温が下がる」
「おう。昼間もだいぶ涼しくなった」
美しい声で鳴いているあの鳥も、もうじき暖かい地域へ渡っていくのだろう。
家に帰り着いたミカエルは、ふと目についた手帳を開いた。そこに書きこみがあり、目を瞬く。
"今日、そちらを訪ねても?"
意識を取り戻してから、まだゾフィエルと会っていない。いいぜと書くとすぐに書いた字が消え、少しして、玄関ドアをノックする音がした。
「隊長さん?」
「おう」
リビングで寛いでいたルシエルにチラと目をやり、玄関へ。ドアを開ければ、私服姿のゾフィエルが立っていた。珍しいことに、手荷物を持っている。
目が合って、ホッとしたような顔になった。
「元気になったようだな」
「おう。おまえも無事でよかった」
「力の融合をしたおかげだ。あれがなければ、命はなかったかもしれん」
「ああ…、俺もそうかもな」
二人は肩をすくめて苦笑した。
あのときは、己の命がどうなろうと構わないとすら思ったミカエルだが、こうして穏やかな時を過ごしていると、生きていてよかったと思うのだ。
ゾフィエルが微笑を浮かべて口を開く。
「ミカ、誕生日おめでとう」
「……あ? ああ、そんな頃か」
ミカエルは頭の中で、今日の日付を思い出す。
「こうして祝うことができて、本当によかった。こちらは陛下から。これは私からのプレゼントだ」
持っていた袋を開けて取り出されたのは、小さな白い四角い箱と、お洒落な紙袋だった。白い箱には縁が金の青いリボンが巻かれており、ブランリス王家らしい配色だ。
「受け取ってくれ。陛下は、父親として君に贈りたいのだと仰っていた」
「……どうも」
ずずいと差し出されたミカエルは、なんとも言えない気分で贈り物を受け取った。
「入れよ」
立ち話もなんなので、リビングに招く。
ソファでリラックスしていたルシエルと目が合うと、ゾフィエルはビクリと動きを止めた。
「こうなったの、見てなかったのか?」
「……いや、雰囲気が、すっかり変わって」
「俺も驚いたぜ」
ルシエルの方を向いて言えば、肩をすくめる。彼はミカエルの手元にプレゼントを発見し、眉を上げた。
「快気祝い?」
「いや、誕生日の」
「誕生日!?」
今度は身体ごとミカエルの方を向き、かすかに眉根を寄せている。
「なんで言わないんだ」
「……今日じゃねえし、」
ミカエルは口を尖らせた。実際のところ、ゾフィエルに言われるまで誕生日のたの字も思い浮かばなかったわけで。
するとゾフィエルが腕を広げる。
「今日だろう? 陛下がそうおっしゃっていた」
「あ? 明日だ。師匠が言ってた」
二人はしばし相手の目を探るように見て、互いにふむと思考を巡らせた。
「陛下が間違えるわけがない」
「……師匠は聞かされてなかったのかもな」
「君の感覚からすれば、前日に祝われた気分だったわけか」
「いや…、毎年買い出しに出た師匠がケーキ買ってきてくれたけど、誕生日付近に買い出しに行った日に祝われてたから」
ミカエルはあまり誕生日を気にしたことがなかった。同じ日にちに毎年祝われていたわけでもないし、そもそも生活のなかで暦を気にする必要などなかったのだ。
「もしかしたら、明確な日付がわからなかったため、この付近と毎年当たりをつけていたのかもしれんな」
思い出してみれば、幼い頃になんとなく誕生日を聞いたとき、バラキエルは頭を掻いて少々困った様子だった。無邪気に尋ねた子どもの手前、知らないとは言えなかったのかもしれない。
「……べつにいいけどよ」
ミカエルは小さく溢し、王――血の繋がりのある父親がくれた箱のリボンを解いた。
「すっかり夕方になっちまったな」
「日が落ちる前に帰ろう」
燃えるような空の下、二人は森の家へ向け帰路を行く。夕日に照らされて、ルシエルの髪が橙色にきらきら輝いていた。
「情熱的だな」
空に目をやっていたルシエルが呟いて振り返る。
「はあ?」
「空の色さ」
くすりと笑う彼の瞳も橙色の中だった。
「日が落ちると、一気に気温が下がる」
「おう。昼間もだいぶ涼しくなった」
美しい声で鳴いているあの鳥も、もうじき暖かい地域へ渡っていくのだろう。
家に帰り着いたミカエルは、ふと目についた手帳を開いた。そこに書きこみがあり、目を瞬く。
"今日、そちらを訪ねても?"
意識を取り戻してから、まだゾフィエルと会っていない。いいぜと書くとすぐに書いた字が消え、少しして、玄関ドアをノックする音がした。
「隊長さん?」
「おう」
リビングで寛いでいたルシエルにチラと目をやり、玄関へ。ドアを開ければ、私服姿のゾフィエルが立っていた。珍しいことに、手荷物を持っている。
目が合って、ホッとしたような顔になった。
「元気になったようだな」
「おう。おまえも無事でよかった」
「力の融合をしたおかげだ。あれがなければ、命はなかったかもしれん」
「ああ…、俺もそうかもな」
二人は肩をすくめて苦笑した。
あのときは、己の命がどうなろうと構わないとすら思ったミカエルだが、こうして穏やかな時を過ごしていると、生きていてよかったと思うのだ。
ゾフィエルが微笑を浮かべて口を開く。
「ミカ、誕生日おめでとう」
「……あ? ああ、そんな頃か」
ミカエルは頭の中で、今日の日付を思い出す。
「こうして祝うことができて、本当によかった。こちらは陛下から。これは私からのプレゼントだ」
持っていた袋を開けて取り出されたのは、小さな白い四角い箱と、お洒落な紙袋だった。白い箱には縁が金の青いリボンが巻かれており、ブランリス王家らしい配色だ。
「受け取ってくれ。陛下は、父親として君に贈りたいのだと仰っていた」
「……どうも」
ずずいと差し出されたミカエルは、なんとも言えない気分で贈り物を受け取った。
「入れよ」
立ち話もなんなので、リビングに招く。
ソファでリラックスしていたルシエルと目が合うと、ゾフィエルはビクリと動きを止めた。
「こうなったの、見てなかったのか?」
「……いや、雰囲気が、すっかり変わって」
「俺も驚いたぜ」
ルシエルの方を向いて言えば、肩をすくめる。彼はミカエルの手元にプレゼントを発見し、眉を上げた。
「快気祝い?」
「いや、誕生日の」
「誕生日!?」
今度は身体ごとミカエルの方を向き、かすかに眉根を寄せている。
「なんで言わないんだ」
「……今日じゃねえし、」
ミカエルは口を尖らせた。実際のところ、ゾフィエルに言われるまで誕生日のたの字も思い浮かばなかったわけで。
するとゾフィエルが腕を広げる。
「今日だろう? 陛下がそうおっしゃっていた」
「あ? 明日だ。師匠が言ってた」
二人はしばし相手の目を探るように見て、互いにふむと思考を巡らせた。
「陛下が間違えるわけがない」
「……師匠は聞かされてなかったのかもな」
「君の感覚からすれば、前日に祝われた気分だったわけか」
「いや…、毎年買い出しに出た師匠がケーキ買ってきてくれたけど、誕生日付近に買い出しに行った日に祝われてたから」
ミカエルはあまり誕生日を気にしたことがなかった。同じ日にちに毎年祝われていたわけでもないし、そもそも生活のなかで暦を気にする必要などなかったのだ。
「もしかしたら、明確な日付がわからなかったため、この付近と毎年当たりをつけていたのかもしれんな」
思い出してみれば、幼い頃になんとなく誕生日を聞いたとき、バラキエルは頭を掻いて少々困った様子だった。無邪気に尋ねた子どもの手前、知らないとは言えなかったのかもしれない。
「……べつにいいけどよ」
ミカエルは小さく溢し、王――血の繋がりのある父親がくれた箱のリボンを解いた。
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