上 下
159 / 170
7章.Rex tremendae

夏の果て

しおりを挟む
 靴だけはしっかり乾かしたいと言ってルシエルが風を起こす。川から上がったミカエルも、火を起こして協力した。

「すっかり夕方になっちまったな」
「日が落ちる前に帰ろう」

 燃えるような空の下、二人は森の家へ向け帰路を行く。夕日に照らされて、ルシエルの髪が橙色にきらきら輝いていた。

「情熱的だな」

 空に目をやっていたルシエルが呟いて振り返る。

「はあ?」
「空の色さ」

 くすりと笑う彼の瞳も橙色の中だった。

「日が落ちると、一気に気温が下がる」
「おう。昼間もだいぶ涼しくなった」

 美しい声で鳴いているあの鳥も、もうじき暖かい地域へ渡っていくのだろう。
 家に帰り着いたミカエルは、ふと目についた手帳を開いた。そこに書きこみがあり、目を瞬く。

 "今日、そちらを訪ねても?"

 意識を取り戻してから、まだゾフィエルと会っていない。いいぜと書くとすぐに書いた字が消え、少しして、玄関ドアをノックする音がした。

「隊長さん?」
「おう」

 リビングでくつろいでいたルシエルにチラと目をやり、玄関へ。ドアを開ければ、私服姿のゾフィエルが立っていた。珍しいことに、手荷物を持っている。
 目が合って、ホッとしたような顔になった。

「元気になったようだな」
「おう。おまえも無事でよかった」
「力の融合をしたおかげだ。あれがなければ、命はなかったかもしれん」
「ああ…、俺もそうかもな」

 二人は肩をすくめて苦笑した。
 あのときは、己の命がどうなろうと構わないとすら思ったミカエルだが、こうして穏やかな時を過ごしていると、生きていてよかったと思うのだ。
 ゾフィエルが微笑を浮かべて口を開く。

「ミカ、誕生日おめでとう」
「……あ? ああ、そんな頃か」

 ミカエルは頭の中で、今日の日付を思い出す。

「こうして祝うことができて、本当によかった。こちらは陛下から。これは私からのプレゼントだ」

 持っていた袋を開けて取り出されたのは、小さな白い四角い箱と、お洒落な紙袋だった。白い箱には縁が金の青いリボンが巻かれており、ブランリス王家らしい配色だ。

「受け取ってくれ。陛下は、父親として君に贈りたいのだと仰っていた」
「……どうも」
 
 ずずいと差し出されたミカエルは、なんとも言えない気分で贈り物を受け取った。

「入れよ」

 立ち話もなんなので、リビングに招く。
 ソファでリラックスしていたルシエルと目が合うと、ゾフィエルはビクリと動きを止めた。

「こうなったの、見てなかったのか?」
「……いや、雰囲気が、すっかり変わって」
「俺も驚いたぜ」

 ルシエルの方を向いて言えば、肩をすくめる。彼はミカエルの手元にプレゼントを発見し、眉を上げた。

「快気祝い?」
「いや、誕生日の」
「誕生日!?」

 今度は身体ごとミカエルの方を向き、かすかに眉根を寄せている。

「なんで言わないんだ」
「……今日じゃねえし、」

 ミカエルは口を尖らせた。実際のところ、ゾフィエルに言われるまで誕生日のたの字も思い浮かばなかったわけで。
 するとゾフィエルが腕を広げる。

「今日だろう? 陛下がそうおっしゃっていた」
「あ? 明日だ。師匠が言ってた」

 二人はしばし相手の目を探るように見て、互いにふむと思考を巡らせた。

「陛下が間違えるわけがない」
「……師匠は聞かされてなかったのかもな」
「君の感覚からすれば、前日に祝われた気分だったわけか」
「いや…、毎年買い出しに出た師匠がケーキ買ってきてくれたけど、誕生日付近に買い出しに行った日に祝われてたから」

 ミカエルはあまり誕生日を気にしたことがなかった。同じ日にちに毎年祝われていたわけでもないし、そもそも生活のなかで暦を気にする必要などなかったのだ。

「もしかしたら、明確な日付がわからなかったため、この付近と毎年当たりをつけていたのかもしれんな」

 思い出してみれば、幼い頃になんとなく誕生日を聞いたとき、バラキエルは頭を掻いて少々困った様子だった。無邪気に尋ねた子どもの手前、知らないとは言えなかったのかもしれない。

「……べつにいいけどよ」

 ミカエルは小さく溢し、王――血の繋がりのある父親がくれた箱のリボンを解いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...