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7章.Rex tremendae
夏日影
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アズラエルは息を吐き、肩をすくめる。
「そのまま力を使い果たしたら、貴方は死にましょう。あとは私にお任せを」
指先が冷たくなったのを感じていたミカエルは、苦々しい顔で睫毛を伏せた。
「依頼料は、あとで払う」
「それなら、頼みたいことがあるのだが」
「……依頼料の、代わりにってことか?」
「左様」
ミカエルが頷くと、アズラエルはルシエルの治癒を開始した。
「寝転がって体力の温存を。死なれては、大損ですからね」
ミカエルは素直に横になり、身体の力を抜いた。
ルシエルを喪うかもしれない。考えるとゾッとして、唇が震えた。
「ご安心を。誰も死なせやしません」
ホロホロと涙がこぼれる。
「……まったく、力を増幅する代物を持っていてよかった。これだから若い者は目が離せないのだ…」
アズラエルはぶつぶつ言いながらルシエルを見事に治癒し、ミカエルにも治癒を施し始めた。
そこへふと、起き上がった影がぼんやり並ぶ。
「もう平気か?」
「……ああ」
安心したら、眠くなってきた。
「俺が起きたとき、そばにいろよ…」
心地よい安らぎの中、ミカエルは意識を失った。
†††
ベリアルは日陰の道を選び、よろめきながら駆ける。
――ルシファーが死のうとした。
ルシファ-が自身の腸を貫いた光景が頭を離れない。真っ黒い背中から鮮やかな赤が噴き出して、彼はゆっくりと倒れていった。
――ルシファーが死のうとした。
その向こうで共に倒れたミカエルが、赤い血溜りに横たわるルシファーに手を翳し、必死に治癒を施していた。
――どうして? 彼を選ぶの?
せっかく仲間ができたと思ったのに、やっぱり自分は捨てられるのか。ある日、ふっつりと姿を見せなくなったあの人のように。
――ボクができそこないだから。
曲がり角で、向こうから来た人にぶつかった。
制服。衛兵か。ベリアルは慌てて身を翻す。衛兵は条件反射のように追ってきて、ボソリと呟いた。
「待てよ、この氣質…」
――いやだ、いやだいやだ。
「バクリーの研究所から逃げた奴か」
心臓がキュッと縮こまる。
痛手を負った身体ではろくに攻撃もできず、ベリアルは大柄の衛兵に捕まってしまった。なんと運が悪いことだろう。この顔は、研究所で見たことがある。
「ずいぶん暴れて来たようだな。しかし、よく見ればいい身なりをしている。どこかで飼われていたのか?」
厳めしく骨張った髭面が醜悪な笑みを浮かべる。強張った身体で、精一杯の抵抗も虚しく首に窮屈な物を装着された。
「隊長! ……そちらは?」
新たにやって来た衛兵が、興味深そうにベリアルの顔を覗き込む。
「牢にぶち込んでおけ。色々と、聞かねばなるまい事があるのでな」
無常な声が、地獄のような日々への回帰を告げた。
「こら、大人しくしろ!」
「こいつはこれで大層丈夫だ。少々手粗に扱ったところで、死にはせん」
ベリアルは力の限り暴れたが、二人掛かりで乱暴に取り押さえられ、最後には首に手刀を食らって気絶した。
「しっかり繋いでおけよ」
「はっ!」
傷ついた蒼白い頬に、人知れず透明な雫が一筋流れた。
「そのまま力を使い果たしたら、貴方は死にましょう。あとは私にお任せを」
指先が冷たくなったのを感じていたミカエルは、苦々しい顔で睫毛を伏せた。
「依頼料は、あとで払う」
「それなら、頼みたいことがあるのだが」
「……依頼料の、代わりにってことか?」
「左様」
ミカエルが頷くと、アズラエルはルシエルの治癒を開始した。
「寝転がって体力の温存を。死なれては、大損ですからね」
ミカエルは素直に横になり、身体の力を抜いた。
ルシエルを喪うかもしれない。考えるとゾッとして、唇が震えた。
「ご安心を。誰も死なせやしません」
ホロホロと涙がこぼれる。
「……まったく、力を増幅する代物を持っていてよかった。これだから若い者は目が離せないのだ…」
アズラエルはぶつぶつ言いながらルシエルを見事に治癒し、ミカエルにも治癒を施し始めた。
そこへふと、起き上がった影がぼんやり並ぶ。
「もう平気か?」
「……ああ」
安心したら、眠くなってきた。
「俺が起きたとき、そばにいろよ…」
心地よい安らぎの中、ミカエルは意識を失った。
†††
ベリアルは日陰の道を選び、よろめきながら駆ける。
――ルシファーが死のうとした。
ルシファ-が自身の腸を貫いた光景が頭を離れない。真っ黒い背中から鮮やかな赤が噴き出して、彼はゆっくりと倒れていった。
――ルシファーが死のうとした。
その向こうで共に倒れたミカエルが、赤い血溜りに横たわるルシファーに手を翳し、必死に治癒を施していた。
――どうして? 彼を選ぶの?
せっかく仲間ができたと思ったのに、やっぱり自分は捨てられるのか。ある日、ふっつりと姿を見せなくなったあの人のように。
――ボクができそこないだから。
曲がり角で、向こうから来た人にぶつかった。
制服。衛兵か。ベリアルは慌てて身を翻す。衛兵は条件反射のように追ってきて、ボソリと呟いた。
「待てよ、この氣質…」
――いやだ、いやだいやだ。
「バクリーの研究所から逃げた奴か」
心臓がキュッと縮こまる。
痛手を負った身体ではろくに攻撃もできず、ベリアルは大柄の衛兵に捕まってしまった。なんと運が悪いことだろう。この顔は、研究所で見たことがある。
「ずいぶん暴れて来たようだな。しかし、よく見ればいい身なりをしている。どこかで飼われていたのか?」
厳めしく骨張った髭面が醜悪な笑みを浮かべる。強張った身体で、精一杯の抵抗も虚しく首に窮屈な物を装着された。
「隊長! ……そちらは?」
新たにやって来た衛兵が、興味深そうにベリアルの顔を覗き込む。
「牢にぶち込んでおけ。色々と、聞かねばなるまい事があるのでな」
無常な声が、地獄のような日々への回帰を告げた。
「こら、大人しくしろ!」
「こいつはこれで大層丈夫だ。少々手粗に扱ったところで、死にはせん」
ベリアルは力の限り暴れたが、二人掛かりで乱暴に取り押さえられ、最後には首に手刀を食らって気絶した。
「しっかり繋いでおけよ」
「はっ!」
傷ついた蒼白い頬に、人知れず透明な雫が一筋流れた。
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