上 下
130 / 170
5章.Dies irae

会いたい

しおりを挟む
 ――もう一度、ルシに会いたい。

 ミカエルは目を閉じてルシエルの波長を捉えようとした。
 集中してもわからない。ルシエルがわからないようにしているのだろう。
 顔を上げ、まっすぐにアズラエルを見る。

「おまえは色んな所に行ったことがあるんだよな」

 突然の質問に動じることなく、アズラエルは微笑を浮かべた。

「それはもう、古今東西」
「頼みがある」

 ミカエルは凛とした眼差しで彼を捉えたまま、ルシエルと再会したいむねを語った。

「探し人の情報と、移動の手伝い。二点のご依頼ということですね」
「ああ」
「依頼料の請求先は貴方きほうで?」
「……ああ」

 ミカエルは一瞬、言葉を失った。費用について、まったく頭になかったのだ。

「金ならある」

 王権下でのデビル退治を辞めたとき、報酬としてたくさんの金貨をもらった。それに、今は教皇庁から報酬を得ている。

「では、後ほど請求します」
「おう」
「これをお持ちください」

 アズラエルがミカエルの手のひらに乗せたのは、鉱物を紐で吊るしたネックレスだった。

「何かありましたら、こちらに触れて私の名をお呼びください」
「ツーコーと同じ感じか?」
「会話はできません。呼ばれたら参ります。それでは、幸運を」

 社交辞令の声に見送られ、ミカエルは振り返ることなく歩み出す。
 黙々と足を動かし続け、山頂付近まで来てほぅと息を吐きだした。

「ミカ、」

 不意に聞こえた涼やかな声。ゾフィエルが手を上げやって来る。辺りを見渡し、笑みを溢した。

「見晴らしがいいな」
「おう」

 眼下に望む町や田畑に草原。向こうの山々もよく見える。

「……彼はまだ戻らないか」
「……ああ」
「そうか…」

 ゾフィエルは心配して来てくれたのかもしれない。

「さっき、アズラエルと会った。ルシを探してほしいって頼んだぜ」
「彼の居場所はわからないんだな」
「おう。けど、ぜってぇ見つけて、また会ってやる」

 クッと口角を上げると、ゾフィエルは安心したように微笑み、頷いた。

「おまえは相変わらず忙しそうだな」
「ああ…、次はナンバラ王国へ行く。先王の血を継ぐ者が幽閉されてな。彼を助けに行くんだ」
「へえ。人助けか」

 意外に思っていると、ゾフィエルは苦笑する。

「君の想像通りだ。政策のためさ。ナンバラは、サクラムとブランリスの間にある小国でな。王位を狙っている者はサクラム寄りなんだ」

 ナンバラ王国は、跡継ぎ問題で大臣たちの意見が割れ、激しい内乱が起こっているらしい。
 なんでも、「息子を後継に」と言い残して女王が亡くなったのだが、女王の夫なる人物が再婚した女性が野心家で、自分たちの間に生まれた子に王位を継がせようとしているのだとか。

「……ブランリスとしては、こっち寄りの王様でいてほしいってことか」
「ああ。正当なる後継者は、ブランリス王家の遠縁にあたるしな。ちなみに、彼を幽閉した父親はサクラム出身だ」

 ナンバラ王国には、王ヨハエルも向かうらしい。戦場に強いサクラム王も出てくるに違いないとのこと。それはフェルナンデルやレリエルの祖父にあたる人物だ。ちなみに彼らの父親は、イファノエ帝国の皇帝である。

「言っちまえば、ブランリスとサクラムの王家同士が戦する感じだな」
「その通りだ。お二方には因縁があってな」
「因縁?」
「もともと馬が合わないらしいが、過去には女性を取り合って戦になりかけた」
「……へえ」
「それが君の母君だ」
 
 ミカエルは目を瞬いた。

「そういうわけで、少しの間、すぐには君のところへ来られなくなる」
「おう」
「ではな」
「なぁ、」 

 いつものようにサラッと瞬間移動しようとしたゾフィエルを引きとめる。ミカエルは、小首を傾げて言った。

「おまえも闘うんだろ。力の融合、したほうがいいんじゃね?」
「……いいのか?」
「……おう」

 ゾフィエルはかすかにんでミカエルを抱きしめた。

「送るぞ」
「ん、」

 黄金色の波が押し寄せる。
 この恍惚とした感覚は、望まない体験で知ったものより深く内側から湧き出るようだ。心地良く、穏やかに満たされていく――。
 満たされれば自然と溢れ、エネルギァは彼へ向かった。ミカエルは心地良さのなか、混じり合って一つになる感覚に身を任せる。

「……行ってくる」
「ああ」

 緑味を帯びた群青色の瞳と近距離で見詰め合う。
 ミカエルの頬をそっと撫で、ゾフィエルは瞬間移動で消えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...