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5章.Dies irae

あちらとこちら

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 翌朝、目覚めた少年が早く家に帰りたいと言うので、まだ早い時間だったが瞬間移動で昨夜の場所へ行き、少年の家へ向かうことにした。

「ぼくの家はアルクスにあるよ」
「って言われてもな」

 ミカエルにはサッパリだ。ルシエルを見やれば肩をすくめる。
 話を聞いてみると昨日寄った町ではないようで、とりあえず、この林を抜けてしまおうと決めた。

「覚えてる最後は何してたんだ?」
「うーん…、そろそろご飯だから帰らなきゃと思って、家に向かってた」
「どこから、」
「うらの林」

 少年は、林の中で一人で遊んでいたと言う。

「あのね、ぼくになついてくれた動物がいるの」

 昨夜は死にそうな目に遭ったというのに、記憶がない少年は呑気なものだ。

「これからは、あんまり一人になるなよ」

 少年は不服そうな顔をしていたが、それでもコクリと頷いた。

「町だ」

 最初に見つけるのはやはり、背が高いルシエルで。

「ぼくの町だよ!」

 ミカエルが抱っこして見せてやると、少年は嬉しそうに笑った。
 林を抜けたところで町の人に遭遇し、あれよという間に彼の母親が駆けつけた。

「ミュリー!」

 彼女はひっしと少年を抱き締める。

「無事でよかったわ」

 涙ぐむ彼女は、少年からミカエルたちの紹介を受けると、深々とお辞儀した。

「そうだわ、朝食はもう済ませたかしら」

 少年の勢いに押されて家を出たミカエルは首を振る。「よかったら家でどう?」との誘いを受け、少年の家にお邪魔することになった。
 手作りのタペストリーなどが飾られている家は、温もりを感じてほっこりする。

「この町じゃ、よく子どもがいなくなるのか?」
「……たまにあることよ」

 パンを切り分けながら、彼女は目を伏せた。

「今はもう平和だけど、昔は戦場が近かったの」

 その頃は、侵略先から連れてきた人をたくさん使って農業などを行い、ここらは栄えていたらしい。

「捕虜として連れて来られた人たちが住んでできたのが、林の向こうの町なのよ」

 彼らは周辺の町に恨みを抱いている。同じ人間と見なされず、随分酷い扱いをされていたからだ。

「私たちはもう昔の話だと思っているけれど。……向こうは違うみたい」

 彼らの故郷は併合されて、戦は終わった。
 戦に関わる人々が引き上げて静けさが戻ると、捕虜の人々がいたころの出来事は、急速に過去になった。

「あの人たちも、早く忘れてしまえばいいのに」

 野菜をたっぷり乗せたパンを渡すその顔には、暗い影が落ちていた。


「ありがとう!」
「おう、元気でな」

 少年に見送られ、二人は温かな家を後にする。

『わるい人をこらしめたり、しかえししてくれるの!』

 例の町で聞いた無邪気な子どもの声が、ミカエルの脳裏に響いた。
 
「終わんねえだろうな」

 向こうは忘れる気などなさそうだ。

「君が邪石を壊したから、もうあの儀式はできないだろう」
「……ああ」

 ミカエルは、洞窟でルシエルの様子が変だったことを思い出した。

「おまえ、あの時、」
「重い感情に引っ張られた」

 ルシエルは息を吐くように言った。
 あの場に渦巻く人々の感情に自身の黒い部分が共鳴し、ぶわっと闇が膨れるのを感じていたという。そうなると、少年の叫び声すら耳に心地よく、真っ赤な鮮血はこの上なく甘美な飲み物のように目に映ったのだ。

「おぞましいのは、俺という存在だ」
「そんな事ねえ。おまえはいいやつだ。あのガキ助けられたのも、おまえのおかげだしな」

 ミカエルの治癒だけでは、救えていたかわからない。

「そうだ、教皇領に報告に行かねえと」

 定期的に訪れるよう言われているのだ。瞬間移動しようとしたとき、「ミカ、」と呼び止められた。

「あ?」

 振り返ると、感情の読めない瞳がミカエルを捉えていた。

「俺がおかしくなったら、君が殺してくれ」
「……物騒なこと言うんじゃねえよ。今回だって、何もなかっただろ」
「次もそうとは言い切れない」

 頑なに言うので仕方なく頷く。

「わかった。おまえがおかしくなったら、俺が止める」
「無闇に誰かを殺すくらいなら、俺が殺されたほうがいい」
「……おう」

 ルシエルはじっとミカエルを見詰めている。
 無言の圧力に負け、ミカエルは言葉を続けた。

「そのときは、俺が殺してやる」

 ルシエルのほうが強いのだし、本当にミカエルに殺せるかわからない。そもそも、そうなる前に止めればいいのだ。

 ――たぶん、そういうことじゃねえ。

 その言葉でルシエルが安心できるなら、それでよかった。
 
「……俺は家にいる」
「おう」

 ミカエルも瞬間移動で家に行き、制服に着替えて教皇領へ向かった。
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