上 下
119 / 170
5章.Dies irae

新らしく異なる日々

しおりを挟む
 どこまでも続いていそうな平らな道。
 ミカエルとルシエルは、通りがかった荷馬車をヒッチハイクして荷台に乗せてもらった。

長閑のどかだな」

 二人は立ったまま木製の囲いに肘をつき、過ぎ去る景色を見ている。
 見渡すかぎり緑だ。その向こうに山と空。強い日差しが降り注ぎ、そよぐ風が心地よい。

 ――教会の人間になって早一ヵ月。

 やっていることは、王権下でデビル退治をしていた頃と変わらない。気ままに旅をし、時に呼ばれてデビル退治の応援に行ったりする。
 わかりやすい変化は着ている制服だ。
 青いイメージだった制服が、赤いイメージになっている。特徴的なのはシャツや上着の腕の上部がふわっとなっていることだ。そこから覗く黒。最初に着たときは、どうなっているのだろうと思った。腕の下のほうはピッタリしているので、動きにくさはない。
 この制服の良い点は、気温が高い時期は上着を着なくていいことだ。しかしながら、黒いアクセントの入った赤いベストは着なくてはならない。それから、ズボンも短い。ダボッとした黒いズボンを膝の辺りで縛って留める。ブーツではなく靴でも良いのもありがたかった。

「教皇領は比較的温かい地域にあるからね」

 とは、ルシエルの言葉である。山に行くときにはブーツを履くなど、衛兵は柔軟に対応しているらしかった。
 教会のためにやっているのではない。デビル退治はやるべきだと思うし、お腹の子を護るためだ。そう思えば、制服の色はあまり気にならなかった。

「おや、移動中ですか」
「……おう」

 いきなり荷台に現れたのはラファエルだ。ミカエルのエネルギァは見つけやすいという。

「君の衛兵姿も見慣れましたね」
「おまえは暑くねえのか?」

 修道士のラファエルは相変わらず全身真っ黒の制服姿。
 見ているだけで暑苦しい。

「暑いですよ」

 貼り付けられた微笑が、なにを当然のことをと言いたげだ。ミカエルは眉を上げ、沈黙した。
 お腹に手を当てられて、いつものように診察が始まる。

「順調です。体調の変化は?」
「ねーよ」
「そろそろ、自身のエネルギァでここを覆うように意識したほうがいいかもしれません」
「おう」

 自分で感じる身体的変化はない。よく寝るようになったことくらいだろうか。ただ、異なるエネルギァは常に腹に感じており、そこに命が宿っていることを主張していた。

「それでは、神のご加護があらんことを」

 お決まりの言葉を残し、ラファエルはさっと消えた。

 なんだか眠くなってきた。

「こっから、ちぃと揺れるぞ」
「おー」

 ミカエルは欠伸して、荷馬車前方から掛かった声に適当に返す。そちらを向けば、山道に差し掛かっていた。
 不意にガタガタと揺れ始めた荷台。

「ぅおっ」

 たまに石に乗り上げ、身体が一瞬ふっと浮き上がることもしばしばだ。

「気ぃつけなー!」
「オッサンがな!」

 ただでさえくねくねした道なのに、平らな道と同じ速度で走っているのだから堪らない。よくコースアウトしないものだ。

「ヒーハー!」

 前方から奇妙な叫び声が聞こえてくる。

「……絶好調っらしい」

 ルシエルが浮いた木箱を抑えてボソリと落とした。

「別人じゃねえかっ」

 平地で声をかけた時は、おっとりした雰囲気の優しそうなおじさんだったのだ。

「っ」

 急カーブ。
 片側の車輪が浮いている。
 倒れそうで倒れない。そのスレスレを荷馬車はキープした。
 
「おいオッサン、気ィつけろよ!」

 ガタンと戻った荷台で叫ぶミカエル。二人が抑えていなかったら、三分の一の荷が落ちていただろう。

「ありがとな坊主たち! けどよ、山賊に襲われるよかマシだ!」
「山賊?」

 そのとき、素晴らしいスピードで過ぎ去る風景のなかに武器を手にした人影を見た。
 彼らは荷馬車の前に飛び出そうとして慌てて引っ込んだり、木の上からこちらをポカンと見下ろしている。

 山道を抜け平地へ戻ると、男は先ほどのハッスル振りが嘘のような、おっとり口調で語ってくれた。

「オイラっちしがない商人は、護衛を雇う金もねえんで、山賊の餌食えじきになるんだな。ちぃと落としても、全部取られるよりぁマシってもんだ」

 それで、あのようなスピードだったらしい。

「何よりよ、あのスリルがいいんだな。一度やったら、やみつきだぁ」

 はっはっはっ

 朗らかな笑い声に脱力し、空を仰いだミカエルだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...