上 下
95 / 170
4章.Tractus

ぐつぐつ

しおりを挟む
 ミカエルは睫毛を伏せる。

「時間がかかるってのは、あるかもな。条件は…、たぶん、満たしちまってる」
「それなら、俺とする意味はない」
「けどあいつ、俺が他のやつらにヤられるとき、なんか孕まねえようにするヤツいつも入れてきたんだ」
「……内壁に触れないよう、膜を張るような物?」
「おう」

 わざわざそれを入れてきたのには、理由があるはずだ。

「他のやつのが触れると上手くいかねえとか、あるんじゃねえか」
「……ないとは言い切れない」
「それなら、おまえとヤれば孕まなくて済む」

 そちらを向くと、ルシエルは肩をすくめた。

「嫌じゃないわけ?」
「なにが」
「その行為や、俺にヤられること」

 ミカエルはムスッと前を向く。

「知らねえ相手に好き勝手されんのはイヤだ。……おまえなら、イヤじゃねえ」
「……へえ」

 民家が途切れ、細い道になった。
 ミカエルは暗い土の道に目を落とす。

「……俺、すげぇ感じて変になるかもしんねえけど、……」
「君がどんなに乱れても、嫌になったりしない」
「……おう」

 少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。

「それより、問題は俺のほうだ。デビル成分を抑えきれなくなったら、君に酷いことをするかもしれない」
「大丈夫だろ」
「嫌だったら、殴ってでも止めてくれ」
「……じゃあ、おまえがおかしいと思ったらそうするな」

 話しているうちに、道の先に素朴な家が現れた。
 何やら不思議な匂いが漂っている。その匂いを辿って小さな家を回り込むと、庭に三つの人影があった。
 ミカエルは思わず壁に隠れる。そうして、そっと覗いた。
 揺らめく炎――焚火に乗せられた大きな黒い窯を前に、三人はいた。なんと、そのうち二人は船で一緒だった彼らだ。残りの一人がマヤばぁなのだろう。

「――やり方は卑劣でしたが、手腕しゅわんは確かです。彼は、国を良き方へ導いていける」
「あんたはお兄さんを殺されたんだろ」
「復讐は何も生みません。……ぼくはもう、王ではないのです」
「……そうかい。探してみるよ。その若さで盲目なんて可哀想だ」
「ありがとうございます。何かわかりましたら、こちらにご連絡ください」

 思わぬ話にルシエルの方を向くと、肩をすくめられた。
 二人が去ったのを確認し、ミカエルたちはマヤばぁの元へ向かった。先ほどの二人のことも気になるが、まずは彼女のことだ。

「すみません」
「今度はなんだい」

 マヤばぁが振り返る。シワの刻まれた顔が、それだけ多くの経験をしてきたのだと思わせた。深い眼差しは心の奥まで見透かすようだ。

 ――魔女じゃねえ。

 それは、直感的な確信だった。
 いきなり帰るのも妙なので、ミカエルは言葉を紡ぐ。

「なんか、不思議な匂いがして」
「ああ、煎じ薬さ。これを飲めば、ぐっすり眠れる」
「薬草に詳しいんですね」
「そうだよ。代々受け継がれてきたのさっ」

 白髪を振り乱してぐつぐつ煮えたぎる黒釜をかき混ぜる姿は、実にあやしげだ。魔女と思われるのも無理はない。

「……なんか大変そうだな」
「この年齢としになるとねっ、重労働だよっ。でもこれで、安らぎを得られる人がいるんだからっ」
「そんなにいっぱい必要ですか」
「ほしがってるのは、一人じゃないっ。定期的に、服用してる人もいるからねっ」

 彼女はただ、一心に煎じ薬を作っているだけなのだ。
 明日、神父のもとへ報告に行こう。考えを決めたミカエルは、思い出して聞いてみる。

「俺たち、今夜の宿を探してるんだけど、」
「この村に宿なんてないよっ。ここ泊まってきな」
「いいのか?」
「いいとも。この家は様子を見る必要のある人を泊めたりするんだけど、いまは誰もいないから」

 好きに使いなと言われ、ミカエルは目を瞬いた。

「ここに住んでるんじゃねえの?」
「あたしにも家族ってのがあるのさ。……よしっ。今日はここまでだ。あとは寝かせるだけだね」

 マヤばぁは焚火を消して黒釜に蓋をする。

「そんじゃ。明日、勝手に帰ればいいからね」
「っありがとう」
「あいよ」

 撤収が早い。燭台に明かりを灯してさっさと帰りゆく後姿に、ミカエルはなんとか声をかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

ご主人様と猫少年

みき
BL
BL R-18 エロ度高め 獣耳尻尾の猫少年がご主人様に調教される話。 ペット 猫化 躾 前立腺責め 射精管理 発情期 我慢 玩具 猫耳

賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん
BL
******************** ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。 監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。 もう一度、やり直せたなら… そう思いながら遠のく意識に身をゆだね…… 気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。 逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。 自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。 孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。 しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ 「君は稀代のたらしだね。」 ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー! よろしくお願い致します!! ********************

最初から可愛いって思ってた?

コプラ
BL
マッチョの攻めから溺愛される可愛い受けが、戸惑いながらもそのまっすぐな愛情に溺れていく大学生カップルのBLストーリー。 男性ホルモンで出来た様なゼミ仲間の壬生君は、僕にとってはコンプレックを刺激される相手だった。童顔で中性的な事を自覚してる僕こと田中悠太はそんな壬生君と気が合って急接近。趣味の映画鑑賞を一緒にちょくちょくする様になっていた。ある日そんな二人の選んだ映画に影響されて、二人の距離が友達を超えて…? ★これはTwitterのお題でサクッと書いたミニストーリーを下地に作品にしてみました。 『吐息』『ゼロ距離』のお題で「事故でもそれは。」Twitter小話の中にあります。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...