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4章.Tractus
ぐつぐつ
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ミカエルは睫毛を伏せる。
「時間がかかるってのは、あるかもな。条件は…、たぶん、満たしちまってる」
「それなら、俺とする意味はない」
「けどあいつ、俺が他のやつらにヤられるとき、なんか孕まねえようにするヤツいつも入れてきたんだ」
「……内壁に触れないよう、膜を張るような物?」
「おう」
わざわざそれを入れてきたのには、理由があるはずだ。
「他のやつのが触れると上手くいかねえとか、あるんじゃねえか」
「……ないとは言い切れない」
「それなら、おまえとヤれば孕まなくて済む」
そちらを向くと、ルシエルは肩をすくめた。
「嫌じゃないわけ?」
「なにが」
「その行為や、俺にヤられること」
ミカエルはムスッと前を向く。
「知らねえ相手に好き勝手されんのはイヤだ。……おまえなら、イヤじゃねえ」
「……へえ」
民家が途切れ、細い道になった。
ミカエルは暗い土の道に目を落とす。
「……俺、すげぇ感じて変になるかもしんねえけど、……」
「君がどんなに乱れても、嫌になったりしない」
「……おう」
少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。
「それより、問題は俺のほうだ。デビル成分を抑えきれなくなったら、君に酷いことをするかもしれない」
「大丈夫だろ」
「嫌だったら、殴ってでも止めてくれ」
「……じゃあ、おまえがおかしいと思ったらそうするな」
話しているうちに、道の先に素朴な家が現れた。
何やら不思議な匂いが漂っている。その匂いを辿って小さな家を回り込むと、庭に三つの人影があった。
ミカエルは思わず壁に隠れる。そうして、そっと覗いた。
揺らめく炎――焚火に乗せられた大きな黒い窯を前に、三人はいた。なんと、そのうち二人は船で一緒だった彼らだ。残りの一人がマヤばぁなのだろう。
「――やり方は卑劣でしたが、手腕は確かです。彼は、国を良き方へ導いていける」
「あんたはお兄さんを殺されたんだろ」
「復讐は何も生みません。……ぼくはもう、王ではないのです」
「……そうかい。探してみるよ。その若さで盲目なんて可哀想だ」
「ありがとうございます。何かわかりましたら、こちらにご連絡ください」
思わぬ話にルシエルの方を向くと、肩をすくめられた。
二人が去ったのを確認し、ミカエルたちはマヤばぁの元へ向かった。先ほどの二人のことも気になるが、まずは彼女のことだ。
「すみません」
「今度はなんだい」
マヤばぁが振り返る。シワの刻まれた顔が、それだけ多くの経験をしてきたのだと思わせた。深い眼差しは心の奥まで見透かすようだ。
――魔女じゃねえ。
それは、直感的な確信だった。
いきなり帰るのも妙なので、ミカエルは言葉を紡ぐ。
「なんか、不思議な匂いがして」
「ああ、煎じ薬さ。これを飲めば、ぐっすり眠れる」
「薬草に詳しいんですね」
「そうだよ。代々受け継がれてきたのさっ」
白髪を振り乱してぐつぐつ煮えたぎる黒釜をかき混ぜる姿は、実にあやしげだ。魔女と思われるのも無理はない。
「……なんか大変そうだな」
「この年齢になるとねっ、重労働だよっ。でもこれで、安らぎを得られる人がいるんだからっ」
「そんなにいっぱい必要ですか」
「ほしがってるのは、一人じゃないっ。定期的に、服用してる人もいるからねっ」
彼女はただ、一心に煎じ薬を作っているだけなのだ。
明日、神父のもとへ報告に行こう。考えを決めたミカエルは、思い出して聞いてみる。
「俺たち、今夜の宿を探してるんだけど、」
「この村に宿なんてないよっ。ここ泊まってきな」
「いいのか?」
「いいとも。この家は様子を見る必要のある人を泊めたりするんだけど、いまは誰もいないから」
好きに使いなと言われ、ミカエルは目を瞬いた。
「ここに住んでるんじゃねえの?」
「あたしにも家族ってのがあるのさ。……よしっ。今日はここまでだ。あとは寝かせるだけだね」
マヤばぁは焚火を消して黒釜に蓋をする。
「そんじゃ。明日、勝手に帰ればいいからね」
「っありがとう」
「あいよ」
撤収が早い。燭台に明かりを灯してさっさと帰りゆく後姿に、ミカエルはなんとか声をかけた。
「時間がかかるってのは、あるかもな。条件は…、たぶん、満たしちまってる」
「それなら、俺とする意味はない」
「けどあいつ、俺が他のやつらにヤられるとき、なんか孕まねえようにするヤツいつも入れてきたんだ」
「……内壁に触れないよう、膜を張るような物?」
「おう」
わざわざそれを入れてきたのには、理由があるはずだ。
「他のやつのが触れると上手くいかねえとか、あるんじゃねえか」
「……ないとは言い切れない」
「それなら、おまえとヤれば孕まなくて済む」
そちらを向くと、ルシエルは肩をすくめた。
「嫌じゃないわけ?」
「なにが」
「その行為や、俺にヤられること」
ミカエルはムスッと前を向く。
「知らねえ相手に好き勝手されんのはイヤだ。……おまえなら、イヤじゃねえ」
「……へえ」
民家が途切れ、細い道になった。
ミカエルは暗い土の道に目を落とす。
「……俺、すげぇ感じて変になるかもしんねえけど、……」
「君がどんなに乱れても、嫌になったりしない」
「……おう」
少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。
「それより、問題は俺のほうだ。デビル成分を抑えきれなくなったら、君に酷いことをするかもしれない」
「大丈夫だろ」
「嫌だったら、殴ってでも止めてくれ」
「……じゃあ、おまえがおかしいと思ったらそうするな」
話しているうちに、道の先に素朴な家が現れた。
何やら不思議な匂いが漂っている。その匂いを辿って小さな家を回り込むと、庭に三つの人影があった。
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揺らめく炎――焚火に乗せられた大きな黒い窯を前に、三人はいた。なんと、そのうち二人は船で一緒だった彼らだ。残りの一人がマヤばぁなのだろう。
「――やり方は卑劣でしたが、手腕は確かです。彼は、国を良き方へ導いていける」
「あんたはお兄さんを殺されたんだろ」
「復讐は何も生みません。……ぼくはもう、王ではないのです」
「……そうかい。探してみるよ。その若さで盲目なんて可哀想だ」
「ありがとうございます。何かわかりましたら、こちらにご連絡ください」
思わぬ話にルシエルの方を向くと、肩をすくめられた。
二人が去ったのを確認し、ミカエルたちはマヤばぁの元へ向かった。先ほどの二人のことも気になるが、まずは彼女のことだ。
「すみません」
「今度はなんだい」
マヤばぁが振り返る。シワの刻まれた顔が、それだけ多くの経験をしてきたのだと思わせた。深い眼差しは心の奥まで見透かすようだ。
――魔女じゃねえ。
それは、直感的な確信だった。
いきなり帰るのも妙なので、ミカエルは言葉を紡ぐ。
「なんか、不思議な匂いがして」
「ああ、煎じ薬さ。これを飲めば、ぐっすり眠れる」
「薬草に詳しいんですね」
「そうだよ。代々受け継がれてきたのさっ」
白髪を振り乱してぐつぐつ煮えたぎる黒釜をかき混ぜる姿は、実にあやしげだ。魔女と思われるのも無理はない。
「……なんか大変そうだな」
「この年齢になるとねっ、重労働だよっ。でもこれで、安らぎを得られる人がいるんだからっ」
「そんなにいっぱい必要ですか」
「ほしがってるのは、一人じゃないっ。定期的に、服用してる人もいるからねっ」
彼女はただ、一心に煎じ薬を作っているだけなのだ。
明日、神父のもとへ報告に行こう。考えを決めたミカエルは、思い出して聞いてみる。
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「この村に宿なんてないよっ。ここ泊まってきな」
「いいのか?」
「いいとも。この家は様子を見る必要のある人を泊めたりするんだけど、いまは誰もいないから」
好きに使いなと言われ、ミカエルは目を瞬いた。
「ここに住んでるんじゃねえの?」
「あたしにも家族ってのがあるのさ。……よしっ。今日はここまでだ。あとは寝かせるだけだね」
マヤばぁは焚火を消して黒釜に蓋をする。
「そんじゃ。明日、勝手に帰ればいいからね」
「っありがとう」
「あいよ」
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