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4章.Tractus

まずはイファノエ

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 手紙を書き終えたゾフィエルは再びエイダーに意識を送った。彼はこちらに向かって戻る途中である。

「書簡をたくした部下と入れ違いにならぬよう、イファノエに入る都市の門まで行こう」

 目立たないための配慮だろう。丸薬を飲んで色味の変化したルシエルが、頷いて立ち上がる。
 彼の手を取り、ゾフィエルは瞬間移動した。それから、思い出したように言う。

「私は日に三度ほどしか瞬間移動できない」
「……知っている場所で必要になったら俺がしよう」
「すまないな」

 三度もできる人間はごくわずかだ。ゾフィエルの力も強い部類である。しかし、無限に力を使えるルシエルからしてみれば、一度できるも三度できるも大した違いはないのだった。
 ゾフィエルはどっしりとした門を遠目に捉える。厳めしい顔付きの門番は立っているだけで威圧感があり、通行人の多くは身を縮こませていた。
 ゾフィエルは書簡が届いたら入門することにして、エイダーに自分のもとへ来てくれるよう意識を送る。彼はアダルベルの邸宅を知っているため、伝書鳥になってもらおうと考えた。アダルベルもエイダーのことを知っている。きっと、手紙を受け取ってくれることだろう。

 ――あと四日。

 ただ待つ時間は長く感じる。

「任務はいいわけ? 隊長さん」

 顔を上げると、ルシエルがじっとゾフィエルを見ていた。

「……ああ。机に書き置きを残してきた。この状況が発覚すれば、解決を任されるのは私だ。すでに動いていることに問題はあるまい」
「戦が終結したばかりだろう」
「そうだな。やるべき事はたくさんある。だが…」

 今のゾフィエルにとって、ミカエルのことは最優先事項だった。

「きっと、陛下もそれを望まれる」

 近頃、ヨハエルは戦の話ばかりするようになった。体調の良くない日が増えている。だからだろうか。先を急ぐように戦のことを考えるのは。
 ゾフィエルは当初、補佐を行うようになったラジエルにそそのかされているのだと思った。けれど、ブランデレン公国との戦の際、自ら戦場に赴くと言ったラジエルは、父親を案じる息子の顔をしていた。

 ――そういえば、先王はいまの陛下くらいの年齢で崩御した。

 戦でやられたのではない。殺害されたのでもないだろう。それでは――。
 そのとき、門番がビシリと敬礼したのが目の端に映った。そちらを向いたゾフィエルは目を丸くする。

「フェルナンデル殿下」

 ゾフィエルの声が聞こえたかのように、フェルナンデルはこちらを向いて軽く手を上げた。
 大らかに微笑んでいる印象の強いフェルナンデルが、険しい表情をしている。ゾフィエルはフェルナンデルの元へ走り寄った。

「そなたはブランリス王国親衛隊隊長のゾフィエルだな」
「はい、殿下」
「……ここにいるということは、知っているのか」
「ミカエルのことでしょうか。私は、彼のバディです」

 フェルナンデルはゾフィエルの顔をじっと見て、門から少し離れた場所に誘った。歩いてやってきたルシエルにチラと目をやり、持っていた書簡をゾフィエルに渡す。

「ミカエルがアクレプン帝国に連れ去られた」

 ――やはり。
 書簡を読みながら、ゾフィエルは呟く。

「連れ去ったのは、ヤグニエ皇子…」
「ああ。彼とは話したことがある。一見軽そうな雰囲気だが、軽はずみで行動するような方ではない。彼の一存ではないだろう」

 ゾフィエルは息を吐き、フェルナンデルを捉えた。

「これから、救出に向かいます」
「イファノエの通行許可は私が出す。何か、手伝えることはあるか」
「そうですね…、ツィビーネから海路で向かう予定なので、ツィビーネまで送っていただけるとありがたいです」
「瞬間移動か。よかろう」

 フェルナンデルは気軽に頷いた。

「このような事をお頼みして、申し訳ございません」
「良い。彼は私の友人なのだ。必ず連れ戻してくれ」
「はい、殿下」

 "ミカエル" は聖正教圏で重要な存在だ。
 そのような事より彼を友人と言ったフェルナンデルに、ゾフィエルは力強く頷いた。

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