上 下
67 / 170
4章.Tractus

女騎士と姫

しおりを挟む
 フードを被った人物の傍にいた残りの二人が臨戦態勢に入る。ミカエルは剣を下ろしたまま、その場に佇んでいた。ルシエルは後ろで傍観だ。

「……国のことには関わらない。それはまことか?」
「おう」

 グレーがかったシーグリーンの瞳――レグリアで見た、遠浅の海のよう。
 しばし見詰め合った後、彼女はふっと警戒を解き、落ちていた剣を拾って鞘に収めた。

「たしかに私はロゼローズの王家の血を継いでいる。だが、己を王子とも王女とも思っていない。我が名はゼベル。騎士だ」

 ミカエルは瞠目した。彼女は王族の女性でありながら、そのどちらにも縛られず、我が道を生きている――。

「ミカエル。いきなりすまなかったな。ブランリスの軍服を見て、頭に血が上ってしまった」
「……いや。その、フードの人は」

 目をやると、その人は自らフードを下ろして顔を晒した。彼女も二十歳前後だろうか。緩くウェーブした黒茶色の髪がふわりと零れ出る。気位の高そうなオリーブ色の瞳。ツンとした美貌の女性だ。

「イザベル姫、」

 ゼベルが咎めるようにその名を呼んだ。イザベルは気にせずミカエルを捉えて口を開く。

「わたくしも、ミカエルという人物に興味があったの。教会に属さず、国に属したというじゃない。それなのに戦に関わらない。いったい何を考えているのかしら」

 責めるような声に、ミカエルは眉根が寄った。

「でねえと今頃、誰かを捕まえて王に突き出してたかもしれねえぜ」
「やれるものならやってみなさい。その前に、天国に行ってやるから」
「イザベル様、わざわざ喧嘩を売るようなことをおっしゃらずとも…」

 イザベルを護るように傍にいた男が、おどおどと声をかける。

「おだまり。わたくしはブランデレン公国の正当なる継承者の血筋よ。最期まで、その誇りを胸に生きるわ」
「ですから、あちらは関わらないとおっしゃるのですから」
「それが理解できないの。そなたは国に尽くすため、その軍服を着ているのではないの?」

 イザベルは腕を組み、高飛車にミカエルを見ている。
 ミカエルは小さく息を吐きだした。

「成り行きで着てるだけだ」
「成り行きですって!?」
「だから、国のためでも王家のためでもねえんだよ」

 女にも色んなやつがいるんだなと遠い目をしているうちに、イザベルは勝手に結論に辿り着いたらしい。

「……つまり、人々のためということね。ブランリスの軍服を着ているから不可解なのよ。いいわ、よくはげみなさい」
「ああ?」
 
 ミカエルは片眉を上げる。そこへ、ゼベルが歩み出た。
 
「姫のことを、王に報告するか」

  鮮やかな瞳がミカエルを捉え、爛々と光る。勝ち目がないとわかっていても、きっと彼女は挑むだろう。
 ミカエルは小さく首を振った。

「……では、先を急ぐのでな。またどこかで」
「ごきげんよう」

 ミカエルの頬がヒクリと動く。
 ルシエルをチラと見て、ゼベルたちは行った。その堂々たる後ろ姿を、ミカエルはしばし眺めてしまった。


 ゾフィエルが結婚式の招待状を持って森の家を訪れたのは、それから十日も経たない内だった。

「イファノエ帝国のレリエル皇子からの招待でな。お相手はブランデレン公の血を継ぐイザベルという女性だ」
「イザベル…」

 ミカエルはウッと身を引く。ゾフィエルが首を傾げた。

「いや…、なんで俺に招待状なんか」

 イザベルはともかく、パーティーで会ったレリエルは、ミカエルのことをよく思っていないようだった。そんな相手をわざわざ招待するだろうか。

「"ミカエル" だからだろう」
「……ブランリスはイファノエと仲が悪いんだろ。っつか、その結婚、王はどう思ってんだよ」
「なんとも。ブランデレンの地は我が国の支配下にある。だから問題ないのだろう」

 ミカエルは半目になってしまう。

「中立的な存在であることを示すため、出席したらどうだ」

 ゾフィエルはこともなげに言った。
 ミカエルは頭を掻いてルシエルに目をやる。「お好きに」とばかりに肩をすくめられ、息を吐くように頷いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

あなたを追いかけて【完結】

華周夏
BL
小さい頃カルガモの群れを見て、ずっと、一緒に居ようと誓ったアキと祥介。アキと祥ちゃんはずっと一緒。 いつしか秋彦、祥介と呼ぶようになっても。 けれど、秋彦はいつも教室の羊だった。祥介には言えない。 言いたくない。秋彦のプライド。 そんなある日、同じ図書委員の下級生、谷崎と秋彦が出会う……。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...