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3章.Graduale
賑やかな食卓
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午後、治癒の練習をルシエルに付き合ってもらっているとき、バラキエルが瞬間移動で現れた。ラムエルとジケルも一緒だ。
色味の変わったルシエルを見ても、誰も驚かなかった。
「師匠っ、おかえり」
ミカエルはすぐさまバラキエルのもとへ駆けつける。
「おう」
バラキエルはかすかに眉根を寄せて口角を上げ、ミカエルの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「これは味のあるお家ですね」
ラムエルとジケルはぼぅっと草の生えた屋根を見上げていた。
少し早いが、夕食の準備に取り掛かる。捕ってきた魚たちや畑で収穫した野菜、森で採ったキノコなど、食材は豊富だ。
畑を見てきたバラキエルも調理に加わる。
「いいのができたな」
「畑、ルシもやってくれてるんだぜ」
「そうか」
バラキエルはかすかに目許を緩めた。
「師匠、ルシにはロフト使ってもらってるから」
「ああ…。不便はねえか?」
目を向けられたルシエルが肩をすくめる。
「なにも」
普通に話しかけてくるバラキエルに、「さすがミカエルの師匠」と思っていたことを、ミカエルたちは知らない。
「ここの生活はどうだ」
「……わるくない」
「そいつぁよかった」
バラキエルとルシエルが話しているのは不思議な感じがする。
「俺がいたら迷惑では?」
「ンなこたァねえさ。こいつは世間知らずだからな。助かる」
「それを利用して、俺が良からぬ道に連れ込むかもしれない」
「連れ込まれることをミカが選んだなら、責任はミカにある。それでどんな目に遭おうと、誰のせいでもねえ」
「おい、よからぬ道ってなんだよ。俺はやんねーぞ」
ミカエルは半目で言った。
ところで、料理という分野において、一番使い物にならないのはラムエルだった。料理の経験がないばかりか、野菜の名前すら把握していない。
「ジケル、これがジャガイモだなんて信じられるかい? 茶色い上にゴツゴツしている! 私の知っているジャガイモと異なる種類だろうか。ジャガイモといえば白。たまに黄色く見えるが、こんな色じゃない。こんなに硬くないし、舌触りももっと滑らかだ」
「……あんたの知ってるジャガイモとそのジャガイモは同じものだ」
「なんだって?」
「ジャガイモはそのまま食べない。それくらいオレでも知ってる」
「なるほど…。これをあのジャガイモにするために、料理という術を使うわけだな」
後ろから聞こえてくる会話にミカエルは唖然とした。ジケルも話せたんだなと思いつつ、ラムエルはどのような生活を送ってきたのだろうと思う。ラムエルと同じく料理未経験だったルシエルすら、呆れて眉を上げている。
「隊長は術への造詣が深いと存じてましたが、まさか料理までおできになるとは!」
バラキエルは頭を掻き、溜め息を吐いていた。
テーブルにたくさんの料理が並べられていく。
メインの魚料理を彩る野菜たち。スープはルシエルの作だ。食欲をそそる匂いが部屋中を満たしている。
男五人でテーブルを囲んで「いただきます」。バラキエルが酒を持ってきて、ラムエルとルシエルに注いでいた。ジケルがガツガツ食らうので、あっという間に皿が空いていく。
清々しい食べっぷりだ。
「……スープ、まだあるけど」
言えば、藍色の瞳が寄越される。
「食う」
「すまないね。お願いします」
ラムエルに任せたら大変なことになりそうなので、ミカエルは頷いて席を立った。
腹が膨れて酒が進むと、ラムエルが昔語りを始める。
「なんだか衛兵だったころを思い出します。戦場では上も下もなく、焚き火を囲んで食事しましたね。隊の誰もがあなたを慕っていました。そういう意味で、我々は同士だったのです。だから家族のような団結で――」
バラキエルは杯を仰いで息を吐く。
「……お前も辞めてたとはな」
「けっこういましたけどね、辞めた人。ちょうど聖戦も一息吐いたころでしょう。燃え尽き症候群というのでしたか」
私は違いますがとラムエルは続ける。
「きっちり枢機卿になりましたから。私が辞めたのは、数年前です」
「すんなり辞めれたか」
「新たな教皇が権威を盤石にするため、人員の入れ替えをやっていましてね。そのタイミングで抜けたので、むしろ喜ばれたかと」
ラムエルは波風を立てずに振る舞うのに長けている。流れに乗って、さも長い物に巻かれる無害な人間のようでいて、己の目的をしっかりやり遂げてしまうのだ。
「世渡り上手は相変わらずか」
「あなたがヘタなんですよ。いきなり姿を晦ましたりして」
「俺もちょうど聖座が変わるタイミングだったろ。だから追われねかった」
「ええ、見事に戦死したことにされていましたよ。枢機卿になりたい者からしてみれば、好都合だったことでしょう。誰も信じていませんでしたが」
「信じねえのかよ。枢機卿が言ってたんだろ。信じてやれよ」
「信じませんよ。教皇や王の言葉でも信じないでしょう。あなたの信者を舐めてもらっては困ります」
耳を澄ませて二人の会話を聞いていたミカエルが視線を感じてそちらを向くと、藍色の大きな目と目が合った。
「もっと食いたい。まだある?」
「素材はあるけど…」
「食っていい?」
――まさか、そのまま?
「……用意するから待ってろ」
ミカエルは半目で答えてキッチンへ行き、簡単な料理を作ってやった。ジケルは今が成長期なのかもしれない。
「――グランデレン公国との戦が始まったようですね」
「指揮を執っているのはラジエル殿下か」
「ブランリスが勝利することでしょう。ロゼローズが横槍を入れたところで、高が知れています」
ミカエルがリビングに戻ったとき、すっかり話題が変わっていた。ミカエルは片眉を上げる。
「戦? なんもねえけど」
「戦地が遠けりゃ、何もわかりゃしねえよ。国がやる戦っつっても、王家の戦いみてえなもんだ」
「へえ」
そういえば、バラキエルの故郷らしい辺境伯領も戦が迫っているようだった。
――あの地はどうなっただろう。
けれどミカエルは、その話題を口にしなかった。
色味の変わったルシエルを見ても、誰も驚かなかった。
「師匠っ、おかえり」
ミカエルはすぐさまバラキエルのもとへ駆けつける。
「おう」
バラキエルはかすかに眉根を寄せて口角を上げ、ミカエルの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「これは味のあるお家ですね」
ラムエルとジケルはぼぅっと草の生えた屋根を見上げていた。
少し早いが、夕食の準備に取り掛かる。捕ってきた魚たちや畑で収穫した野菜、森で採ったキノコなど、食材は豊富だ。
畑を見てきたバラキエルも調理に加わる。
「いいのができたな」
「畑、ルシもやってくれてるんだぜ」
「そうか」
バラキエルはかすかに目許を緩めた。
「師匠、ルシにはロフト使ってもらってるから」
「ああ…。不便はねえか?」
目を向けられたルシエルが肩をすくめる。
「なにも」
普通に話しかけてくるバラキエルに、「さすがミカエルの師匠」と思っていたことを、ミカエルたちは知らない。
「ここの生活はどうだ」
「……わるくない」
「そいつぁよかった」
バラキエルとルシエルが話しているのは不思議な感じがする。
「俺がいたら迷惑では?」
「ンなこたァねえさ。こいつは世間知らずだからな。助かる」
「それを利用して、俺が良からぬ道に連れ込むかもしれない」
「連れ込まれることをミカが選んだなら、責任はミカにある。それでどんな目に遭おうと、誰のせいでもねえ」
「おい、よからぬ道ってなんだよ。俺はやんねーぞ」
ミカエルは半目で言った。
ところで、料理という分野において、一番使い物にならないのはラムエルだった。料理の経験がないばかりか、野菜の名前すら把握していない。
「ジケル、これがジャガイモだなんて信じられるかい? 茶色い上にゴツゴツしている! 私の知っているジャガイモと異なる種類だろうか。ジャガイモといえば白。たまに黄色く見えるが、こんな色じゃない。こんなに硬くないし、舌触りももっと滑らかだ」
「……あんたの知ってるジャガイモとそのジャガイモは同じものだ」
「なんだって?」
「ジャガイモはそのまま食べない。それくらいオレでも知ってる」
「なるほど…。これをあのジャガイモにするために、料理という術を使うわけだな」
後ろから聞こえてくる会話にミカエルは唖然とした。ジケルも話せたんだなと思いつつ、ラムエルはどのような生活を送ってきたのだろうと思う。ラムエルと同じく料理未経験だったルシエルすら、呆れて眉を上げている。
「隊長は術への造詣が深いと存じてましたが、まさか料理までおできになるとは!」
バラキエルは頭を掻き、溜め息を吐いていた。
テーブルにたくさんの料理が並べられていく。
メインの魚料理を彩る野菜たち。スープはルシエルの作だ。食欲をそそる匂いが部屋中を満たしている。
男五人でテーブルを囲んで「いただきます」。バラキエルが酒を持ってきて、ラムエルとルシエルに注いでいた。ジケルがガツガツ食らうので、あっという間に皿が空いていく。
清々しい食べっぷりだ。
「……スープ、まだあるけど」
言えば、藍色の瞳が寄越される。
「食う」
「すまないね。お願いします」
ラムエルに任せたら大変なことになりそうなので、ミカエルは頷いて席を立った。
腹が膨れて酒が進むと、ラムエルが昔語りを始める。
「なんだか衛兵だったころを思い出します。戦場では上も下もなく、焚き火を囲んで食事しましたね。隊の誰もがあなたを慕っていました。そういう意味で、我々は同士だったのです。だから家族のような団結で――」
バラキエルは杯を仰いで息を吐く。
「……お前も辞めてたとはな」
「けっこういましたけどね、辞めた人。ちょうど聖戦も一息吐いたころでしょう。燃え尽き症候群というのでしたか」
私は違いますがとラムエルは続ける。
「きっちり枢機卿になりましたから。私が辞めたのは、数年前です」
「すんなり辞めれたか」
「新たな教皇が権威を盤石にするため、人員の入れ替えをやっていましてね。そのタイミングで抜けたので、むしろ喜ばれたかと」
ラムエルは波風を立てずに振る舞うのに長けている。流れに乗って、さも長い物に巻かれる無害な人間のようでいて、己の目的をしっかりやり遂げてしまうのだ。
「世渡り上手は相変わらずか」
「あなたがヘタなんですよ。いきなり姿を晦ましたりして」
「俺もちょうど聖座が変わるタイミングだったろ。だから追われねかった」
「ええ、見事に戦死したことにされていましたよ。枢機卿になりたい者からしてみれば、好都合だったことでしょう。誰も信じていませんでしたが」
「信じねえのかよ。枢機卿が言ってたんだろ。信じてやれよ」
「信じませんよ。教皇や王の言葉でも信じないでしょう。あなたの信者を舐めてもらっては困ります」
耳を澄ませて二人の会話を聞いていたミカエルが視線を感じてそちらを向くと、藍色の大きな目と目が合った。
「もっと食いたい。まだある?」
「素材はあるけど…」
「食っていい?」
――まさか、そのまま?
「……用意するから待ってろ」
ミカエルは半目で答えてキッチンへ行き、簡単な料理を作ってやった。ジケルは今が成長期なのかもしれない。
「――グランデレン公国との戦が始まったようですね」
「指揮を執っているのはラジエル殿下か」
「ブランリスが勝利することでしょう。ロゼローズが横槍を入れたところで、高が知れています」
ミカエルがリビングに戻ったとき、すっかり話題が変わっていた。ミカエルは片眉を上げる。
「戦? なんもねえけど」
「戦地が遠けりゃ、何もわかりゃしねえよ。国がやる戦っつっても、王家の戦いみてえなもんだ」
「へえ」
そういえば、バラキエルの故郷らしい辺境伯領も戦が迫っているようだった。
――あの地はどうなっただろう。
けれどミカエルは、その話題を口にしなかった。
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