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3章.Graduale
人為的な天啓
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今後は、エネルギァを一度に使いすぎないようにしよう。そんな事を思いつつ、あと一年余りで命が尽きるかもしれないヨハエルを思う。父と思ったことはないが、血の繋がりがあるのは確かで。妙な気分だ。
「ではな」
ゾフィエルは、何も聞いてこなかった。
瞬間移動でルシエルの元へ戻ると、小ぶりの家が建ち並ぶ村に出た。
「ちょうど着いたところだ」
「おう」
さっそくバラキエルのことを聞いてみる。どうやら、ここにはバラキエルもデビルも出ていないようだ。
その日は夕方に森の家へ帰還し、畑の雑草取りをした。どんなににぎやかな場所にいても、異なる世界と感じるような場所にいても、静かな森に戻るのは一瞬だ。
「やっぱここが落ち着くな」
肩をすくめるルシエルも、まんざらではない顔をしていた。
そんな調子で、上手く荷馬車を捕まえて、数日に渡り村々を転々とした。
「ここらは来てねえようだな」
「そうらしい」
「デビルも出てねえようだし」
「いいことだ」
「次で情報なかったら、コルセ戻って違う街道でも行くか」
話しながら足を踏み入れた町は、重い雰囲気だ。よそ者があまり来ないのか、ジロジロ見てくる。ミカエルは道ですれ違った男に声をかけた。
「でっかい剣持った男を見なかったか?」
「……見ねえな」
「デビルは?」
「ハンっ! 数年前に出た」
男はイライラ答えて行ってしまった。ちょうど機嫌の悪い相手に当たってしまったのだろうか。
ミカエルたちは喫茶店に入り、飲み物を注文することにした。喫茶店や飲み屋には情報が集まるのだ。しかしここは、人があまりいない。観光地でもないし、商人の町でもないからか。
「夕方来て、飲み屋に入ったほうがよかったかもな」
「そうかもしれない」
「なーんか、見られてたよな」
町の人の視線は、ルシエルよりミカエルに注がれている。鳶色の瞳がすっと向けられた。
「その髪色のせいかも」
「……王族かーって?」
「それか、"ミカエル" だ、と」
何度かデビル退治を行い、メアリエルの護衛もやった。少しずつ、ミカエルという人物の外見について、人々の間に広がり始めてもおかしくない。
しかし、それなら新鮮な反応だ。これまで、ミカエルと知ると感激する相手ばかりだった。
「ここは反教会の人が多いってことか」
「なんにせよ、早く立ち去ったほうが良さそうだ」
そうして運ばれてきたジュースを口に含んだミカエルは、妙な苦さを感じてお手洗いに急ぎ、すべて吐き出した。口をすすぐ。なんだか舌がピリピリしていた。
テーブルに戻ろうとドアの外に出ると、ルシエルがやって来て小さく落とす。
「毒だな」
「ど、……おまえ、平気なのか? 俺のにだけ入ってた?」
ルシエルも、口をつけていたはずだが。
「俺は少しくらい平気だ。味が変だったから、たぶん俺のにも入っていただろう」
「おまえは平気?」
「デビル成分のおかげかもしれない」
「……なんで、毒なんて、」
思い出すのはレグリアで起こった事件だ。顔をしかめたミカエルの胸元に手を翳し、ルシエルが治癒を施す。
「いちおう、やっておく」
「……どーも」
舌のピリピリが治まって、本当に毒だったんだと実感した。こんな体験は初めてだ。何者かに命を狙われたということか。
「ここを出よう」
ミカエルは頷いて店の外へ出た。途端に家々の間から人が出てきて囲まれる。ここの住人たちだ。
一般人相手に、手荒な真似はしたくない。
「なぜ俺らを狙う?」
「あなたに用があるのです。ミカエル様」
「どんな用だよ」
「購いの供えものになっていただきたいのです」
「は、」
それは、――人々のために、死ねと?
「我々は神への祈りを欠かしたことはありません。我々は敬虔な信者です。それなのに、デビルが出た。世も末です。我々だけでは駄目なのです。もう、あなた様を頼るしか…」
意味がわからない。
「デビルが出て、世も末? 俺が死んだところで、デビルはいなくなんねえよ」
「その血を捧げてみなければ分かりますまい。あなたはミカエル様です。それで神との和解が果たされるなら、あなたはお引き受けくださるでしょう?」
彼らは純粋な眼差しで、確信を持った目で、一心にミカエルを見詰めている。手を合わせ、祈りをこめて。世のために死ねと無邪気に言うのだ。横を向いても後ろを向いても、見詰めてくる目が、目が、目が、これが正しいと言っている。
――くらくらする。
これまで会った人たちも、内心ではこのように思っていたのだろうか。自分たちのために命を捧げる存在。神への生贄として、ミカエルを見ていた?
「ミカ。気にすることはない。彼らは真実を知らないのだから」
「……わかってる」
馬鹿けている。ミカエルが死んでも世界は変わらない。そう思っていても、信じ切っている彼らには圧倒されるものがあった。――これが信仰の力か。彼らは善意で人を殺しかねない。ゾッとするほどまっすぐにミカエルを見ている。
「行こう」
「ああ、」
「ミカエル様、我々を見捨てるのですか。この世界を…!」
「っだから、」
「おやおや、これは何かの行事ですか。私は地方の祭りを研究しておりまして。興味深いですなぁ。一体どのような祭りなのか、どなたかお教え願いたい!」
唐突に人垣の向こうから響いた声に場が固まる。
帽子を高々と掲げた男が、人々を掻き分けやって来た。
三四十代に見える。癖のある淡いライムイエローの髪は前髪が真ん中分けで、後ろはスッキリ短い。しかし、どこか貴族然としていた。柔らかな物腰や言葉使いが、そのように感じさせるのかもしれない。
「どうもどうも、失礼しますよ。ああ、そうか。神に捧げる演劇ですね? すばらしい!」
帽子が空に投げられる。
「演目はなんでしょう」
呑気に首を傾げられ、ミカエルは言葉を失った。人々の沈黙が刺さる。この空気でのほほんとした雰囲気でいられるとは、男はよほど図太いのか、あるいは…。
「では、当ててみましょう。そうですねぇ……うーん……」
何か、頭上で力の波長を感じ、ミカエルはハッと上向く。
「ああ、わかりましたよ。雨乞いですね!」
男が叫んだ瞬間、雷が身体に落ちたかのような凄まじい音が全身を襲った。
「ではな」
ゾフィエルは、何も聞いてこなかった。
瞬間移動でルシエルの元へ戻ると、小ぶりの家が建ち並ぶ村に出た。
「ちょうど着いたところだ」
「おう」
さっそくバラキエルのことを聞いてみる。どうやら、ここにはバラキエルもデビルも出ていないようだ。
その日は夕方に森の家へ帰還し、畑の雑草取りをした。どんなににぎやかな場所にいても、異なる世界と感じるような場所にいても、静かな森に戻るのは一瞬だ。
「やっぱここが落ち着くな」
肩をすくめるルシエルも、まんざらではない顔をしていた。
そんな調子で、上手く荷馬車を捕まえて、数日に渡り村々を転々とした。
「ここらは来てねえようだな」
「そうらしい」
「デビルも出てねえようだし」
「いいことだ」
「次で情報なかったら、コルセ戻って違う街道でも行くか」
話しながら足を踏み入れた町は、重い雰囲気だ。よそ者があまり来ないのか、ジロジロ見てくる。ミカエルは道ですれ違った男に声をかけた。
「でっかい剣持った男を見なかったか?」
「……見ねえな」
「デビルは?」
「ハンっ! 数年前に出た」
男はイライラ答えて行ってしまった。ちょうど機嫌の悪い相手に当たってしまったのだろうか。
ミカエルたちは喫茶店に入り、飲み物を注文することにした。喫茶店や飲み屋には情報が集まるのだ。しかしここは、人があまりいない。観光地でもないし、商人の町でもないからか。
「夕方来て、飲み屋に入ったほうがよかったかもな」
「そうかもしれない」
「なーんか、見られてたよな」
町の人の視線は、ルシエルよりミカエルに注がれている。鳶色の瞳がすっと向けられた。
「その髪色のせいかも」
「……王族かーって?」
「それか、"ミカエル" だ、と」
何度かデビル退治を行い、メアリエルの護衛もやった。少しずつ、ミカエルという人物の外見について、人々の間に広がり始めてもおかしくない。
しかし、それなら新鮮な反応だ。これまで、ミカエルと知ると感激する相手ばかりだった。
「ここは反教会の人が多いってことか」
「なんにせよ、早く立ち去ったほうが良さそうだ」
そうして運ばれてきたジュースを口に含んだミカエルは、妙な苦さを感じてお手洗いに急ぎ、すべて吐き出した。口をすすぐ。なんだか舌がピリピリしていた。
テーブルに戻ろうとドアの外に出ると、ルシエルがやって来て小さく落とす。
「毒だな」
「ど、……おまえ、平気なのか? 俺のにだけ入ってた?」
ルシエルも、口をつけていたはずだが。
「俺は少しくらい平気だ。味が変だったから、たぶん俺のにも入っていただろう」
「おまえは平気?」
「デビル成分のおかげかもしれない」
「……なんで、毒なんて、」
思い出すのはレグリアで起こった事件だ。顔をしかめたミカエルの胸元に手を翳し、ルシエルが治癒を施す。
「いちおう、やっておく」
「……どーも」
舌のピリピリが治まって、本当に毒だったんだと実感した。こんな体験は初めてだ。何者かに命を狙われたということか。
「ここを出よう」
ミカエルは頷いて店の外へ出た。途端に家々の間から人が出てきて囲まれる。ここの住人たちだ。
一般人相手に、手荒な真似はしたくない。
「なぜ俺らを狙う?」
「あなたに用があるのです。ミカエル様」
「どんな用だよ」
「購いの供えものになっていただきたいのです」
「は、」
それは、――人々のために、死ねと?
「我々は神への祈りを欠かしたことはありません。我々は敬虔な信者です。それなのに、デビルが出た。世も末です。我々だけでは駄目なのです。もう、あなた様を頼るしか…」
意味がわからない。
「デビルが出て、世も末? 俺が死んだところで、デビルはいなくなんねえよ」
「その血を捧げてみなければ分かりますまい。あなたはミカエル様です。それで神との和解が果たされるなら、あなたはお引き受けくださるでしょう?」
彼らは純粋な眼差しで、確信を持った目で、一心にミカエルを見詰めている。手を合わせ、祈りをこめて。世のために死ねと無邪気に言うのだ。横を向いても後ろを向いても、見詰めてくる目が、目が、目が、これが正しいと言っている。
――くらくらする。
これまで会った人たちも、内心ではこのように思っていたのだろうか。自分たちのために命を捧げる存在。神への生贄として、ミカエルを見ていた?
「ミカ。気にすることはない。彼らは真実を知らないのだから」
「……わかってる」
馬鹿けている。ミカエルが死んでも世界は変わらない。そう思っていても、信じ切っている彼らには圧倒されるものがあった。――これが信仰の力か。彼らは善意で人を殺しかねない。ゾッとするほどまっすぐにミカエルを見ている。
「行こう」
「ああ、」
「ミカエル様、我々を見捨てるのですか。この世界を…!」
「っだから、」
「おやおや、これは何かの行事ですか。私は地方の祭りを研究しておりまして。興味深いですなぁ。一体どのような祭りなのか、どなたかお教え願いたい!」
唐突に人垣の向こうから響いた声に場が固まる。
帽子を高々と掲げた男が、人々を掻き分けやって来た。
三四十代に見える。癖のある淡いライムイエローの髪は前髪が真ん中分けで、後ろはスッキリ短い。しかし、どこか貴族然としていた。柔らかな物腰や言葉使いが、そのように感じさせるのかもしれない。
「どうもどうも、失礼しますよ。ああ、そうか。神に捧げる演劇ですね? すばらしい!」
帽子が空に投げられる。
「演目はなんでしょう」
呑気に首を傾げられ、ミカエルは言葉を失った。人々の沈黙が刺さる。この空気でのほほんとした雰囲気でいられるとは、男はよほど図太いのか、あるいは…。
「では、当ててみましょう。そうですねぇ……うーん……」
何か、頭上で力の波長を感じ、ミカエルはハッと上向く。
「ああ、わかりましたよ。雨乞いですね!」
男が叫んだ瞬間、雷が身体に落ちたかのような凄まじい音が全身を襲った。
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