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3章.Graduale

ブランリス王家の血

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 メアリエルの護衛という、ミカエルたちの役目は終わった。ミカエルは一応、手帳にその旨を記しておいた。
 残り二人の護衛と別れ、当てのない旅を再開する。ちなみに、レグリアの街では、バラキエルに関する有力な情報は得られなかった。

「ブランリスにいると思うか?」
「いきなり他国の領地に瞬間移動することは通常できない。どこかで、都市壁や城壁の門から入る必要がある」
「教会の勢力は聖正教圏全土に及ぶんだよな」

 二人は遠くに広がる大海原を横目に、石畳の道をゆく。海風がルシエルの焦げ茶色の髪をふわりと揺らした。

「あまり協力的でない国の筆頭がブランリスだ。ブランリスの王は代々、信仰と教会を同等に捉えていないらしい。教会を敬うことが信仰心の表れとは、思っていないのだろう」

 海鳥たちの声が遠ざかる。二人はレグリアの古めかしい都市門から外に出た。顔を覚えられていたようで、門番にビシッと敬礼された。

「ブランリスにいる可能性が高そうだな」

 二人は瞬間移動でモンテナー辺境伯領前へ向かった。門番は「ご苦労様です!」と言い、アッサリ二人を通した。ここは一応、ブランリスの領土だ。これで森の家にも瞬間移動できる。

「どこへ行く?」
「コルセだな。そこから、西の街道でも行ってみようぜ」

 さっそくコルセに瞬間移動し、広い街道をゆく。シャボリに向かう道も最初は広かった。コルセから遠ざかるにつれ、細くなるのだ。ミカエルは通りがかった馬車に手を上げ、木箱が積まれた荷台に乗せてもらった。

「あ?」

 なんと、先客がいる。男は大きな剣を脇に置き、座っていた。目つきが鋭く、それなりに強そうだ。

「ああ、用心棒だ。盗賊避けだよ」

 ミカエルたちは男から離れた場所に腰を下ろした。
 男がじっと見てくる。

「何者だ。ただ者じゃないな」
「ただの旅人だけど、言っておく。ミカエル。こっちはルシフェル」

 ずっと警戒されていたら落ち着かないので、ミカエルは早々に名乗ることにした。男はカッと目を開き、それ以上は何もしゃべらなかった。
 ミカエルはぼんやりと青空を見上げる。ふと思い出し、手帳を開いた。流れるように整った文字で文章が書かれており、目を瞬く。

「なにか?」
「……これ」

 隣に座ったルシエルが横から手帳を覗きこみ、眉を上げる。

 "陛下が君に話したいことがあると。良き時に返事をくれ"

 手帳に書いたということは、急ぎの用ではないのだろう。どこかの村や町に着くまで暇なミカエルは、ルシエルに目をやった。

「いま返事したら、来んのかな」
「してみれば?」

 書かれた文字を消したミカエルは、気楽に書きこむ。

 "なんの話?"

 書いた文字は、わりとすぐに消えた。

 "私は知らされていない"

 ちょうど手帳を開いていたのだろうか。今このときに、離れた王宮にいるゾフィエルとやり取りしていると思うと、不思議な気分だ。それにしても、ゾフィエルにも知らせない話とはなんだろう。ムクムクと興味が湧き上がる。

 "いま暇だけど"

 少しして、手帳の文字が消えたと思ったら、目の前にゾフィエルがいた。サッと周囲に目をやり、状況を把握して肩を下ろしている。――こんなにすぐに、本当にゾフィエルが来るなんて。

「今なら、陛下もちょうど昼食後の空いた時間でな。いいか?」

 ルシエルを見れば、「いってらっしゃい」と顔に書いてある。

「……じゃあ、ちょっと行ってくるけど」
「村があったら下りておく」
「おう」

 ゾフィエルの瞬間移動で消えるとき、目を丸くした男の顔が視界の片隅に見えた。瞬けば三度目の城門前で、ゾフィエルはさっさと歩みを進めた。
 ちらと視線を寄越される。

「メアリエル殿下の護衛、どうだった?」
「あー、思ってたのと違ったな」
「思いがけない出来事もあったようだな」
「……ああ」

 城に入って廊下をずんずん奥へ行き、最初に来たときに通された部屋の前を素通りする。

「どこまで行くんだ?」
「陛下の執務室だ」

 ぼんやり歩いていたら、きっと迷子になって辿り着けないだろう。そんな場所に、ずっしりとしたドアの部屋はあった。ゾフィエルがノックし要件を告げる。中から声がして、二人は王の執務室に足を踏み入れた。
 前回通された部屋のように、清雅で柔らかな印象の部屋だ。どっしりとした机が、やたらと存在感がある。
 ゾフィエルは一礼すると、ミカエルを残して行ってしまった。

「メアリエルの護衛、ご苦労であった」

 ヨハエルは座り心地の良さそうな椅子から腰を上げ、ミカエルに歩み寄る。

「軍服は着ていないのか」
「今はただの旅なので」
「はっはっ。そうだな」

 鮮青色の瞳がじっくりとミカエルを見詰める。ミカエルは片眉を上げ、切りだした。

「話って、なんですか」
「おお、そうだ。ブランリスの王家の血を継ぐそなたに、言いそびれていた事があってな」

 ふとヨハエルの顔に、四十年を超える時を生きてきた証のような感慨が滲む。ミカエルの胸がかすかにざわめいた。

「我が血族は、短命だ。といっても、他に比べればの話でな。五十四まで生きた先祖がいる」

 十七年しか生きていないミカエルには、それで短命と言われてもピンとこない。

「エネルギァを一気に使うと寿命が縮むようだ。他にも深い悲しみやショックなど、精神的に強いダメージを受けると縮むように感じる」
「……そうですか」
「その年齢では、まだ実感がなかろうな」
「はい」

 そういえば、ヨハエルは四十八だったか。

「私は、もってあと一年あまりだろう」

 ミカエルは言葉を失った。

「多くが五十手前で死んでおる。私も例外ではない。そなたに言いたいのは、エネルギァを無駄に使わぬことと、幸多きせいを歩むこと」

 幼少のころより気を付けていてこれなのだとヨハエルは語る。

「伝えるのが、ちと遅かったか」
「いや、……」

 バラキエルと過ごした日々で、寿命が縮むようなことはなかった。しかし、聖学校にいた頃を思うと、そのような事はなかったとは、言いきれない。

「……どのくらい縮むんですか」
「戦続きの時代に、十代で亡くなった者もある。敵にやられたのではない。己の命を削った結果だ」
「そんなに、」
「うむ。その者がどれほど己を酷使したかは知らぬがな」

 ミカエルは目を丸くする。
 十代で死ぬのは、さすがに早い。死というものが急に身近に感じられた。

「そなたは無茶をするようだから、よくよく言っておかねば」

 ミカエルはギクシャク頷いて、王の執務室から退室した。
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