God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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3章.Graduale

明離

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 会話の合間にも、ラファエルは休むことなく数人を順繰りに治している。一人ずつ完治させる時間がないのだろう。少し肌色に戻った人も、ラファエルが他の人の治癒に移ると少しずつまた黒くなっていく。
 黒の浸食ペースは人によって異なるようだ。それでも確かに治癒は進んでいた。

 住民の一人が、そわそわとラファエルの元へやってくる。

「ラファエル様、何かお手伝いできることは…」
「あなたは先ほどまで闇におかされていたんです。早く休んでください」
「は、はい…」

 ミカエルは長椅子で身を寄せ合う人々を見て、「デビルは倒した」と思い出したように告げた。

「ほ、本当かい?」
「おう」

 人々の顔に安堵の表情が浮かぶ。近くに座っていた男がふと口を開いた。

「ところで、あんたの名前は」
「……ミカエルだ」

 ざわめきが起こる。住民らの目つきが変わった。

「簡単に倒しちまうわけだ」
「それじゃあ、あの剣は聖剣か…?」
「素敵…」
「ママ、ミカエルって天使さま?」
「この地の救世主よ。またご本を読んであげるわね」

 視界の片隅でルシエルがうっすらと唇に弧を描く。デビルを倒したのは彼だが、言わないほうがよさそうだ。ミカエルは居心地の悪さを覚えつつ、治癒に専念した。
 一所ひとところに集中し続けるのは、炎の大技をぶっ放すよりつかれる気がする。
 最後にミカエルたちが連れてきた女性の番となり、ミカエルの隣に片膝をついたラファエルは、彼女の胸元に手をかざした。ラファエルの治癒の波長が彼女の身体中に広がって、闇の浸食を光にかえしていくように感じる。
 彼女から立ち上っていた黒いモヤは消え、肌の色が戻っていった。

 ――温かくも冷たくもない、安らぎの光。

 ラファエルと共に人命救助をしているのがなんだか妙だ。
 彼のことを酷い人間だと思いつつ、したうような気持ちが心にあるのも感じている。記憶を失くしていた時のミカエルも、ミカエルの一部に違いなかった。

「集中してください」
「っ誰のせいだよ」

 ミカエルが睨むと、ラファエルはかすかに鼻で笑った。
 ミカエルも治癒の手を緩めなかったからか、女性は他の人より治りが早かった。ラファエルが治癒を終えたとき、ミカエルは脱力して床に座りこんだ。

「ありがとうございました…!」
「見た目には全快したように見えても消耗してますので、よく休むようにしてください」
「はいっ」

 女性の家族が彼女を強く抱き締める。目に涙を溜めて喜ぶ姿を見ていると、ミカエルの胸も温かくなった。
 そろそろ夜が明けるだろう。さすがに眠い。

「助かりましたよ」
「おまえ、つかれてねーの?」
「慣れてますから」

 ラファエルは変わらぬ微笑でサラリと言った。

「ミカエル様、ラファエル様、」

 ミカエルとラファエルが振り返る。

「この度は、大変お世話になりました。なんとお礼を申し上げたら良いのか…」

 二人は人々から散々お礼を言われた。中には拝む人もいる。ミカエルの頬は若干引き攣っていたが、ラファエルはいつもの微笑で穏やかに対応していた。
 ラファエル様と呼びかける人を横目に、こんな姿しか知らなければ崇めたくなる気持ちもわからないではないとミカエルは思う。――こんな姿しか、知らなければ。

「何か?」
「……べつに」

 そういえば、ゾフィエルはどうしただろう。ミカエルはルシエルに目をやり、教会の外へ出た。

 その姿はすぐに見つけることができた。
 暁の空の下、ゾフィエルと部下の間にいる人たちが泣いている。その中の一人が上着やズボンなどを抱えていた。
 立ち尽くすミカエルの隣で、ルシエルが口を開く。

「誰か亡くなったようだ」

 いたむ人の嘆きが胸を締めつける。
 ミカエルたちに気づいたゾフィエルがやってきた。

「二人、間に合わなかった。十代の少年と、その祖父だそうだ」
「探してた人たちか」
「ああ」

 ゾフィエルが見つけたときには、身体がほぼ塵になっていたという。

「それでも、服だけになってしまう前でよかった。遺された服を見ただけでは、現実を受け入れがたいからな」

 バラキエルやルシエルがいとも簡単に片付けてしまうから、ミカエルはデビルという存在を恐れていなかった。きっとミカエルも、ろうせず倒せることだろう。けれども、それは一般的な感覚ではないのだ。―― 黒におかされ散る命。多くの人にとってデビルは、真実、脅威なのである。

「……やっぱ、デビルは倒さなきゃダメだな」

 ミカエルはぽつりと呟いた。
 
「今日はつかれただろう。二人とも、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」
「おまえはこれからまた仕事?」
「ああ。親衛隊の隊長だからな」

 ラファエルもゾフィエルもタフである。ミカエルは呆れて息を吐いた。

「いつ寝るんだよ」
「もともと、睡眠時間は短いほうなんだ。闘い通しだったわけでもなし。これくらい、なんともない」

 ――しかし、そうだな。
 ゾフィエルはおもむろに呟いて、ミカエルに歩み寄り、白い頬に手を添えた。

「力の融合をしても?」
「……ああ」

 ミカエルはルシエルの存在を気にしつつ、小さく頷く。途端に黄金色の波が押し寄せ、ゾフィエルの腕を掴んだ。

「っ、ん…」
 
 今度こそ意識を飛ばさないよう、力の入らない膝を叱咤しったする。恍惚に浸され、思考が溶けていく――。

「……あ?」

 気がついたとき、ミカエルは家のリビングのソファに横になっていた。

「ベッドに運んだほうがよかった?」
「いや…」

 声のした方へ目をやると、私服のルシエルが椅子で寛いでいた。
 充実感に溢れ、疲れがすっかりなくなっている。力の融合をしたおかげだろう。

「運んでくれてありがと」
「どういたしまして」

 ミカエルは満たされた気分でシャワーを浴びて、朝日の中で眠りに就いた。
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