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3章.Graduale
お家でぼんやり
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真夜中、城に泊まるよう勧められたミカエルは、それを拒んで森の家に帰った。こんな時間だというのに、リビングには明かりが灯っている。
家に入ったミカエルは、引き寄せられるようにそちらへ向かい、声をかけた。
「ただいま」
「おかえり」
ソファで読書していたルシエルが顔を上げ、ミカエルの方を向いた。紅の瞳と目が合うと、ホッと心が安らいだ。
ルシエルの隣にボフリと座る。
「その軍服、似合うな」
「嬉しくねー」
ズルズルとソファに沈んだ。
ルシエルが顔を覗き込んでくるので、見上げてクッと口角を上げる。
「おまえも着るんだぜ?」
「……ああ、そうなるか。それは?」
「聖剣だとよ」
ミカエルは腰に佩いた剣を抜き取り、ルシエルに手渡した。ルシエルは芸術品を眺めるように剣を見る。
「へぇ…。これを君にね」
「王のやつ、俺を庶子にするって言ってきやがった」
「それで、君は?」
「なるわけねえだろ」
不意に剣が光を帯びて翼の部分が横に広がり、ルシエルがかすかに目を丸くする。
「聖剣は、王族にしか扱えないって聞いたけど」
「そうなのか?」
「他の人に使わせないためのデマだったのか…」
ルシエルが剣をじっくり観察する姿を眺め、ミカエルは口を開く。
「今日、色んな人に会ったぜ」
「パーティー、楽しかった?」
「つかれた。女の人と話したの、すげぇちっこい頃以来だった」
「気になる子でも?」
「気になるっつうか…」
ミカエルは右手を持ち上げる。
「恋とかそういうの、わかんねえのに、女の人の肌が柔らかそうで、」
あのとき、ミカエルはたしかに、その肌に触れたいと思っていた。
「それは男の本能かもね」
「おまえも、そんなふうに思うのか?」
「その感覚はわかる。だけど俺の場合、望まず体験してしまったからな」
「望まず?」
「そう。だから君のように、純粋に焦がれる気持ちはない」
ミカエルはルシエルの方を向く。いつもながら淡々と話すので、状況はさっぱり想像できなかった。
すっと視線が寄越される。
「聞きたい?」
「おまえが、話していいなら」
ルシエルは剣に目を戻し、剣身を指でなぞりながら語った。
「教会に捕まる前のこと。悪魔崇拝の信者の女性に、無理やり身体を暴かれた。彼女は、この身を悪魔に捧げますと言い、勝手に俺を高めて挿れさせたんだ。それが俺の初体験」
「おまえ、その頃ってまだ、」
「十歳くらいだった。当時は理解できなかったよ。教会に囚われてからも、呼ばれた先でやるのを強要されたことがある」
無理やりと聞くと犯される側をイメージするミカエルだが、逆パターンもあるらしい。
「望まなくても、できるのか」
「残念ながら。俺のなかのデビル成分は、嫌がられるほど興奮する」
「……へえ」
ミカエルはようやくわかった。
肌に触れさせてきたムニーラは、ミカエルと行為に及びたかったのだ。それは、恋のような甘い感情ではなかっただろう。とても悲しい目をしていた。
「俺、今日、女の肌に触れたんだ」
ミカエルがその話をしているとき、ルシエルはどこか遠くを見ていた。
「君はその子に惚れたんだろう」
「会ったばかりでか?」
「一目惚れという言葉もある」
「うーーん。……わかんねっ」
ミカエルは考えるのをやめ、シャワーを浴びることにした。
異国の花の匂い。星を纏ったようなラベンダー色のドレス。柔らかな小麦色の肌。――悲しそうな瞳。
「上の空だな。髪から水滴ってるよ」
ぼんやりしている間に、ソファに戻っていた。
ルシエルがタオルでもにょもにょ拭いてくれる。
「おまえ、女とやったことあるのな」
「まぁ」
「またやりてえと思う?」
「単に女性との行為という意味なら、思わない」
ルシエルはスッパリ言い切った。
「へぇ…」
「相手への気持ちがあるからこそ、したいと思うものなのだろう」
「好きになったらってこと?」
「たぶん。俺にはわからない感情だ」
ミカエルは片眉を上げる。
たしかに、好きだからやりたいと思うのは、自然のことなのだろう。しかし、単に女性の身体に惹かれる自分がいることも感じていた。
「君、一度経験してみれば」
「、は?」
唐突な提案に、ミカエルはギョッとした。
「知らないから、興味が尽きないのかもしれない。それを仕事にしている人もいるからね。行為目的でやるなら、後腐れない相手がいいだろう」
「それ、普通に勧めることなのか?」
「俺が "普通" を知っているとでも?」
ミカエルは半目になって押し黙る。
ルシエルの話も一理あるかもしれないと思った。
「街に行けば、そういう店はある」
「……考えとく」
その日は精神的に疲れていたようで、ベッドに入ったらすぐに眠ってしまった。
家に入ったミカエルは、引き寄せられるようにそちらへ向かい、声をかけた。
「ただいま」
「おかえり」
ソファで読書していたルシエルが顔を上げ、ミカエルの方を向いた。紅の瞳と目が合うと、ホッと心が安らいだ。
ルシエルの隣にボフリと座る。
「その軍服、似合うな」
「嬉しくねー」
ズルズルとソファに沈んだ。
ルシエルが顔を覗き込んでくるので、見上げてクッと口角を上げる。
「おまえも着るんだぜ?」
「……ああ、そうなるか。それは?」
「聖剣だとよ」
ミカエルは腰に佩いた剣を抜き取り、ルシエルに手渡した。ルシエルは芸術品を眺めるように剣を見る。
「へぇ…。これを君にね」
「王のやつ、俺を庶子にするって言ってきやがった」
「それで、君は?」
「なるわけねえだろ」
不意に剣が光を帯びて翼の部分が横に広がり、ルシエルがかすかに目を丸くする。
「聖剣は、王族にしか扱えないって聞いたけど」
「そうなのか?」
「他の人に使わせないためのデマだったのか…」
ルシエルが剣をじっくり観察する姿を眺め、ミカエルは口を開く。
「今日、色んな人に会ったぜ」
「パーティー、楽しかった?」
「つかれた。女の人と話したの、すげぇちっこい頃以来だった」
「気になる子でも?」
「気になるっつうか…」
ミカエルは右手を持ち上げる。
「恋とかそういうの、わかんねえのに、女の人の肌が柔らかそうで、」
あのとき、ミカエルはたしかに、その肌に触れたいと思っていた。
「それは男の本能かもね」
「おまえも、そんなふうに思うのか?」
「その感覚はわかる。だけど俺の場合、望まず体験してしまったからな」
「望まず?」
「そう。だから君のように、純粋に焦がれる気持ちはない」
ミカエルはルシエルの方を向く。いつもながら淡々と話すので、状況はさっぱり想像できなかった。
すっと視線が寄越される。
「聞きたい?」
「おまえが、話していいなら」
ルシエルは剣に目を戻し、剣身を指でなぞりながら語った。
「教会に捕まる前のこと。悪魔崇拝の信者の女性に、無理やり身体を暴かれた。彼女は、この身を悪魔に捧げますと言い、勝手に俺を高めて挿れさせたんだ。それが俺の初体験」
「おまえ、その頃ってまだ、」
「十歳くらいだった。当時は理解できなかったよ。教会に囚われてからも、呼ばれた先でやるのを強要されたことがある」
無理やりと聞くと犯される側をイメージするミカエルだが、逆パターンもあるらしい。
「望まなくても、できるのか」
「残念ながら。俺のなかのデビル成分は、嫌がられるほど興奮する」
「……へえ」
ミカエルはようやくわかった。
肌に触れさせてきたムニーラは、ミカエルと行為に及びたかったのだ。それは、恋のような甘い感情ではなかっただろう。とても悲しい目をしていた。
「俺、今日、女の肌に触れたんだ」
ミカエルがその話をしているとき、ルシエルはどこか遠くを見ていた。
「君はその子に惚れたんだろう」
「会ったばかりでか?」
「一目惚れという言葉もある」
「うーーん。……わかんねっ」
ミカエルは考えるのをやめ、シャワーを浴びることにした。
異国の花の匂い。星を纏ったようなラベンダー色のドレス。柔らかな小麦色の肌。――悲しそうな瞳。
「上の空だな。髪から水滴ってるよ」
ぼんやりしている間に、ソファに戻っていた。
ルシエルがタオルでもにょもにょ拭いてくれる。
「おまえ、女とやったことあるのな」
「まぁ」
「またやりてえと思う?」
「単に女性との行為という意味なら、思わない」
ルシエルはスッパリ言い切った。
「へぇ…」
「相手への気持ちがあるからこそ、したいと思うものなのだろう」
「好きになったらってこと?」
「たぶん。俺にはわからない感情だ」
ミカエルは片眉を上げる。
たしかに、好きだからやりたいと思うのは、自然のことなのだろう。しかし、単に女性の身体に惹かれる自分がいることも感じていた。
「君、一度経験してみれば」
「、は?」
唐突な提案に、ミカエルはギョッとした。
「知らないから、興味が尽きないのかもしれない。それを仕事にしている人もいるからね。行為目的でやるなら、後腐れない相手がいいだろう」
「それ、普通に勧めることなのか?」
「俺が "普通" を知っているとでも?」
ミカエルは半目になって押し黙る。
ルシエルの話も一理あるかもしれないと思った。
「街に行けば、そういう店はある」
「……考えとく」
その日は精神的に疲れていたようで、ベッドに入ったらすぐに眠ってしまった。
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