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3章.Graduale
柔らかな哀しみ
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ミカエルは不思議な気持ちで少女を眺めた。
「二人だけのときでいいの。あなたには、そう呼んでほしい」
「……わかりました」
「それなら呼んで?」
「……メアリ」
メアリエルはとても嬉しそうな顔をした。その顔を見て胸が温かくなり、ミカエルは目を瞬く。けれど彼女は、すぐに悲しそうな顔をした。
「小さなころ、よく遊んでくれたアルビー兄様という方がいるの。結婚して他国に行ってしまって…、それからぜんぜん会えなくなったわ」
「さびしいですか」
「うん…。でもね、わたしももうすぐ、お嫁にいくの」
ミカエルは目を丸くした。メアリエルはまだ少女に見える。それが、お嫁に?
「何歳ですか」
「相手は三十九才。わたしで何人目かの結婚よ。侯爵夫人が亡くなって、結婚のはなしがきたんですって」
「いや、あなたは、」
「政略結婚だもの。どうしようもないわ」
倒錯的な話にクラクラした。住む世界が違う。
メアリエルと別れたミカエルは、その後も様々な人に声をかけられた。
「まぁ、凛と美しい方。力が強いだけあるわ。誰かいい人がいらして?」
「さすがミカエル。この空間にあって埋もれない輝きがある」
「今度のミカエルは教会でなく、国に属すのか」
「教会が許したのか?」
「鮮やかなグロッシュラーガーネットのようなミントグリーンの瞳…素敵だわ…」
四方八方から感じる視線。聖学校で慣れたつもりでいたが、ここは様々な思惑にまみれているようで落ち着かない。それに巻き込まれないよう気を張って、疲れを感じた。
煌びやかな会場から逃れて夜風にあたるため、ミカエルは庭へ続く開かれたドアから外へ出る。
暗闇を見上げ、息を吐いた。
今頃、ルシエルはどうしているだろう。早く家に帰って寛ぎたい。そんな事を思っていると、かすかな靴音が近づいて、振り返れば一人の女性がそこにいた。
ミカエルと年齢が近そうだ。肌の色は小麦色。キャラメル色のウェーブした髪を結っている。袖の部分が長く垂れ下がったスラリとしたドレスといい、どこかエキゾチックに感じる彼女は、ゆっくりとミカエルの方にやって来た。
ふわりと長い髪が揺れ、異国の花の香りが鼻腔を擽る。
彼女はぼうっと夜空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「星が見えないわ」
室内からもれる光が、夜空の輝きを隠している。
儚く可憐な雰囲気に押され、ミカエルは口を開いた。
「あの木の向こうまで行けば、見えるかも」
「……一緒に来てくださる?」
あまりに哀しそうな笑みを見て、気付けば頷いていた。
女性の柔らかな曲線を美しく見せるラズベリー色のドレスに続く。歩みに合わせてキラキラ光る生地を見ていると、そこに星があるようだった。
動きが止まり、上向いた彼女がかすかに笑う。
「ほんとう。ここなら見える」
ミカエルも夜空を見上げた。森で見るほどではないが、たくさんの星が煌めいている。
「もっとこちらへいらして」
ミカエルは呼ばれるがままに足を進めた。
手が届きそうな距離にきて、女性がさらに歩み寄る。頼りなく感じる細い肩。首許が大きく開いたドレスから、柔らかそうな肌が覗いている。
「あなた、ミカエル?」
「はい」
「ミカエルなのに、ブランリスの軍服を着ているのね」
「教会の服を着ないためです。本当は、森で静かに暮らしたい」
「そう…」
女性は睫毛を下ろし、両手でそっとミカエルの手を取った。そのまま腕を曲げ、自らの頬へと添える。眉尻を下げ、何かを願うように目を閉じた。
ミカエルは、目蓋を下ろした彼女を凝視したまま動けない。
彼女の両手に誘われるがまま、右手が彼女の頬を撫で、首筋を伝って鎖骨に辿り着いた。彼女が両脇を閉めて腕を曲げているので、胸の谷間がよく見える。
ミカエルの喉がコクリと鳴った。
「女に興味はなくて?」
「いや、……」
彼女はミカエルの顔を見上げ、かすかに眉尻を下げて笑む。
「純心なのね。……あなたのような方と結婚したかった」
首を伸ばした彼女の顔がミカエルの顔に近づく。
「二人だけのときでいいの。あなたには、そう呼んでほしい」
「……わかりました」
「それなら呼んで?」
「……メアリ」
メアリエルはとても嬉しそうな顔をした。その顔を見て胸が温かくなり、ミカエルは目を瞬く。けれど彼女は、すぐに悲しそうな顔をした。
「小さなころ、よく遊んでくれたアルビー兄様という方がいるの。結婚して他国に行ってしまって…、それからぜんぜん会えなくなったわ」
「さびしいですか」
「うん…。でもね、わたしももうすぐ、お嫁にいくの」
ミカエルは目を丸くした。メアリエルはまだ少女に見える。それが、お嫁に?
「何歳ですか」
「相手は三十九才。わたしで何人目かの結婚よ。侯爵夫人が亡くなって、結婚のはなしがきたんですって」
「いや、あなたは、」
「政略結婚だもの。どうしようもないわ」
倒錯的な話にクラクラした。住む世界が違う。
メアリエルと別れたミカエルは、その後も様々な人に声をかけられた。
「まぁ、凛と美しい方。力が強いだけあるわ。誰かいい人がいらして?」
「さすがミカエル。この空間にあって埋もれない輝きがある」
「今度のミカエルは教会でなく、国に属すのか」
「教会が許したのか?」
「鮮やかなグロッシュラーガーネットのようなミントグリーンの瞳…素敵だわ…」
四方八方から感じる視線。聖学校で慣れたつもりでいたが、ここは様々な思惑にまみれているようで落ち着かない。それに巻き込まれないよう気を張って、疲れを感じた。
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暗闇を見上げ、息を吐いた。
今頃、ルシエルはどうしているだろう。早く家に帰って寛ぎたい。そんな事を思っていると、かすかな靴音が近づいて、振り返れば一人の女性がそこにいた。
ミカエルと年齢が近そうだ。肌の色は小麦色。キャラメル色のウェーブした髪を結っている。袖の部分が長く垂れ下がったスラリとしたドレスといい、どこかエキゾチックに感じる彼女は、ゆっくりとミカエルの方にやって来た。
ふわりと長い髪が揺れ、異国の花の香りが鼻腔を擽る。
彼女はぼうっと夜空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「星が見えないわ」
室内からもれる光が、夜空の輝きを隠している。
儚く可憐な雰囲気に押され、ミカエルは口を開いた。
「あの木の向こうまで行けば、見えるかも」
「……一緒に来てくださる?」
あまりに哀しそうな笑みを見て、気付けば頷いていた。
女性の柔らかな曲線を美しく見せるラズベリー色のドレスに続く。歩みに合わせてキラキラ光る生地を見ていると、そこに星があるようだった。
動きが止まり、上向いた彼女がかすかに笑う。
「ほんとう。ここなら見える」
ミカエルも夜空を見上げた。森で見るほどではないが、たくさんの星が煌めいている。
「もっとこちらへいらして」
ミカエルは呼ばれるがままに足を進めた。
手が届きそうな距離にきて、女性がさらに歩み寄る。頼りなく感じる細い肩。首許が大きく開いたドレスから、柔らかそうな肌が覗いている。
「あなた、ミカエル?」
「はい」
「ミカエルなのに、ブランリスの軍服を着ているのね」
「教会の服を着ないためです。本当は、森で静かに暮らしたい」
「そう…」
女性は睫毛を下ろし、両手でそっとミカエルの手を取った。そのまま腕を曲げ、自らの頬へと添える。眉尻を下げ、何かを願うように目を閉じた。
ミカエルは、目蓋を下ろした彼女を凝視したまま動けない。
彼女の両手に誘われるがまま、右手が彼女の頬を撫で、首筋を伝って鎖骨に辿り着いた。彼女が両脇を閉めて腕を曲げているので、胸の谷間がよく見える。
ミカエルの喉がコクリと鳴った。
「女に興味はなくて?」
「いや、……」
彼女はミカエルの顔を見上げ、かすかに眉尻を下げて笑む。
「純心なのね。……あなたのような方と結婚したかった」
首を伸ばした彼女の顔がミカエルの顔に近づく。
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