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3章.Graduale

バディのゾフィエル

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 †††

 その頃、ゾフィエルは王ヨハエルのもとを訪れていた。朝食後の、ちょっとした時間だ。

「何かあったか」

 顔を見るなりそう問われ、ゾフィエルは細く息を吐き出した。

「陛下にご報告があります。昨夜、ミカエルがルシファーと共に聖学校から脱出を謀りました」

 ヨハエルは目を丸くする。

「彼らは親しいのか」
「はい、親しげな様子でした。それから、ルシファーはもともと、ルシエルいう名であったそうです」
「……ルシエル」
「はい。彼の強さなら、納得がいきます」

 ヨハエルも "前のルシエル" を知っている。バラキエルから剣を習っていた頃、たびたび鍛練に付き合ってくれたと話していた。年齢はヨハエルのほうが上だが、剣の腕はルシエルのほうが上だったようだ。

「それで、ですね」

 ゾフィエルは脱出劇の顛末てんまつを嘘偽りなく簡潔に語る。
 命運はヨハエルの手にゆだねられている。ヨハエルが一蹴いっしゅうすれば、ゾフィエルもミカエルたちも、反逆者になってしまうのだ。
 ゾフィエルは普段通り凛と佇み、審判を仰ぐ。

 ヨハエルは、静かに口を開いた。

「そなたは大胆な男だ。バディの少年が、そんなに大切か?」

 その瞳に、責める色はない。
 ゾフィエルは、ヨハエルに気に入られている自覚があった。それにしても、これほど身勝手を働いた側近に、怒りの感情すら見せないとは。

「大切です。バディは己の半身のようなもの。彼をバディに決めた時から、運命を共にする覚悟はできております」

 彼という存在に惚れ込み、バディになりたいと望んだのはゾフィエルだ。たとえ地位や名誉を失うことになろうとも、もはやゾフィエルは、バディを解消する気になれない。
 ヨハエルが目を細める。
 ゾフィエルは身体中に覚悟のエネルギァをみなぎらせていた。

「そなたも、彼らも。喪うには惜しい存在だ。彼らにデビル退治の任を与えよう」

 ヨハエルは悠々とのたまった。
 一語一語がじわじわと胸に沁み渡る。

「っありがとうございます、陛下。このご恩は忘れません…!」

 感極まったゾフィエルは、ガバリと腰を折った。

「よい。実のところ、そのような考えはあった。そなたは良い働きをした」
「っそれは、勿体ないお言葉です」
「任命式を開き、パーティーでももよおそう。ミカエルといえば聖剣だな」
「、しかし、聖剣は王家の者にしか扱えないのでは」

 ゾフィエルは動揺して首を傾げた。それにそれは、王家の宝であったはず。
 ヨハエルは緩く首を振る。

「聖剣は、それを扱うに相応しい者にしか扱えないのだ」

 王家の者といえど、扱えない者もいる。その事実を突きつけられないよう、機会があったにも関わらず、一生手にしなかった王もいるという。ちなみにヨハエルは、戦に赴く際、使用したことがある。

「扱えたなら、破魔の剣として大いに役立つ」
「ですが、ミカエルに渡してしまっては、戦の際、陛下がお使いになれません」
「人間相手なら、聖剣でなくても良かろう」

 軽い調子で言うので、ゾフィエルは困惑した。

「それから、ルシファーだな。ザプキエルの対応はどうだ」
「それが、本人の好きにさせると」
「であれば、問題あるまい。しかし、彼は目立つな」

 黒髪も紅の瞳もそういない。人々から奇異な目で見られるだろう。その上、あの氣質だ。聖剣を持つ者と共にあり、軍服でも着ていれば、受け入れられるだろうか。
 ゾフィエルはフムと顎に手を当てた。王の信用に関わる問題である。
 ふと、つい最近顔を合わせた存在が頭に浮かんだ。

「その件は、商人のアズラエル殿に依頼されてみてはいかがでしょう」

 アズラエルは情報通で見聞が広く、いつも面白い物を見せてくれる。ヨハエルも懇意にしていたはずだ。
 眼帯で両目を隠した風貌は怪しげではあるが、貴公子然とした落ち着いた物腰と口調が、それを払拭していた。

「そうだな、そちらはそなたに任せる」
「御意にございます」

 さて、そうと決まれば、おちおちしてはいられない。

「さっそく、教皇庁に一筆書こう」

 ミカエルたちは、教会の意向で聖学校へ通っていたのだ。
 ミカエルは特に、教会にとって重要な存在。それに、デビル退治は本来、修道士の役割である。それが近頃、目撃情報が増え、国としても対策を迫られていた。

「用意ができたら呼ぶ」
「かしこまりました」

 ゾフィエルは一礼して部屋を出る。
 早急にアズラエルを捕まえなくてはならない。彼はちょうど先日、城を訪れたばかりだから、まだ近くにいるだろう。
 特徴的な彼の力から居場所を探ろうとしたが、無駄だった。

 ゾフィエルは執務室へ戻り、氣を集中させる。
 街をうろつく野良犬セインに意識を送り、その視界を共有した。それはゾフィエルの知られざる能力だ。昨夜の聖学校での脱出劇も、クリスの目を通して知ることができた。
 セインの目はよく借りる。
 食べ物を持ってたびたび会いに行っていることもあり、抵抗なく協力してくれた。親しくなれば、動物たちと意思の疎通まで出来るゾフィエルである。
 彼らはイメージや感覚で伝えてくれる。セインはどうやら見かけた事があるらしく、すぐにアズラエルの居場所を見つけてくれた。

 街を見渡す時計塔。そのてっぺんに、彼はいた。
 ゾフィエルは瞬間移動で塔の近くへ行き、セインの頭を一撫ですると、塔内部の螺旋階段を登りにかかる。不信感を抱かれるような現れ方はできない。
 ぐるぐる回って塔の頂上。
 階段から顔を覗かせる。
 吹きさらしの窓際に、異国の服を身に纏う後ろ姿を捉えた。風がブラウンの髪を揺らす。目許を隠していても、美しい顔立ちをしているのだろうと思わせる雰囲気が、彼にはあった。
 ふと、アズラエルが振り返る。
 両目を覆うように眼帯をした彼は、それでもしっかりと、ゾフィエルの方に顔を向けるのだ。

「おや、おはようございます、ゾフィエル殿。朝のお散歩ですか?」
「そんなところです。ちょうど、貴公を探していましてね」
「ほう…? 何用でしょう」

 どうにかして居場所を突き止め、やって来たのだろう。アズラエルはそう悟っているに違いない。しかし、そのような様子はまったく見せなかった。
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