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後篇
みんなの望んだ世界
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食堂の扉を開けると喧騒に包まれた。喜びに満ちた空間に頬が緩む。
ノヴァやリュイヴェ、ラウレルの姿を発見した生徒の中には、泣き出す者もいた。――アスファーやジンの姿に安堵や感謝が抑えきれない様子の生徒も。二人は怪我をしているため、余計に痛ましいというか、生々しい。
人垣を掻き分け、空いている席に着くと、セスリオとカイがやって来た。
「怪我を見せてみろ」
カイの言葉に訝しみつつ、憮然としてアスファーが腕を出す。その様子に小さく微笑んで、カイはすっと手を翳した。それだけで、アスファーが包帯を取ると傷は見当たらなくなっていた。
「すげぇ…」
感心する当人を他所に、カイはさっさとアスファーの怪我を治癒していく。自分がやったのだから、聞くまでもなく患部が分かるのだろう。
「おまえはなかなか打たれ強いようだ。少しやり過ぎたかと思ったが、そうでもなかったようだな」
「……骨、折れたぜ?」
「ちゃんと綺麗に折っただろう」
「…………どれくらい手加減してたんだよ」
「七割は本気だった」
「あれで七割か…」
死ぬ気で闘ったアスファーとしては、なんとも言えない気分だろう。
「おまえが性懲りもなく仕掛けてくるので、上手く加減が出来なかった時はあったがな」
「俺が倒れないように、加減してたんだろ…?」
「そうだが、ああも好戦的な目を向けられると」
――血が騒ぐ。
そう言って艶やかに若草色の瞳を細めたカイに、アスファーがビクリと後退りする。竜族は元来、好戦的な種族なのだ。
アスファーの反応を楽しんだカイは、ふっと息を吐くように笑った。アスファーは視線をそらして眉根を寄せている。
そんな二人の隣では、セスリオがジンを治癒していた。
「落ち着いたら、おまえたちの闘った聖霊族の男共に会ってくれんか? 気を病んでいる」
「ああ。父や同胞も蘇ったと聞く。俺は…、たぶん父も、彼を責める気持ちはない」
「……そうか」
ふと聞き覚えのある笑い声に向こうを見てみると、イェシルとリーエルと一緒に、穏やかに談笑しているヴィレオがいた。――これから先、魔界と幻想界はもっと歩み寄れるだろう。
「リュイ兄、体調は?」
「目が覚めたら不調はなくなっていた」
「じゃあ…!」
「ああ。黒のエネルギーは完全に消滅したようだ」
「良かった…」
ほうっと息を吐き、心からの笑みを見せるラウレル。それにリュイヴェが愛しげに微笑んでいる。
「いやぁホント、良いこと尽くしだな。信じらんねぇくらいだ」
朗らかに二人を眺め、ノヴァが緩く首を振った。
「ノヴァの望んだ世界だからな」
「……みんなの望んだ世界だ」
おれたちは顔を見合せて笑う。
ふと、銀の瞳が思い返すように斜め上へ向いた。
「しかし、人間界は酷い有り様だよな」
「あの時点でだいぶ壊滅的だったし、ノヴァの言った『清らかな望み』っていうのに見合う望みを持つ人も、少なかったから」
「あー、それは、」
「この星も美しくなりたいって望んだみたいだし、重いエネルギーに染まった人は、結局ここを去らなきゃならなかったよ」
「……そっか」
優しい眼差しがこそばゆい。
そこで視線を感じて顔を向けると、ラウレルと目が合った。いつから見られていたのだろう。
「どうして神様は、あのとき願いを叶えてくれたんだ?」
ノヴァも興味津々といった風に見てくる。
おれはそんな二人に小さく笑う。
「いつだって願えば叶うさ。だけど、純粋にそれしか頭になくて、魂の底から願わないと伝わらないんだ。普段はそれが出来てないだけ」
「へぇ。神様って案外優しいのな」
「全ての命を愛してるんだから、当然だろ」
それには、ラウレルが不満そうな顔をした。
「だけど、辛いことや苦しいことも沢山ある」
「神の愛は純粋だからな。なんだって許しちゃうんだ。ラウレルが幸せだけを求めるなら、幸せにしかならないよ。自分の感覚を、幸せで埋め尽くしちゃえば良い」
「……よく分からないけど、それなら、これからはずっと幸せでいられそうだ」
そう言ってふわりとリュイヴェに微笑む。するとリュイヴェも、応えるように微笑を浮かべた。
「あーはいはい。おまえらが幸せなら、俺も幸せだよ」
投げ遣りに言ったノヴァに二人が小さく笑う。
笑顔と歓喜で満ちた食堂。
麗らかな日差しが、ステンドグラスを通って淡い青に色付いている。
魂の奏でる音色は美しいハーモニーを描き、天へと昇る至福の調べ。
――ああ、これが――
あなたの
みんなの
……おれの 望んだ
世界
-fin-
ノヴァやリュイヴェ、ラウレルの姿を発見した生徒の中には、泣き出す者もいた。――アスファーやジンの姿に安堵や感謝が抑えきれない様子の生徒も。二人は怪我をしているため、余計に痛ましいというか、生々しい。
人垣を掻き分け、空いている席に着くと、セスリオとカイがやって来た。
「怪我を見せてみろ」
カイの言葉に訝しみつつ、憮然としてアスファーが腕を出す。その様子に小さく微笑んで、カイはすっと手を翳した。それだけで、アスファーが包帯を取ると傷は見当たらなくなっていた。
「すげぇ…」
感心する当人を他所に、カイはさっさとアスファーの怪我を治癒していく。自分がやったのだから、聞くまでもなく患部が分かるのだろう。
「おまえはなかなか打たれ強いようだ。少しやり過ぎたかと思ったが、そうでもなかったようだな」
「……骨、折れたぜ?」
「ちゃんと綺麗に折っただろう」
「…………どれくらい手加減してたんだよ」
「七割は本気だった」
「あれで七割か…」
死ぬ気で闘ったアスファーとしては、なんとも言えない気分だろう。
「おまえが性懲りもなく仕掛けてくるので、上手く加減が出来なかった時はあったがな」
「俺が倒れないように、加減してたんだろ…?」
「そうだが、ああも好戦的な目を向けられると」
――血が騒ぐ。
そう言って艶やかに若草色の瞳を細めたカイに、アスファーがビクリと後退りする。竜族は元来、好戦的な種族なのだ。
アスファーの反応を楽しんだカイは、ふっと息を吐くように笑った。アスファーは視線をそらして眉根を寄せている。
そんな二人の隣では、セスリオがジンを治癒していた。
「落ち着いたら、おまえたちの闘った聖霊族の男共に会ってくれんか? 気を病んでいる」
「ああ。父や同胞も蘇ったと聞く。俺は…、たぶん父も、彼を責める気持ちはない」
「……そうか」
ふと聞き覚えのある笑い声に向こうを見てみると、イェシルとリーエルと一緒に、穏やかに談笑しているヴィレオがいた。――これから先、魔界と幻想界はもっと歩み寄れるだろう。
「リュイ兄、体調は?」
「目が覚めたら不調はなくなっていた」
「じゃあ…!」
「ああ。黒のエネルギーは完全に消滅したようだ」
「良かった…」
ほうっと息を吐き、心からの笑みを見せるラウレル。それにリュイヴェが愛しげに微笑んでいる。
「いやぁホント、良いこと尽くしだな。信じらんねぇくらいだ」
朗らかに二人を眺め、ノヴァが緩く首を振った。
「ノヴァの望んだ世界だからな」
「……みんなの望んだ世界だ」
おれたちは顔を見合せて笑う。
ふと、銀の瞳が思い返すように斜め上へ向いた。
「しかし、人間界は酷い有り様だよな」
「あの時点でだいぶ壊滅的だったし、ノヴァの言った『清らかな望み』っていうのに見合う望みを持つ人も、少なかったから」
「あー、それは、」
「この星も美しくなりたいって望んだみたいだし、重いエネルギーに染まった人は、結局ここを去らなきゃならなかったよ」
「……そっか」
優しい眼差しがこそばゆい。
そこで視線を感じて顔を向けると、ラウレルと目が合った。いつから見られていたのだろう。
「どうして神様は、あのとき願いを叶えてくれたんだ?」
ノヴァも興味津々といった風に見てくる。
おれはそんな二人に小さく笑う。
「いつだって願えば叶うさ。だけど、純粋にそれしか頭になくて、魂の底から願わないと伝わらないんだ。普段はそれが出来てないだけ」
「へぇ。神様って案外優しいのな」
「全ての命を愛してるんだから、当然だろ」
それには、ラウレルが不満そうな顔をした。
「だけど、辛いことや苦しいことも沢山ある」
「神の愛は純粋だからな。なんだって許しちゃうんだ。ラウレルが幸せだけを求めるなら、幸せにしかならないよ。自分の感覚を、幸せで埋め尽くしちゃえば良い」
「……よく分からないけど、それなら、これからはずっと幸せでいられそうだ」
そう言ってふわりとリュイヴェに微笑む。するとリュイヴェも、応えるように微笑を浮かべた。
「あーはいはい。おまえらが幸せなら、俺も幸せだよ」
投げ遣りに言ったノヴァに二人が小さく笑う。
笑顔と歓喜で満ちた食堂。
麗らかな日差しが、ステンドグラスを通って淡い青に色付いている。
魂の奏でる音色は美しいハーモニーを描き、天へと昇る至福の調べ。
――ああ、これが――
あなたの
みんなの
……おれの 望んだ
世界
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