誰かの望んだ世界

日灯

文字の大きさ
上 下
87 / 87
番外編

妹について /ノヴァ <本編後>

しおりを挟む
・ノヴァくんとアトロくん・

 学園は以前の穏やかさを取り戻した。実習はまだ二日に一度あるが、最近までの魔物狩りメインな生活に比べたら、全く問題ではなかった。
 日常を取り戻した始まりの日、生徒集会を開いたノヴァールは、生徒会長として生徒の活躍を称え、感謝の意を表した。ジンの父親で学園の守衛隊を率いているゼンジも学園を訪れて共に祝辞を述べ、その日は豪華な料理に宴まで模様された。
 生徒たちは歓喜し、夜が更けるまでハイテンションだった。
 苦難を共に乗り越えたからか、みんなの距離は以前より近くなったように感じられた。


 ノヴァールは久し振りの教室に妙な感慨を覚える。もう随分、学生という身分を忘れていたようだ。

「お疲れ」

 前の席に座ったアトロが言葉をくれた。彼はこのクラスの級長だ。

「おう」
「兄弟とはもう会ったか?」
「……妹はすでに幻想界だったな」

 そこでノヴァールは、アトロにも妹がいたことを思い出した。

「おまえの妹、いくつだっけ?」
「……十三だ」

 何故か一瞬妙な顔をしたアトロに、ノヴァールは興味を持つ。
 昔、何かの集まりの際、一度彼女を見かけたことがあった。首元までの紅茶色の髪は内側にカーブを描き、ふさふさの睫毛に覆われたアーモンド型の優しい瞳はアトロと同じ蓬色。上品に微笑むアンナを見て、ノヴァールは少し羨ましい気分になったのだった。

「アンナ、可愛い子だよな」

 羨望の眼差しを送るノヴァールに、アトロは何故か苦々しい顔をする。

「……黙っていればな」

 ノヴァールは首を傾げた。

「引っ込み思案だが、話したって普通に女の子だったじゃんか」

 どうもノヴァールの中では、ルテラが基準になっている。
 アトロは、小さく息を吐き出した。

「少し会わない内に、口調が随分変わってしまったんだ」

 それにノヴァールは得心がいった。兄ちゃんと呼んでくる元々男の子っぽかった妹から、遂に兄貴と呼ばれた時のちょっとしたショックを思い出したのだ。
 ノヴァールは同情するような眼差しをアトロへ向ける。
 ――しかし相手はあのアンナ。
 ルテラよりマシだろうと思い直した。
 いつになく沈んだ様子のアトロを元気付けようと、ノヴァールは口を開く。

「俺なんて、妹から兄貴って呼ばれるぜ」

 しかしそんなノヴァールの言葉にも、アトロの暗い表情は変わらない。

「……俺は兄者と呼ばれた」

 あにじゃ

 予想外の言葉に、ノヴァールの頭はうっかり漢字変換を逃した。

「は…?」

 ――あのアンナが?

 いや、それ以前にそのような呼び方が今のご時世で使われていたのか。色々と信じられない。
 目を見開くノヴァールに、アトロは肩を落とす。

「街で道に迷った時に助けてくれた少年を見習ったそうだ。『彼のように、逞しくなりたいと思って』と、力強く言われた」

 なんというか、アンナの思考はどうも斜め上をいく。

「なんとか説得して今は兄貴で勘弁して貰っているんだが、口調は頑なに戻そうとしない」

 兄としては途方もなくショックだろう。元がとても可愛く上品だったとなれば尚更だ。
 ノヴァールは改めてアトロに同情の眼差しを送った。

 彼は後日、「正直、妹の話で誰かにこんなに同情するなんて思ってなかった」と、リュイヴェに語っている。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

君が僕を好きなことを知ってる

みこ
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...