誰かの望んだ世界

日灯

文字の大きさ
上 下
57 / 87
後篇

新たな日常 (sideアスファー

しおりを挟む
 実習メインの生活が始まった。
 俺たちはエントランスの決められた場所へ向かう。点呼は移動前に行うとかで、教室に行かなくても良いらしい。生徒でごった返しているそこは、小さなざわめきで満ちていた。
 移動は魔方陣なので、生徒である俺らが野営をすることはない。一日みっちり魔物狩りをしても、夜には学園に戻って来られる。

「じゃあな」
「おー」

 実習はこれまで、ジン、ラウレル、イオと四人で行動していたので、ラウレルたちと別れるのは変な感じだ。
 同じグループになった委員長たちは背が高く、幻想界の住人だからか目立っている。見付けるのは、簡単だった。

「はよーっス」
「おはよう」

 委員会での関わりがあるとはいえ、あまり親しいとは言えない。どことなく馴れ合うのを躊躇してしまうような雰囲気が二人にはある。
 ジンも会釈しただけで、視線を下げてしまう。こいつは人見知りだから仕方がないが――。

「参ろうか」

 さっそく歩き出した委員長に続く。
 陣の側には、グラディオが立っていた。俺とジンに視線が注がれる。

「体調は?」
「いつも通り」

 隣でジンも頷く。
 身体が重いのは、もう慣れた。

「長期戦だ。無理はするなよ」
「了解」

 グラディオの視線が委員長たちへ移る。

「頼む」
「ああ」

 委員長たちは、幻想界の住人なので体調不良など感じない。俺らより力も強く、そのエネルギーは属性すら越えている。頼もしい存在だ。
 緑の光のカーテンのようなベールが消えた後、そこは聖堂の中だった。

「おう。久し振りだなぁ」

 後ろからかかった懐かしい声にぎょっとして振り返る。――まさか本当に会うことになるとは思っていなかった。思った通りのその人は、黒い隊服に身を包んでおり、少しだけ大人びて見える。

「……レンさん」

 しかしにんまりと浮かんだ人をバカにするような笑みは、以前と変わらない。

「なんだ、顔色悪いな」

 今は大体の奴が顔色悪いだろう。なのにレンさんは、元々不健康に見える蒼白い肌をしているからか、不調には見えない。

「レンさんは体調不良じゃないのか?」
「ばぁか。俺はそんなに力強くないから関係ねぇんだよ」

 そんな事ないだろうに、羨ましいだろうと言って笑う。
 それから、スッと真面目な顔をした。

「おまえらには、村人の避難を援助してもらう。ここらの魔物はだいぶ強いから、気を抜くなよ」

 そう言って地図を広げ、向かう場所と出没する魔物を教えてくれる。

「ドラゴンにはアスファーとジンは構うな。セスリオとカイに任せろ。倒すべき魔物は一体じゃないからな」

 俺らがドラゴン相手に闘うとなると、簡単にはいかない。魔物を減らすのは重要だが、村人の無事が第一なので、ジンと共に頷いた。
 村は山の奥深くにあり、自給自足で生活しているため魔方陣がないという。通達の文により現状を知り、安全な町へ移動することになったらしい。
 俺らはそこへ向かい、魔方陣を作って村人を移動させる。

「準備はいいか?」

 声を追って入り口の方を見れば、光を反射する真っ黒いグラサンをかけた隊員の姿。これも懐かしい光景だ。

「おう。おまえら行くぞ」

 意気揚々と歩き出したレンさんに続いて外へ出る。そこには、何人かの隊員が俺らを待っていた。


「その村は、今までよく無事だったな」

 山道を歩きながら委員長が呟いた。その声を拾ったジークさんが口を開く。

「ああ。俺たちが村の存在を知ったのは、黒の結晶石クォーツの探索によるものだったのだが」

 魔界には手付かずの自然が多く残っており、未開の地も少なくない。それが黒の結晶石クォーツを見付けるのを困難にしていると思う。

「今はそうした農村に住む人々を、なるべく一ヶ所に固めて護るよう進めているところだ」

 昨年から魔物が減らないと思っていたが、ジークさんの話によると逆に増えているらしい。それも最近、そのペースが上がっているようだと。

「なんせ人間界にまで捜索を広げるというのだから、手が足りない」
「ジン、おまえの親父さんも行ったり来たりしてるが、今は人間界だ。会えなくて残念だったな」
「……べつに」

 レンさんの言葉にジンは微かに眉根を寄せる。

「けどよ、面白い人だな、親父さん」
「レン、一応隊長だ」

 どうやらゼンジさんは慕われてるようだ。あの人は強い。俺も尊敬している。ジンは実に嫌そうな顔をしているが。

「最初は驚いたっけな」
「確かに、予想外だった」
「フレンドリーだしよ」
「ああ、気さくな方だ」
「へらへらしてんのに強ぇし」
「あの雰囲気に油断したのが悪かったな」

 レンさんたちのテンポの良い会話を聞いていたジンは、終いにそっぽを向いてしまった。
 聞きたくないと顔に書いてある。ジンもゼンジさんを尊敬してるくせに素直じゃない。

「来たぞ!!」

 その時、魔物の気配が迫り、一気に場が緊張した。
 それからは闘い通しだった。全てを相手にしきれず撒いたりしながらようやく村へ辿り着く。もうすっかり辺りは夕闇だ。

「、は、なんとか無事だったな」

 特に後半は、隊員の半分が違う村へ向かって道を別れたため辛かった。それでも委員長たちのお陰で怪我人もいない。
 隊員の一人が描いた魔方陣が淡く光を放ち、どこかに繋がったことを示す。

「今日は帰れ。おまえらの任務は当分こんな感じになるぞ。しっかり休めよ」

 他の隊員たちは村人と何か話をしている。
 レンさんに促され、俺らは学園へ戻った。学舎のエントランスには、読書に没頭する保健医の姿しかない。

「それではな」
「お疲れっス」

 俺は疲れた様子のない委員長たちを見送り、ジンと寮に戻った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...