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前篇
年の瀬は居残り
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試験が終われば、明日から休みだと生徒たちは浮き足立つ。もう、年の瀬である。
居残り組のおれらは、すっかり白に覆われた外の景色を眺めながら、教室に残って昼食を食べていた。
「年越しパーティーはアスファーっちの部屋な」
「おう。なぁ、今年も」
「ホワイトケーキ? 二人も手伝えよ」
甘いもの好きな二人は、無言で頷いた。
温度の調整されている学園内は快適で、しばしば教室で昼寝をしてしまう。
ハッと目が覚めたとき、むくりと起き上がったジンが隣で伏せていたアスファーの首に音もなく腕を伸ばしていた。
指が絡みつく寸前、微かな殺気に反応したのか、起き上がったアスファーがその腕を掴む。
「放せッ」
ジンが悔しそうに深遠なる朱色の瞳を歪めた。
ホッとしたのも束の間、今度はアスファーがジンの両腕を一纏めにして空いた手を素早く懐へ突っ込み、懐刀の柄を握りしめている。
「寝込みを襲うとは大した性根だな、ヒューゴ」
瞬時に引き抜かれた鈍色のそれに、おれは慌ててアスファーの腕を掴み、おでこを思い切り叩いた。
妙に深みのあった金色の瞳が徐々に澄み渡り、自身の両手を見下ろして唖然と見開かれる。
ジンも、いつの間にか呆けたようにアスファーを見上げていた。
――微妙な沈黙が満ちる。
「なんだ、おまえら残るのか」
廊下から掛かった声に、三人でハッと顔を向けた。
顔を出したグラディオがニタリと笑う。
「魔物狩り、手伝え」
「えー…」
この季節はあまり外に出たいと思えない。
アスファーが憮然とした表情で口を開きかけたとき、グラディオが廊下の向こうに声を掛けた。
「よぅ、スクーロ。こいつら、いい戦力だろ」
「……おまえたちか。ああ、年々頼もしくなるようだ」
ひょっこりと顔を覗かせたスクーロの言葉に、アスファーが顔をそらして頬を掻く。完全に反抗する気は失せたようだ。
それを見たグラディオが満足げに微笑む。
「先生ずりぃ」
「ああ?」
「……なんでもないですー」
ムスッと呟いたとき、スクーロがくつくつと笑い声を上げた。
「グラディオ、教師なんだから」
「こんなに良い教師いねぇだろ」
「たしかに、先生ほどの反面教師はいないだろうね」
ボソリと呟けば、鋭い視線が突き刺さる。スクーロは横を向いて笑いだしてしまった。アスファーは口を抑え、ジンは俯いて肩を震わせている。
「……おまえ、いい度胸だな」
「いやいや、それほどでも」
グラディオには散々こき使われているので、これくらい言わせてほしい。
不意に、金に一筋銀の混じった瞳が細められる。それを見て正気に戻ったスクーロが、にわかに慌てて間に入った。
「明日から頼もうか」
「……だな」
スクーロがほっと息を吐いた。
そういえば、以前ルルムが、スクーロとは同級生だと言っていた。
「もしかして、先生たちも学生時代からの付き合い?」
問えば、顔を見合わせた二人。
グラディオが、持っていた本で自身の肩を叩きながら口を開く。
「生徒会で一緒だったんだよ。スクーロは俺の後輩」
「グラディオ先生はなんの役だったんだ?」
興味を示したアスファーに、グラディオは怠そうに答えた。
「副会長」
「ノヴァールみたいに会長だと思ったぜ」
ノヴァールは初等部時代、会長を務めていたらしい。そして多分、中等部でもそうなるだろう。
たしかにグラディオは、ノヴァと似たような雰囲気がある。ちょっと垂れた目許も同じだ。
「会長なんてダルい役、お断りだ。副会長も大概だけどな」
決定的に違うのは、このやる気のなさじゃなかろうか。
そうして結局、おれたちは、休みだというのにしっかり働かされることになってしまった。
「暖炉ってステキ」
「あ゙ーったまるぜー」
魔物狩りを終え、談話室の暖炉で心身共に暖まっていると、ヴィレオが通りかかった。
「あ」
「……あぁ、君も居残りなんだ」
「おう」
近付いてきたヴィレオが、本を抱えていない方の手でやんわりと髪を撫でてくる。その口許に浮かぶ微笑に首を傾げた。
「髪、下りてるとますます幼く見えるね」
「……どーせ童顔ですよ」
「いいじゃない。可愛くて」
クスクスと上品に笑うヴィレオを睨みつける。――可愛いと言われても嬉しくない。
「ああ、君も。そっちの方が年相応に見える」
アスファーに視線を移したヴィレオの言葉に吹き出す。
おれもアスファーも、雪にやられて髪が下りているのだが。アスファーの方が、だいぶ印象が変わると思う。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味さ」
ヴィレオは深緑の瞳を細めて麗らかに微笑む。それにアスファーは顔を顰めた。
そのとき扉が開き、目をやればローブを着込んだノヴァが立っていた。珍しく一人である。
「おまえらも駆り出されたのか」
「ノヴァ、残ってたの?」
「あー、集まりには基本、顔出さないから俺」
ノヴァはアスファーを退かして暖炉の前を陣取り、息を吐く。冷えた手を擦るノヴァの、伏せられた銀の瞳をチラリと盗み見た。
そこでふと顔を上げたノヴァとガッチリ目が合い、少し戸惑う。
「……そ。俺がいると、空気悪くなるから」
苦笑して頭を撫でられ、視線がさ迷った。
うつらうつらしていたジンが、ふと顔を上げる。穏やかな朱色がノヴァを捉えた。
「ノヴァールも年越し、一緒にするか?」
「そうだな、一人は寂しいだろうしな」
続いて言ったアスファーに、ノヴァが苦笑する。
「一人ってのは決定かよ。……まぁ、おまえらがいいなら」
言いながら滅多にないアスファーのさらさらな頭を楽しそうに撫でている。
ふとヴィレオに目をやれば、慈しむようにノヴァたちを見ていた。
「ヴィレオもどう? イェシルも一緒にさ」
「……それじゃあ、お邪魔しようかな」
少し思案したヴィレオだったが、最後は頷いてみせた。
弟のイェシルはわいわいした雰囲気を好みそうだから、きっと、彼のために了承したのだろう。
「今年は賑やかになりそうだぜ」
嬉々として言ったアスファーに、ノヴァとヴィレオが穏やかに微笑んだ。
居残り組のおれらは、すっかり白に覆われた外の景色を眺めながら、教室に残って昼食を食べていた。
「年越しパーティーはアスファーっちの部屋な」
「おう。なぁ、今年も」
「ホワイトケーキ? 二人も手伝えよ」
甘いもの好きな二人は、無言で頷いた。
温度の調整されている学園内は快適で、しばしば教室で昼寝をしてしまう。
ハッと目が覚めたとき、むくりと起き上がったジンが隣で伏せていたアスファーの首に音もなく腕を伸ばしていた。
指が絡みつく寸前、微かな殺気に反応したのか、起き上がったアスファーがその腕を掴む。
「放せッ」
ジンが悔しそうに深遠なる朱色の瞳を歪めた。
ホッとしたのも束の間、今度はアスファーがジンの両腕を一纏めにして空いた手を素早く懐へ突っ込み、懐刀の柄を握りしめている。
「寝込みを襲うとは大した性根だな、ヒューゴ」
瞬時に引き抜かれた鈍色のそれに、おれは慌ててアスファーの腕を掴み、おでこを思い切り叩いた。
妙に深みのあった金色の瞳が徐々に澄み渡り、自身の両手を見下ろして唖然と見開かれる。
ジンも、いつの間にか呆けたようにアスファーを見上げていた。
――微妙な沈黙が満ちる。
「なんだ、おまえら残るのか」
廊下から掛かった声に、三人でハッと顔を向けた。
顔を出したグラディオがニタリと笑う。
「魔物狩り、手伝え」
「えー…」
この季節はあまり外に出たいと思えない。
アスファーが憮然とした表情で口を開きかけたとき、グラディオが廊下の向こうに声を掛けた。
「よぅ、スクーロ。こいつら、いい戦力だろ」
「……おまえたちか。ああ、年々頼もしくなるようだ」
ひょっこりと顔を覗かせたスクーロの言葉に、アスファーが顔をそらして頬を掻く。完全に反抗する気は失せたようだ。
それを見たグラディオが満足げに微笑む。
「先生ずりぃ」
「ああ?」
「……なんでもないですー」
ムスッと呟いたとき、スクーロがくつくつと笑い声を上げた。
「グラディオ、教師なんだから」
「こんなに良い教師いねぇだろ」
「たしかに、先生ほどの反面教師はいないだろうね」
ボソリと呟けば、鋭い視線が突き刺さる。スクーロは横を向いて笑いだしてしまった。アスファーは口を抑え、ジンは俯いて肩を震わせている。
「……おまえ、いい度胸だな」
「いやいや、それほどでも」
グラディオには散々こき使われているので、これくらい言わせてほしい。
不意に、金に一筋銀の混じった瞳が細められる。それを見て正気に戻ったスクーロが、にわかに慌てて間に入った。
「明日から頼もうか」
「……だな」
スクーロがほっと息を吐いた。
そういえば、以前ルルムが、スクーロとは同級生だと言っていた。
「もしかして、先生たちも学生時代からの付き合い?」
問えば、顔を見合わせた二人。
グラディオが、持っていた本で自身の肩を叩きながら口を開く。
「生徒会で一緒だったんだよ。スクーロは俺の後輩」
「グラディオ先生はなんの役だったんだ?」
興味を示したアスファーに、グラディオは怠そうに答えた。
「副会長」
「ノヴァールみたいに会長だと思ったぜ」
ノヴァールは初等部時代、会長を務めていたらしい。そして多分、中等部でもそうなるだろう。
たしかにグラディオは、ノヴァと似たような雰囲気がある。ちょっと垂れた目許も同じだ。
「会長なんてダルい役、お断りだ。副会長も大概だけどな」
決定的に違うのは、このやる気のなさじゃなかろうか。
そうして結局、おれたちは、休みだというのにしっかり働かされることになってしまった。
「暖炉ってステキ」
「あ゙ーったまるぜー」
魔物狩りを終え、談話室の暖炉で心身共に暖まっていると、ヴィレオが通りかかった。
「あ」
「……あぁ、君も居残りなんだ」
「おう」
近付いてきたヴィレオが、本を抱えていない方の手でやんわりと髪を撫でてくる。その口許に浮かぶ微笑に首を傾げた。
「髪、下りてるとますます幼く見えるね」
「……どーせ童顔ですよ」
「いいじゃない。可愛くて」
クスクスと上品に笑うヴィレオを睨みつける。――可愛いと言われても嬉しくない。
「ああ、君も。そっちの方が年相応に見える」
アスファーに視線を移したヴィレオの言葉に吹き出す。
おれもアスファーも、雪にやられて髪が下りているのだが。アスファーの方が、だいぶ印象が変わると思う。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味さ」
ヴィレオは深緑の瞳を細めて麗らかに微笑む。それにアスファーは顔を顰めた。
そのとき扉が開き、目をやればローブを着込んだノヴァが立っていた。珍しく一人である。
「おまえらも駆り出されたのか」
「ノヴァ、残ってたの?」
「あー、集まりには基本、顔出さないから俺」
ノヴァはアスファーを退かして暖炉の前を陣取り、息を吐く。冷えた手を擦るノヴァの、伏せられた銀の瞳をチラリと盗み見た。
そこでふと顔を上げたノヴァとガッチリ目が合い、少し戸惑う。
「……そ。俺がいると、空気悪くなるから」
苦笑して頭を撫でられ、視線がさ迷った。
うつらうつらしていたジンが、ふと顔を上げる。穏やかな朱色がノヴァを捉えた。
「ノヴァールも年越し、一緒にするか?」
「そうだな、一人は寂しいだろうしな」
続いて言ったアスファーに、ノヴァが苦笑する。
「一人ってのは決定かよ。……まぁ、おまえらがいいなら」
言いながら滅多にないアスファーのさらさらな頭を楽しそうに撫でている。
ふとヴィレオに目をやれば、慈しむようにノヴァたちを見ていた。
「ヴィレオもどう? イェシルも一緒にさ」
「……それじゃあ、お邪魔しようかな」
少し思案したヴィレオだったが、最後は頷いてみせた。
弟のイェシルはわいわいした雰囲気を好みそうだから、きっと、彼のために了承したのだろう。
「今年は賑やかになりそうだぜ」
嬉々として言ったアスファーに、ノヴァとヴィレオが穏やかに微笑んだ。
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