誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

奔走 (sideラウレル

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 カーテンの閉じられた薄暗い部屋の中、天蓋付きのベッドに横たわる母は実に安らかな顔をしていた。
 胸元で組まれた手に触れると温かみがある。それは、命がまだそこにあるというあかしだった。
 ベッドの脇にしゃがみこむ。
 こうなることは分かっていたのに、自分は何もしなかった。何をすればいいのか、分からなかった。

「ごめん、母さん…」

 母は、これから当代となる者たちの幸せを願っていたのだろう。そして、それを達成出来ると信じていたに違いない。――それは、叶わなかったけれど。

 今頃、リュイ兄も両親と再会しているだろう。きっと、俺の母さんと同じような表情をしていたはずだ。
 冷静に考える余裕があるのがおかしくて、小さく笑う。
 息を吐いて立ち上がり、母に背を向けた。

 俺は、未来を変えなくてはならない。


 ―――…‥

 文明のあった痕跡がほとんど窺えない。――崩壊した、世界。
 ここは、一面灰色だ。

「あんたらが奴らを連れてきたせいで…!」

 違う、聞いてくれ。

「みんな死んじまったよ!!」

 原因を作ったのは、俺たちだけじゃないんだ。

「化け物…ッ」

 昔は、あんたたちも一緒に住んでたんだよ。

「殺してやる!」

 大地に轟く獣の咆哮。
 頭を抱えるリュイ兄。

 ――いやだ、

「ラ、ゥ、生き、て…―――」

 地面に散った銀が赤に染まり行く。
 黒 に 蝕ま れ る  視 界 ――溢れ出す狂気が歓喜する――

「っははは、ははッ 」

 も う な に も わ か ら な  い―――…‥


 がばりと上体を起こす。
 暗闇の中、荒い息遣いと脈打つ心臓の音がうるさい。
 膝を抱えて座り、自分を抱き締める。それでも震える身体はどうしようもなかった。
 膝に顔を埋め、意識して呼吸をする。
 何度見ても、恐怖は薄れない。

 夢になった現実は、時々現れては存在を主張する。
 現実が夢を越えるまで終わらないんだろうなと、諦めに似た気持ちが湧いた。

 ◇◇◇

 宗家の集まりは、大人たちが話し合いをする場だ。当代は俺になったが、まだ学生なので出席は求められていない。
 闇属性との関係において、当代は生け贄のようなものだと思われている。そのため、まったく嬉しくないのだが、同情の眼差しを浴びることも多かった。

 一人、廊下でぼんやりと外を眺めていると、ルー兄がやって来た。
 目が合えば、固い雰囲気が和らぐ。
 しかしそれは一瞬で、すぐさま心配そうな顔をされた。

「ラウ、よく寝れなかったのかい?」
「……ちょっと、嫌な夢見ただけだよ」

 そんなに酷い顔をしているだろうかと自身の頬を触ると、ルー兄が苦笑する。

「おまえをよく知る人なら、気付いてしまうだろうよ」

 これから闇の宗家の館へ行くのだ。心配は掛けたくないと気を引き締めたが、ルー兄に頭を撫でられ、目を瞬いた。

「無理するな。どうせ心配されているんだ、今さらだろう?」

 そうかもしれないけど…。

「奴らなど勝手に心配させておけばいい。ラウが気にすることはない」 

 穏やかな口調で当たり前のように言われ、苦笑する。ルー兄はリュイ兄とノヴィ兄に昔からキツかった。

杜人もりびとも来るかな?」
「ラウの友人は来るだろうね」

 素っ気なく答えたルー兄に背中を押され、転移の魔方陣がある場所へ向かう。

「これからまた、闇への風当たりが強くなるだろう。巻き込まれないよう、注意しなさい」

 昔から、光も闇に対する感情があまりよくない。
 しかし、代々続いていた闇の当代の黒のエネルギーの継承がなくなったということで、俺たちの代には闇に対する偏見を持たないようにと、宗家の人々が配慮を呼び掛けていたらしい。
 それまで、黒のエネルギーの継承については、光と闇の中では誰もが知る事実だった。「黒髪や茶髪の多い中、闇の当代が銀髪なのは、黒の結晶石クォーツの怨念だ」などと、ひっそり囁かれているらしい。 

 闇の宗家の館。
 ここは闇のエネルギーが強いので、毎度、少し違和感を感じてしまう。
 ちょうど良くやって来たシェルツさんにルー兄が手を上げ、俺に少し不満げな視線をくれる。

「行くのか?」
「うん。また後で」

 シェルツさんに軽く会釈をして、リュイ兄とノヴィ兄がいつもいる場所へ向かった。しかしその途中で、ピタリと足を止める。
 先に――会えるか分からないが、そこは運にかけて行き先を変更する。
 俺の見た『最悪』。それを回避出来る一つの方法を、確かめるために。

 館の奥の方へ行けば、人もまばらだ。ラン兄の部屋へ辿り着いたときには、周囲に誰もいなかった。
 一か八か、ノックをして扉が開くのを待つ。
 ガチャリと取っ手が回り、中から亜麻色の髪の女性が顔を出したとき、自分の運に感謝した。

「突然、すみません。俺の名はラウレル。光の当代になった者です」

 俺の名に瞳を揺らした女性――ルレティアさんは、扉を開いて中へ招いてくれた。
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