誰かの望んだ世界

日灯

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前篇

交流会と流れ星

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 本日は、午後から三年に一度の交流会がある。四~六年生のみが参加できる催しだ。交流会には、幻想界にある女学院から生徒がやって来るので、とても盛り上がる。

「みんな浮き足立ってんなー」
「中等部きっての行事だからな」

 ジンと前後の席でぶつぶつ話す。

「君たちは冷静だね」
「宗家の親戚とかいると思うと…」

 血筋の良い魔界の女の子は、幻想界の女学院に入ることが多い。
 幻想界では魔界ほど学園への入学が一般的でないため、学舎の数からして少なかった。物好きの通うものという認識があるくらいだ。

「多いの?」
「結構いる」
「へー。お目当ての子は」
「いねーよ」

 そわそわとどこか落ち着かない雰囲気に教師も諦めたらしく、今日の講義はいつもより適当に感じた。

「来週までにレポート用紙一枚に、この時代の特徴を纏めること」

 魔法史なんて、課題を出して早々に終わってしまったくらいだ。

「あーあ、今週課題多くね?」
「ちゃんとやれよ。期限過ぎると面倒だぜ?」
「アスファーって意外とマジメだよな」

 叩かれた頭を擦って隣のラウレルに目をやると、どこか影のある表情で窓の外を見ていた。日の高い時間帯なので目の下の隈が目立ち、顔色も悪く見える。
 ラウレルは今日、起こす前に起きていた。睡眠を取ったか疑わしい。

「ラウレル、無理するなよ」

 微かに目を見開いてこちらを向かれ、苦笑する。

「今日を過ぎたら、仕事減るんだよな?」
「……ああ」
「ラウレル、少し寝たらどうだ?」
「安心しろ、ちゃんと起こしてやる」

 朝からちょいちょい心配していた二人に言われ、ラウレルは少し切なそうに微笑んだ。

「……じゃあ、ちょっとだけ」
「おー、寝ろ寝ろ」

 机に組んだ腕を乗せ、そこに顔を伏せたラウレルの頭を、アスファーが軽く撫でる。

「おれも寝よっかな」
「おまえは課題をやれ」
「ちぇー」

 こうして、いつもと少し違う今日も穏やかに過ぎていった。


 そして午後、お待ちかねの時間である。
 講堂に集まった生徒たちの期待に答えるように、突如開いた扉から女学院の生徒たちがぞろぞろと入ってきた。彼女たちは前方の席に収まる。
 そうして、両生徒会進行のもと、交流会が始まった。
 あちらの世界の人も、見た目は大体変わらない。ただ、氣の質がより精妙でどの属性も扱える人が多く、精霊族や竜族など、変わった人々もいた。
 幻想界は、人間界から見たらお伽噺の世界のように思えるだろう。人々の精神性は最も高く、世界は優しく美しい。

 互いの世界の話やちょっとした芸が行われ、大いに講堂が湧いた。そうして最後の立食会となり、今やダンススペースまで設けられている。

「あっちの制服って、スカートと半ズボン、選べるんだな」

 銀の混じった薄桃色のシックな制服は、とても可愛らしい。

「なんだ? スカート履きたいのか?」
「違うっつの」

 積極的に女子に話し掛ける我が学園の生徒たちを、おれらは壁際でぼんやり眺めていた。アスファーは見回りをしなくてはならないのだが、さっき合流したところだ。

「うわ、グラ先と話してる人、すげー格好だ」
「露出度が半端ねぇな」
「アスファー、エロいこと考えんなよ」
「考えねぇよアホ」

 セクシーな兎耳の女性は、周りの目も気にせずグラスを口に運んでいた。頬を染めて眺める生徒を、グラディオが面倒臭そうに追い払っている。

「お」

 その時、横を向いていたラウレルの方を向いたアスファーが反応した。

「ラウレル、久しぶりー!」

 軽快にブーツの音を立て、女子4人組がやって来たのだ。声を掛けてきた元気な子は、黒髪短髪で半ズボンだし、男の子っぽい。

「シェルツさんは?」

 次いで挨拶もなくそう言ったのは、ツインテールの金髪碧眼少女。その言葉にアスファーがビクリと反応した。
 当のラウレルはといえば、苦笑を浮かべている。

「シェルツさんは風紀委員長だから忙しいんだ。イオ、この子は親戚のリーナ。そっちが、」
「ルテラちゃんだよ」

 ルテラはにっこり笑顔でそう言った。

「……ノヴィ兄の妹だ。二人とも三年生」

 言われてまじまじとルテラを見てみたが、ぜんぜん似ていない。目の色も黒ベースで、鴇色の輝きが散っている。唯一同じなのは、黒鳥の濡れ羽のような髪だろうか。――ルテラはストレートだが。

「兄貴は母さん似、アタシは父さん似」
「へえ…」

 考えていたことは、モロバレらしい。
 少女たちの目はくるくる動く。

「ちょっとラウレル、なんて顔してんの」
「ホントだ、ヒドい」

 やはりラウレルの顔色は誰が見ても悪いようだ。ラウレルが言い淀んでいると、アスファーが庇うように前へ出た。

「おまえら、後ろの子は?」
「ああ、友達のティアとマリュだよ」

 ティアは紹介されても小さくお辞儀しただけだった。大人しい子である。緑色の波打つ髪は魔界にはなく、新鮮だ。
 マリュは赤と青の左右異なる目の色が印象的な、礼儀正しい子だった。

「ねえ、せっかく四人同士だし、一曲踊る?」

 ルテラの突然の発言に、リーナが小さく反抗する。

「……シェルツさんがいい」
「忙しいので断る」

 直後、後ろから聞こえた淡々とした声。
 リーナが輝かしい顔で振り返った。同時にアスファーが飛び退く。ジンはビクリと肩を揺らしていた。

「い、いつから」
「忙しいと言っただろう。今来たところだ。アスファー、おまえこそ、いつからここでサボっていた?」
「いや、俺も今…、巡回行ってきます」

 無表情ながら威圧感のある雰囲気に耐えかね、アスファーがそそくさと去った。
 
「いいじゃねぇか、少しくらい。まだ四年なんだし」

 どこか甘い声が耳に届く。いつの間にかシェルツの横に立っていたのは、ノヴァだった。

「おまえは何故、ここにいる」
「ちょっと休憩」

 にへらっと気の抜ける笑みを浮かべたノヴァに、シェルツの眉根が寄る。シェルツの鉄壁の無表情を崩すとは大物だ。

「ノヴィ兄、シェルツさん困らせるなよ」
「ルテラが女の子っぽくなったら考えてやる」
「はあ? アタシ、充分女の子じゃん」

 一瞬止まったノヴァが、明後日の方を向いて呟いた。

「……育て方間違ったわ。何がいけなかったんだろう」
「こら! どういう意味!?」

 兄妹仲はよろしいようで、微笑ましい限りだ。シェルツはそんな二人を放って、さっさと行ってしまった。リーナが名残惜しそうにその姿を追っている。
 
「あ、ライ」

 ティアの小さな呟きに彼女の視線を追うと、白藍色の髪を一つに括った凛々しい顔の女生徒がこちらを向いた。強い瑠璃色の瞳が、ティアを捉えて微かに和らぐ。
 しかしその視線がノヴァに移ったとき、明らかに眉間にシワが寄った。
 それからツカツカやって来て、ノヴァの前に腕を組んで凛と立つ。

「おい、会長が探している。さっさと戻れ」
「シュラが?」
「ああ」

 ノヴァは首を傾げて前の方へ戻って行った。ライもそれだけ言って去ってしまう。

「あの目の色…」
「リーの姉貴だ」
「ジン、いたの」

 ずっと無言で壁に寄り掛かっていたので存在を忘れていた。
 ジンはため息を吐く。

「調子悪いのか?」

 聞けば億劫そうに顔を上げ、

「……人酔い」

 ぼそりと呟いた。


 少女たちが去ってから、おれとラウレルとジンの三人でこっそりと会場を抜け出した。
 熱気から解放され、深呼吸をして夜空を眺める。冷たい風も心地好い。

「あー、生き返る…」

 死にそうな声で言うジンを笑ってラウレルに目をやれば、哀愁を漂わせて星空を見上げていた。
 静寂が落ち、さらさらと木の葉の揺れる音だけ微かに聞こえる。それは居心地が悪いものではなかったから、おれもまた星空を見上げ、ぼんやりと考えた。

 ――きっと、誰も正しい答えなんて知らないんだ。

 それでも生まれてしまった望みのために、暗闇の中、一人で最善を探す。同じ結果にならないように。同じ気持ちを味わうことがないように。

 みんなで同じ望みを持てたら、世界は楽園になるだろうか。

「あ、流れ星」

 ふと、ジンの声。

「願い事、三回言ったか?」
「いや、ムリだろ」
「ジン、最初から諦めてたら始まんないぞ」
「そうだぞ」

 ラウレルにまで言われ、乱暴に髪を掻き上げたジンがいじけたように呟く。

「……願い事なんて、ホイホイ浮かばねーよ」
「えー? いっぱいあるだろ。課題が消えますようにとか、グラ先のパシりから解放されますようにとか、背が伸びますようにとか」
「……なんか残念だな」
「切実な願いだ! ラウレルは?」

 星空を見上げたままのラウレルは、今や黒に染まりそうな瞳にその煌めきを映して小さく答える。

「……こんな日々が、いつまでも続きますように――」

 それが、心の底から祈るような声だったので。どうしようもない気持ちになって、思いっきりハグをした。
 ラウレルの頭を撫でたジンも、同じ気持ちだったに違いない。

 ――ラウレルの願いが叶ったら、どんなに良いだろう。

 詰めた息をそっと吐き出し、目蓋の裏に映ったこれからを乱暴に追い払った。
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