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バック・トゥ・ザ・ドリーム小説大賞

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 結婚が決まってウキウキ気分の私はブライダル雑誌を小脇に抱えて彼のマンションを訪れた。渡されている合鍵で中に入る。
「おいっす! フィアンセが来てやったぞ!」
 返事がない。隅から隅まで探しても彼の姿が見当たらない。愛する婚約者が今から行くから楽しみに待っててねっ! て前もって連絡しておいたのに、どこをほっつき歩いてんだか。
 テーブルの上に私宛の手紙が置かれていることに気付いた。読んでみる。
【ごめん。君とお別れしなければいけなくなった】
 私は気絶しかけた。失神なんて柄じゃないんだけど本当に倒れそうになった。彼の字で間違いない、でも全然違う人が書いた字なのだと思い込もうとして……やっぱり無理だった。この汚い字は、あいつのものだ。そんでもって私宛ではないと思いたいんだけど宛名のところに書いてある名前は、やっぱり私だ。
 ブルブル震える手で続きを読む。
【僕は元の世界に戻らなければならなくなったんだ。そこはドリーム小説の世界だ】
 私は混乱した。元の世界って何なの? 私の彼は、どこの生まれなの? 子供の頃から一緒の幼馴染でしょう! 何バカなこと言ってんの!
【そう、実は僕は、異世界から転――】
 私は目を瞑った。意味不明な戯言は見ないに限るのだ。なんかグタグタ書いている部分を飛ばして、その続きから読む。
【過去を捨てたつもりだろうけど、僕は君の秘密を知っている。実は君も異世界から転――】
 私は天井を仰ぎ見た。もういい年なのに、私の婚約者は中二病を発症したらしい。さて、どうしたものか? とりあえず続きを読む。
【そういう事情なんだ。もう行かなければ。本当に済まない、どうか許してくれ】
 何行か読み飛ばしたらしい。最初から読み返す。えっと、どこまで読んだっけ? この辺かな。
【婚約を解消させてもらいたいんだ。勝手な話で悪いんだけど、どうしても異世界へ僕は行かないといけなくなったんだ】
 ふざけんなバカ野郎! 許せん! でも私の心の中で安堵した。婚約解消はセーフなのだ。そう、婚約解消なら大丈夫だわ……いや、よくねえよ、全然よくないって! 悲しみと焦り、そして怒りのせいで頭がグラグラしたけど、冷静に考える。
 自分が何をどうしたいのか、それは分かっているつもり。
 婚約解消なんて、絶対に嫌だ。私は何が何でも彼と結婚する。
 そのために、私はどうすべきか?
 過去の自分に戻るしかなかった。行きたくないけれど帰るのだ、昔いた世界へ!
 私は禁断の呪文を唱え元の世界へ帰還した。そこでの私は高貴な家の性悪な御令嬢だった。だけど、それは昔の話。今の自分とは関係ない。
 使用人たちに気付かれないよう不可視の魔法を使いながら生まれ育った屋敷の中を移動した私は、かつての自分が住んでいた部屋に入った。私が私を待ち構えていた。私が舞い戻ってくることを予想していたかのように。
 彼女は私を嘲笑った。
「ふん、ライト文芸の世界から尻尾を巻いて逃げてくるなんて、本当に恥ずかしい女ね。貴女にはプライドがないのかしら? 貴女は悪役令嬢の面汚しよ」
「私はもうそんな称号は捨てたの。ここにはただ、用があって戻ってきただけ。用が済んだら帰る」
「何の用?」
「私との婚約を解消して旅に出た婚約者を連れ戻すの」
「婚約破棄されたってのに、男にすがりつくの? なんて情けない女なの!」
「婚約解消だから。全然別だから。情けなくもないから」
「同じよ。それに、凄くみっともないから。ところで、どうやって婚約者を連れ帰るおつもりなの?」
「彼はドリーム小説の国へ旅立った。現代文学/大衆娯楽/経済・企業/青春の世界よ。そこへ行って探してくる」
「ふ~ん、それなら早くドリーム小説の世界へ行ったらどうなの?」
「私はライト文芸の世界に属する人間。キャラクター性が弱いの。それだとドリーム小説の世界へ行って戻ってくるには、普通すぎる。だから、強い個性が必要なの」
 金髪の縦ロールをビヨンビヨンと発条ばねのように弾ませて、昔の私が言った。
「強い個性が嫌で貴女は、一般文芸のように物語の主題をしっかり描くライト文芸の世界へ旅立ったんじゃなくって? それを今さら、なーにをおっしゃるのかしら」
「どうしても彼を取り戻したいの」
 私は私に頭を下げた。
「お願い、力を貸して」
 昔の私が甲高い声で笑った。
「おほーほっほっほ、それなら言ってごらんなさいな。私は何者かしら?」
 私は答えた。
「悪役令嬢」
 悪役令嬢の私が、再び尋ねた。
「じゃあそれなら、貴女は何者?」
「ライト文芸の登場人物」
「違うでしょ? 違うわよ! 貴女は私なの。私と同じ、悪役令嬢。気取ったライト文芸の世界では生きられない、悪役令嬢なのよーッ」
 昔の私は意地悪な女だった。おごり高ぶった最低の人間だった。本当に腹が立つ。しかし、今の私には、この力が必要なのだ。
「私は悪役令嬢。あなたと同じ悪役令嬢」
 そう呟いた途端、私の内部に強い力が蘇った。自分には不可能がないという根拠のない自信も同時に蘇る。
 気が付くと、私の目の前から昔の私が消えていた。私と同化したのだ。
 完全に悪役令嬢化した私は、ドリーム小説の世界へ向かった。
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