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最終章

61 花の名は

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「帰る、だと?」

アレンが赤い瞳で俺を射る。

もう、その目ビーム出せるんじゃねぇか?

俺が荷造りをしているところにアレンがやって来たのだ。

アレンが激しく動揺して泣きそう事には気付かず俺はあの寂れた村を思った。

殆どの村人が自給自足の生活をしていた。目新しい特産品や名所もないので旅人や観光客を見たことがない。

冬は出稼ぎに男達は出て僅かばかりの賃金を稼いで来る。それでも村での夏の収入よりいいから若者はこの村から出て行ってしまうことが多い。過疎化が急激に進んでいた。

少年の母や父は元気にしてるだろうか。俺が放り出してしまった患者は元気になっただろうか。魔術師を常駐させるという約束は守られたのか。守られたとしても世界が平和になった現在まで常駐しているとは思えなかった。

ユノが村へ帰ってもそんな村では生活していけないだろう。

俺は村へ帰ってやりたいことがあった。

「ああ。結構遠いから1年くらいかかるかもしれないけど、必ず戻ってくるからな。」

アレンの側にいると言った。俺は約束を守る男だ。ただちょっと帰ってくるだけだ。

「お前、歩いて行くつもりか……」

「そんなわけないだろう!?途中で船や馬車も使うっつーの!」

「そういう事を言っているんじゃない。」

アレンは呆れたように俺を見てため息をついた。

「荷物は一泊分でいいな。」

そう言ってアレンは俺を抱き締めるとテレポートをした。




――ジャリ。

5年ぶりに我が家の前の大地を踏みしめると堪らずにアレンから離れ畑へと走る。この時間に両親はそこにいる筈だったから。

――居た。

「かぁ、さん。」

胸が一杯になり、声をうまく出せない。それでも、何かを感じてくれた母親がその顔をこちらに向けた。

「ハル。」

急いで母親の元へ駆けていく。走ったのはいつぶりだろうか、うまく走ることが出来ない。でも幼い子が母の元へまっしぐらに駆けていくように走った。

やっとたどり着いてしっかりと抱き合う。よくぞ生きていてくれた。

「ハル。よく生きていてくれたね。」

母親が同じことを言いながら涙を流した。

俺は僅かの間の親子関係だったが愛情を持って接してくれたこの人を本当の母親のように慕っていた。

それから近くに居た父親は収穫した野菜を入れた籠を落として泣きながら俺を母親ごと抱き締めた。

父親には特に愛情はねぇな。俺が母親の胸に顔を埋めてグリグリし続けていたら、アレンに凄い形相で首根っこを掴まれて吊し上げられたから「なんだよう。感動の再会の場面だろう?」と惚けたが「お前には如何わしい空気しか感じない。」と拳骨された。きゅう~。

……さて、感動?の再会も済んだことだしビジネスの話をしていいかな?

俺は村長に話をした。普通ならこんな若造の言う事などいい大人が聞く事はしないだろう。だが俺はただの子供じゃなかった。ほんの10才でこの村の医者になり村人達を救っていた実績がある。村長は真剣に話を聞いてくれた。

「……分かった。ハルの言う通りにしよう。」

人のいい村長は俺の言う通りにすると約束してくれた。

話が思ったよりスムーズに進み家に戻ると、我が家での精一杯であろう御馳走とその場に似つかわしくないアレンが俺を待っていた。

「えっ、まだいたのか?」

アレン、実は暇なの?

「ご馳走になっていた。ハルの母は料理がうまい。」

「やっだー☆アレン様ったらぁ。」

母親がアレンの肩をバシッと叩いた。

女になっとる。こんな母親、見たくなかったな。

……おいおい、どうして父親まで顔が赤いんだ?

食事が終わると、この5年間牢屋にいた事は心配をかけるからと話さず、ユノと共にアレンに世話になっていた事にした。

そしてこれから先も俺はアレンの側に居る事を伝えた。

「そう……。」

母さんが話そうとした瞬間アレンが意を決したように発言した。

「安心しろ。この5年間の償いも含めて、お前たちの息子は俺が必ず幸せにする。」

……アレンそれはプロポーズになっとる。

「はっ、はいーー!!よろしくお願いいたします。」

ははぁ!と両親が土下座した。

これは何の茶番だ?




滅多に沸かさないであろう風呂を用意してくれた両親に感謝して俺とアレンはかつての俺の部屋で一緒に寝る事になった。結局アレンは1日この村に居たな。サボリか?サボリだな。

「――いい湯だった。」

くそぅ、父親のツンツルてんの寝巻きを着たアレンを笑ってやろうと思ったが涼やかに着こなしてやがる。足、なっがーー!!

「本当に泊まるんだな。」

「抱き枕がないと眠れないからな。お前がここに暫く居ると言うなら毎日寝に来る。」

……迷惑だ。

「明日帰るし。」

子供用の小さなベッドはアレンには小さく二人で寝るととてもとても狭い。今まで以上にぎゅうっと抱き締められると身動きが全くとれなくなった。

アレンの吐息を頭上で感じながら、俺は目を閉じる。

「……村に治療院があった。この5年間、村人は病気や怪我で死人が出ていないそうだ。」

「そうか。」

「ありがとう……な。」

村長の家へ向かう時にすぐに気付いた。村に似つかわしくない白くて綺麗な建物が建っていたのだ。訪ねるとそこには治療院の他に村では買えない日用品や食べ物が売っていた。村は5年前より確実に豊かになっていた。

「こんな村に治療院を置いても利益なんかないのに、お店まで……。」

タダみたいな値で。

「全ての民は国王の物だ。自分の物を大事にするのは当たり前の事だ。礼などいらない。」

5年前まで苦しんでいる民がいることに気付かなかった事が腑甲斐無い。アレンは悔しそうに呟いた。

「……この村は必ずアレンに恩返しをする。」

それが社交辞令などではなく本当の事だとアレンが分かるのはもう少し先の事――。

次の日の朝、帰る前に行きたい所があるとアレンを強引に連れていったのはユノの家だった。俺の帰宅を知らなかったユノの両親は大層驚き、当たり前だがユノの安否を必死に問いただしてきた。俺はユノは元気だもうすぐ帰ると伝えた。涙を流して崩れ落ちるユノの両親をアレンは感情のない透き通るような赤い瞳で見つめていた。

それから俺達は黄色い花が咲く丘に行った。

「ずっと、これを見たかったんだ。」

俺は花を潰さないようにそっと座った。

「ユノも見たいと思う。」

「あいつの目は母親譲りで、髪の毛は父親に似ていたな。」

「うん、口は婆ちゃんに似ていたって。家族の良い所ばかりを取った天使みたいな子供だと言って可愛がられていた。ユノはあの二人の宝物なんだ。」

あんな醜男でも家族にとっては天使に見えるんだよ。大切な子供なんだ。

「……そうか。」

アレンは最後まで俺の隣に座ることはしなかった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「――ユノ、ごめんな。もう少し時間がかかりそうだ。」

アレンはユノを手放す事を頑なに拒んでいる。

俺はユノにお土産の黄色い花を手渡した。

ユノは懐かしそうに花を受け取ると「この花こんなに可愛かったんだ」と微笑んだ。
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